法の支配(3)

9)新時代の「日本的経営」

 

森永卓郎氏は、小泉構造改革以降、急速に進んだ格差拡大の背景である「身分社会」のルーツについて、語っていません。

 

この問題は、法度体制で読み解くことができます。

 

1995年に日経連(当時、現経団連)は、「新時代の『日本的経営』」を、発表します。この「新時代の『日本的経営』」では、労働者を「長期蓄積能力活用型グループ」「高度専門能力活用型グループ」「雇用柔軟型グループ」に分けました。派遣労働者やフリーターは「雇用柔軟型グループ」に当たります。

 

これは、それ以前の解雇規制に対する解決策として、解雇可能な「雇用柔軟型グループ」を追加するものでした。

 

「新時代の『日本的経営』」に対応して、1999年には、小渕恵三内閣によって派遣労働が製造業を除いて原則自由化され、企業が人員を削減する程法人税を減免する「産業再生法」が制定されました。

 

2004年3月1日には、小泉純一郎内閣によって製造業への派遣労働が解禁され、派遣労働者は爆発的に増大しました。

 

「新時代の『日本的経営』」を支えた政治思想には、小沢一郎氏の「普通の国」、小泉純一郎氏の「聖域なき構造改革」が挙げられます。

 

小沢一郎氏と小泉純一郎氏の「新時代の『日本的経営』」を支えた政治思想は、「アメリカ型社会の模倣」、「『わずかな強者が主導権を握り、大多数の弱者が貧困と死におびえる階層社会』となる」などと批判されています。

 

しかし、「新時代の『日本的経営』」も、「『わずかな強者が主導権を握り、大多数の弱者が貧困と死におびえる階層社会』となる」という批判のどちらも、法度体制の維持を目的としています。

 

要するに、リバタリアンの思想ではありません。

 

リバタリアンは、「法の支配」を前提とします。

 

「法の支配」のためには、政府職員が大きな裁量権を減らす必要があります。

 

そのための条件は、規制を減らすこと、パラグラフの表現で説明すること、利害関係者を排除して、第3者による監視をすることが必要です。

 

トランプ大統領の属する共和党は、リバタリアンです。

 

トランプ大統領は、規制を1つ作る度に、2つの規制を廃止しています。

 

トランプ氏はDOGEについて、「年間6兆5000億ドルの政府支出全体に存在する膨大な無駄と不正を排除する」といいます。マスク氏は、年間5,000億ドルの無駄な予算の削減を計画しています。

 

これは、パラグラフの表現です。マスク氏の計画では、With DOGEとWithout DOGEで、年間5,000億ドルの歳出の削減ができると説明しています。

 

日本政府は、健康保険証を廃止して、マイナンバーカードに統合しています。

 

パラグラフの表現では、With 健康保険証とWithout保険証で、いくらの歳出の削減ができるかという数字を出す必要があります。また、その根拠となる計算を示す必要があります。

 

日本政府は、段落の表現で、これらの根拠と数字を示していません。

 

パブリックコメントは、パラグラフの表現でなければ、機能しません。

 

段落の表現では、何を言われえているのかが不明です。

 

「法の支配」の基準でみれば、With DOGEとWithout DOGEの差を明示しているマスク氏がまともで、With 健康保険証とWithout保険証の差を明示していない政府は、失格です。

 

ある日本の専門家は、DOGEが、歳出を削減すると、米国経済を相当悪化させる可能性があるといいます。しかし、歳出を削減して、財政赤字を削減すれば、米国経済を相当悪化させるとは言えません。

 

パラグラフの表現では、その根拠の論理とデータを明示する必要があります。

 

段落の表現では、のれんに腕押しになります。

 

段落の表現に、議論を仕掛けてはいけません。

 

段落の表現に、議論を仕掛ければ、結論がでず、法度体制の維持になります。

 

「新時代の『日本的経営』」は、身分制度(法度体制)の強化であって、労働市場の自由化ではありません。

 

1995年の日本には、ジョブ型雇用はなく、「法の支配」に反する年功型雇用を維持していました。

 

故脇田晴子氏は、太平洋戦争の特攻の原因は、中世から続く天皇制の文化にあるといいました。

 

水林章氏は、天皇制の文化を次のように言います。

徳川権力は、上位者が下位者に命令し、下位者が上位者に隷従する垂直構造(「将軍→大名→家臣→領民」)を本質とする法度体制を作り上げた。そしてこのような非同輩者的=命令的・隷従的秩序が、実は、それを否定しているはずの、日本国憲法最高法規とする今日の政治体制においても生き残り、社会の根幹を特徴づけているのである。

