1)進化的人間科学
因果推論の科学は、生物学に必須のスキルになっています。
たとえば、イギリスのロイヤルソサエティは、「生物学者のためのモデル選択と因果推論ガイド」で、「適切な分析戦略を特定するためにデータサイエンスのタスクを明確に描写する必要があるモデル選択、データ分析、結果の解釈に対する方法論的アプローチについて説明し、分析の目標が因果推論を行うことである場合にモデル選択を通知する事前知識の重要性を強調しています」
<< 引用文献
生物学者のためのモデル選択と因果推論ガイド
A biologist's guide to model selection and causal inference 2021/01/27 ROYAL SOCIETY PUBLISHING
https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rspb.2020.2815
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進化的人間科学(Evolutionary Human Sciences)は、2024年10月の Volume 6で、因果推論特集を扱いました。
その内容は、以下でアクセスすることができます。
<< 引用文献
Causal Inference Collection
https://www.cambridge.org/core/journals/evolutionary-human-sciences/collections/causal-inference
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Joseph A. Bulbulia氏は、その中で、因果推論の方法を4本のレビューで解説しています。
そのうちの2本のサマリーは以下です。
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因果推論の方法。第2部: 相互作用、媒介、および時間によって変化する処理
Methods in causal inference. Part 2: Interaction, mediation, and time-varying treatments
「緩和 moderation」、「相互作用 interaction」、「媒介 mediation」、および「縦断的成長longitudinal growth」の分析は、人間科学(human sciences)で広く行われていますが、混乱を招くことがあります。これらの概念を明確にするには、因果推定値を述べることが不可欠です。これには、適切なスケールで対象集団の反事実的対比を指定する必要があります。因果推定値が定義されたら、その識別を検討する必要があります。私は、因果有向非巡回グラフと単一世界介入グラフを使用して、識別ワークフローを解明します。複数の処理が存在する場合、マルチレベル回帰や統計的構造方程式モデルなどの一般的な統計的推論方法では、通常、求めている因果量を回復できないことを示します。相互作用、媒介、および時間によって変化する処理の因果関係に関する質問を適切に構成して対処することで、一般的な方法の限界を明らかにし、研究者が私たちの関心を刺激する因果関係に関する質問をより明確に理解できるように導くことができます。
因果推論の方法。第3部:測定誤差と外部妥当性の脅威
Methods in causal inference. Part 3: measurement error and external validity threats
人間科学(human sciences)は、可能な限り一般化を追求する必要があります。倫理的および科学的理由から、「西洋、教育、工業化、豊かさ、民主主義 Western, educated, industrialised, rich, and democratic」(WEIRD) 社会よりも広範囲にサンプルを採取することが望ましいです。ただし、対象集団を制限する必要がある場合もあります。たとえば、高齢者介護に関する研究では、幼児を募集すべきではありません。どのような状況で、制限のないサンプル採取が望ましいか、望ましくないのでしょうか。ここでは、因果図を使用して、測定誤差バイアス(measurement error bias)と対象集団制限バイアス(target population restriction bias) (または「選択制限 selection restriction」) の構造的特徴を明らかにし、比較文化研究で生じる有効な因果推論への脅威に焦点を当てます。このようなバイアス、または交絡バイアスを示す研究を、奇妙なもの(weird) (不適切な制限と歪みによる誤った推定推論 wrongly estimated inferences owing to inappropriate restriction and distortion) と定義します。構成的不変性、計量的不変性、スカラー不変性などの統計的検定では、奇妙な研究の構造的偏りに対処できない理由を説明します。全体として、因果推論のワークフローが、野心的で効果的かつ安全な比較文化研究に必要な事前チェックリストをどのように提供するかを検討します。
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パールの因果推論の科学では、マンモス狩りのメンタルモデルの話が出てきます。
マンモスの例題は、効果が綿密に計算されて挿入されていますが、その背景を理解することは容易ではありません。
データサイエンスは、不完全情報データを扱います。完全情報の仮定があれば、数学的な最適化手法が使えますが、不完全情報では、そのような手法は使えません。