<< 引用文献

日本語と遍在的天皇制――『日本語に生まれること、フランス語を生きること』をめぐって(2)2023/10/19 

https://book.asahi.com/jinbun/article/15025329

>>

 

領民とは、士農工商のうちの「農工商」です。水林章氏は、「士」を分解して、「将軍→大名→家臣」と説明しています。「士農工商」は、上位者が下位者に命令し、下位者が上位者に隷従する垂直構造です。「農工商」のランクは、曖昧で、水林章氏のように、領民としてひとまとまりにした方が、実態に近いと言えます。

 

日本語のウィキペディアの「士農工商」は、「およそ、江戸時代の身分制度は、全体としては、武士・平人・賤民の三つの身分層で成り立っていたとされる」(出典、畑中敏之 『「部落史」を問う』兵庫部落問題研究所、 1993年4月)といいます。

 

「新時代の『日本的経営』」は、この区分に対応しています。

 

武士=>「長期蓄積能力活用型グループ」

平民=>「高度専門能力活用型グループ」

賤民=>「雇用柔軟型グループ」

 

つまり、「新時代の『日本的経営』」は、江戸時代の江戸時代の身分制度の再現と拡大であったと解釈できます。

 

これは、日経連(当時、現経団連)は、法度体制のメンタルモデルで、推論をしたとすれば、説明ができます。

 

日経連が、数学を駆使した科学的な経営の推論が可能であれば、「新時代の『日本的経営』」が出てくることはありません。なぜならば、「新時代の『日本的経営』」には、科学的な合理性は皆無だからです。

 

2014年の「連合総研レポート」は、次のように書いています。

 

1995年5月に当時の日経連が報告書『新時代の「日本的経営」 ―挑戦すべき方向とその具体策』を発表してから20年近くが経とうとしています。同報告書によって提言された、長期蓄積能力活用型、高度専門能力活用型、雇用柔軟型の3タイプの雇用を組み合わせた効果的な雇用ポートフォリオの導入や、職務にリンクした職能資格制度の導入、年功的定期昇給制度の見直しなどは、当時の社会に大きな影響を与えるとともに、その後の雇用の流動化や成果主義型賃金の普及を加速させる契機となりました。

『新時代の「日本的経営」』から20年 2014/07+08 連合総研レポート No.295

https://www.rengo-soken.or.jp/dio/dio295.pdf

 

ここには、ファクトも、エビデンスもありません。

 

2014年の日本には、ジョブ型雇用は少なく、「雇用の流動化や成果主義型賃金」は少ないです。

 

2004年から2014年の日本では、ジョブ型雇用が拡大しましたが、その原因は、『新時代の「日本的経営」』ではありません。

 

この表現は、『新時代の「日本的経営」』が、年功型雇用の強化になっている事実を無視しています。

 

また、ジョブ型雇用は、能力給であり、成果主義型賃金ではありません。

 

『新時代の「日本的経営」』が、上手くいっていれば、日本は、失われた30年にはなっていません。ファクトを見れば、『新時代の「日本的経営」』が、上手くいっていないのではと、クリティカルに考えるべきです。

 

安定経済成長期に、「日本的経営」 がうまくいったというエビデンスはありません。安定経済成長期には、日本企業は、ほどほど、うまくいっていました。しかし、経済成長率は、高度経済成長期に劣っています。安定経済成長期には、中国は経済的に鎖国状態にあり、日本とは競合しませんでした。安定経済成長期には、IT技術の大きな技術革新はなく、同一規格の製品を大量に作っていました。また、国債増と世代間所得移転によって、ツケを先送りしています。

 

これらの交絡因子を無視して、単純な帰納法で、安定経済成長期に、「日本的経営」 をしていたので、「日本的経営」がよい経営法であると考えることは、科学的な誤りです。

 

つまり、『新時代の「日本的経営」』は、日経連が、科学的な推論ができなかったという事実を示しています。

 

『新時代の「日本的経営」』に先立って、最高裁が、解雇を違法とする判決を出しました。

 

こうした場合には、反事実思考をすると問題点が良く分かります。

 

1995年に、日本企業は、年功型雇用を放棄して、ジョブ型雇用に切り替えることも可能でした。

 

日本IBMは、ジョブ型雇用が原則で、解雇と解雇規制に対する裁判を繰り返していました。2004年頃の日本IBMは、ジョブ型雇用とはいえ、社長は日本人で、雇用の流動性は、あまり高くはありませんでした。2014年頃の日本IBMは、ほぼ、アメリカ並みの雇用の流動性の高いジョブ型雇用になっています。

 

現在の世界の高度人材の労働市場では、高度人材は、非常に流動性の高い雇用者のグループになっています。これは、能力主義であり、成果主義ではありません。高度なジョブがあり、そのジョブをこなせる人材は限定されているので、能力に合わせた賃金が支払われます。

 

日本IBMは、世界の高度人材の労働市場で、高度人材を獲得することが可能です。

 

『新時代の「日本的経営」』をしている日本企業は、世界の高度人材の労働市場で、高度人材を獲得することができません。つまり、技術開発競争のスタートラインについていません。

 

GAFAMが、どのような経営をしているかは、ブラックボックスでよくわかりません。

 

しかし、マスク氏のDOGEは、GAFAMの経営スタイルを踏襲しています。

 

DOGEの活動は公開されています。

 

DOGEの活動をみれば、技術開発の速度で、例えば、日産が、テスラに勝てるとは思えません。

 

「新時代の『日本的経営』」は、江戸時代の江戸時代の身分制度の再現でした。

 

対応は、以下です。

 

武士=>「長期蓄積能力活用型グループ」

平民=>「高度専門能力活用型グループ」

賤民=>「雇用柔軟型グループ」

 

「新時代の『日本的経営』」の以前の法度体制でも、「長期蓄積能力活用型グループ」

と「高度専門能力活用型グループ」は、企業内にいました。

 

「新時代の『日本的経営』」の目的は、「雇用柔軟型グループ」は、つまり、賤民の拡大でした。

 

最高裁の解雇規制判決が、身分制度の賤民の拡大の原因になっています。

 

つまり、最高裁には、道義的責任があります。

 

江戸時代に、法度体制の賤民は、最低賃金で、スキルアップもありませんでした。

 

「新時代の『日本的経営』」の「雇用柔軟型グループ」は、最低賃金で、スキルアップもありませんでした。

 

「新時代の『日本的経営』」とは、「雇用柔軟型グループ」を拡大することで、賃金を下げて、経営する方法です。アイデアは、江戸時代の法度体制の賤民の拡大にあります。

 

「新時代の『日本的経営』」は、ジョブ型雇用の能力主義とは関係がありません。

 

能力主義は、下剋上です。下剋上が起これば、法度体制は崩壊します。

 

従って、法度体制は、能力主義を封印します。

 

法度体制は、技術開発を封印します。

 

「新時代の『日本的経営』」は、日本の技術開発を封印しています。

 

法度体制は、能力主義を封印するという視点は、重要です。

 

これが、文部科学省が、習得主義ではなく、履修主義をとる理由です。

 

「雇用柔軟型グループ」を拡大すれば、副作用があります。

 

賃金が下がります。生活困難な人が増えて、出生率がさがります。人材が枯渇します。

 

賃金と人口が減るので、経済は縮小します。

 

これらは、「新時代の『日本的経営』」から、必然的に導かれる結果です。

 

10)上級法による規則

 

英語版のウィキペディアの「法の支配」には、「上級法による規則(Rule_according_to_higher_law)」のリンクがあり、そこには、次のように書かれています。

 

上級法による規則(Rule_according_to_higher_law)とは、政府が公平、道徳、正義という一定の普遍的原則(明文化されているか暗黙であるかを問わず)に従わない限り、いかなる法律も施行してはならないという声明である。したがって、上級法による規則は、政府が明確に定義され適切に制定された法律に従って行動しているにもかかわらず、多くの観察者が不公平または不正だと感じる結果を生み出している場合に、政治的または経済的意思決定の例を適格にする実際的な法的基準として機能する可能性がある。

 

 

アメリ南北戦争以前、アフリカ系アメリカ人は、主人と奴隷の関係を規定する正式に有効な法典に基づき、平等な権利と自由を法的に否定されていた。これらの法典は法的には法務実務への適用に完全に適していたが、米国政府による施行は事実上、国民のかなりの部分の基本的人権を侵害していた。ウィリアム・H・スワードは、奴隷制度は「憲法よりも高位の法」によって禁止されていると有名な宣言をした。

 

人権思想は、「憲法よりも高位の法」です。

 

「法の支配」は、「憲法よりも高位の法」を認めます。

 

法治主義」は、「憲法よりも高位の法」を認めません。

 

政府は、自社株の従業員への無償譲渡を解禁する計画です。

 

自社株の役員への無償譲渡は、既に合法です。

 

これは、今までの法律が、法の下での平等、つまり、「法の支配」になっていなかったことを示しています。