人類は、進化の過程で、常に不完全情報を処理することで、生き延びてきました。因果推論は、不完全情報を処理する手法です。人間は、原因がわからないと不安になります。このことから、因果推論ができることが、自然淘汰に生き残る上では、有効な生存戦略であったと考えられます。
人間の行動は、遺伝子とミームに支配されていますが、人工知能は、そのことを前提に設計されています。
この仮説が正しければ、人間の行動を分析するためには、遺伝子とミームがわかればよいことになります。
これは、進化的人間科学の前提になります。
「因果推論の方法。第3部」の要約は、次のように言っています。
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人間科学(human sciences)は、可能な限り一般化を追求する必要があります。倫理的および科学的理由から、「西洋、教育、工業化、豊かさ、民主主義 Western, educated, industrialised, rich, and democratic」(WEIRD) 社会よりも広範囲にサンプルを採取することが望ましいです。
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一般化された人間科学は、WEIRD 社会よりも広範囲にサンプルを採取することで、WEIRD 社会のミームを排除する必要があります。
逆に、WEIRD 社会を対象とした人間科学は、非WEIRD 社会には適用できないと考えられます。
これは、簡単にいえば、エラスムスに代表される人文科学(西洋ーWEIRDーの文献主義)の否定です。
人文科学では、どうして、人間がそのような意思決定をしたのかという疑問に答えることができません。
人間科学のアプローチでは、意思決定と生存戦略の関係が議論されます。
つまり、人間科学では、どうして、人間がそのような意思決定をしたのかという疑問に答えることができます。
Bulbulia氏の因果推論の方法(全4部)は、統計学と因果推論の科学を使えば、人間科学が成立するはずであるという試論です。これは、スタート地点に過ぎません。
それでも、パールの「因果推論の科学」の地点からみれば、研究の世界が、恐ろしい速度で前に進んでいることがわかります。
人間科学アプローチは、今まで意識されていませんでしたが、人文科学の何が、正しいかという科学的な根拠がわからない規範的なアプローチよりは明快であると思います。
今までのように歴史学で、フランス革命を説明するよりも、人間科学アプローチで、フランス革命を説明する方が、納得が行く時代がくると思います。
人間科学アプローチは、人間を生物であると考えて、その特性を、データサイエンスの手法で分析するアイデアです。
同様のアイデアには、ウィルソンの社会生物学がありますが、社会生物学は、数学的な一般化ができていないので、実用にはなりません。
たとえば、日本には、政官財の鉄のトライアングルがあると言われます。
これは、人間科学アプローチでみれば、鉄のトライアングルという生存戦略をとっているグループがあると解釈できます。この生存戦略には、弱者救済が含まれている可能性は低いです。そう考えると、弱者救済をするためには、鉄のトライアングルという生存戦略の有効性が失われるような環境(交絡因子)を作る必要があります。
日本は、30年間経済成長していません。
これは、人間科学アプローチでみれば、鉄のトライアングルが選んだ選択肢であったと考えられます。経営者が、株主利益を最大化する経営する能力があり、そのような経営をしていれば、日本は、30年間経済成長しないことはありません。実際には、日本の経営者は、年功型雇用という法度体制の維持を株主利益より優先しています。つまり、30年間の経済停滞が、経営者が選んだ戦略です。
経済成長できない理由は、経済学に人間科学アプローチが欠ける点も影響しています。
たとえば、合理的期待形成仮説を Bulbulia氏の因果推論の方法(全4部)と比較すれば、合理的期待形成仮説は、全く問題にならない低いレベルであることがわかります。
ウクライナ戦争を終結させる方法も、人文科学のアプローチと、人間科学のアプローチは異なります。おそらく、人間科学のアプローチでなければ、戦争の終結はできないと思われます。
遺伝子を変えることは、困難ですが、ミームを変えることは可能です。
法度体制は、科学に反する権威主義です。問題は、オブジェクトのラベルであり、インスタンスは問題になりません。
権威主義では、新しいレストランのシェフは、有名なレストランで修行したという経験(成果、ラベル)が問題になります。
学歴は、大卒、高卒といった経験(成果、ラベル)が問題になります。
大学の中にも、ランクがあり、難関大学というラベルがあります。
実際には、難関大学の落ちこぼれより、ノーブランド大学のトップの方が優秀なことも多いのですが、能力が問われることはありません。
法度体制がここまで、強力なミームになり、能力無視が拡大すると、これに抵抗することは容易ではありません。
高等学校の授業料の無償化が検討されています。これは、高卒という経験(成果、ラベル)に価値があるためです。
文部科学省は、習得主義で、高卒という経験(成果、ラベル)を問題にして、能力の習得を無視しています。
筆者は、能力主義になれば、習得主義の高卒という経験の価値はなくなると考えています。
有名なレストランで修行しても、料理が上手くなる人と、料理が上手くならない人がいます。
修行(経験、成果)には、価値がありません。
これが理解できれば、能力主義と飛び級ができない理由はありません。
あと5年したら、有名大学の人文科学は、人間科学に連戦連敗で、ブランドイメージ以外の価値はなくなると思います。