1)リスキリングの用語
ウィキペディアには「リスキリング」という見出しの百科事典記事はありません。
Cambridge Dictionaryの「reskilling」には、次のように書かれています。
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the process of learning new skills so you can do a different job, or of training people to do a different job
別の仕事をするために新しいスキルを習得するプロセス、または別の仕事をするために人々を訓練するプロセス
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これは、簡単に言えば、ジョブ型雇用で、転職するためのスキルの習得です。
仕事(ジョブ)と「リスキリング」が、対応しています。
年功型雇用では、ジョブがないので、スキルがないために、失業することはありません。
リクルートワークス研究所は、次のようにいっています。
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「リスキリング」を改めて定義し、日本の産業領域・行政領域でポピュラーなワードとして定着させたい!
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<< 引用文献
リスキリングとは-DX時代の人材戦略と世界の潮流-(「第2回 デジタル時代の人材政策に関する検討会」資料)|経済産業省
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_jinzai/pdf/002_02_02.pdf
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つまり、「リスキリング」は、経済産業省の依頼をうけたリクルートワークス研究所が、作った日本独自の言葉です。
リクルートワークス研究所は、「リスキリング」の根拠として、Google検索のヒット数をあげています。
しかし、最近のヒット数は、以下です。
リスキリング Reskilling 29,200,000件
技術的失業 Technological unemployment 186,000,000件
技術的失業は、ウィキペディアの見出し語なので、キーワードとしては、リスキリングより、技術的失業が問題になります。
Google検索で、リスキリングを検索すると次の返事がありました。
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AI による概要
リスキリング(Reskilling)とは、英語で「技能(スキル)の再習得」を意味し、新しい仕事をするために必要な技術や技能を身につけることです。
リスキリングは、次のような背景や特徴があります。
デジタル化や第四次産業革命などのテクノロジーや産業の変化に対応するために、必須のアプローチとなっている。
超高齢化社会の到来により、人材の新規採用が難しくなっているため、既存従業員の教育が重要になっている。
企業が主導する取り組みで、経営戦略や人事戦略と紐づいた知識やスキルを習得する。
目先の業務に必要な能力ではなく、先を見据え、戦略的に選択された能力の獲得が期待される。
リスキリングと似た言葉に「アップスキリング(upskilling)」がありますが、アップスキリングは現職でキャリアアップするためにスキルをアップデートすることを指します。
リスキリングを推進するには、企業が何の知識やスキルを習得すべきかの方針の設定や、習得のための場づくり、習得した知識やスキルを活用する機会の設定、人事評価との紐づけなどが求められます。
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つまり、技術的失業にならない場合には、「アップスキリング(upskilling)」という単語を使うべきです。
2)技術的失業
Google検索は、技術的失業について、WSJの見解を紹介しています。
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AI の概要
技術的失業は自動化、機械化、新しい生産プロセスなどの技術の進歩により人々が職を失うときこれ は産業や農業の再編に伴う構造的失業の一種です。
技術的失業は、 特定のタスクを排除し、新しいポジションを創出し、新しい産業を立ち上げ、必要な仕事の充足に役立ちます。
失業の種類は、労働者の再訓練や転職の能力に応じて、一時的なものにも永続的なものにもなり得ます。
技術的失業の一因となる要因としては、次のようなものが挙げられます。
・時代遅れの税制: 国際税制はデジタル世界に関連する問題への対応が遅れています。
・スキルのミスマッチ: デジタル技術の変化は、労働者のスキルが追いつけないほど速い。
・急速な技術変化: 技術開発と自動化の急速なペースにより、将来の労働需要が大幅に減少する可能性があります。
政府主導の教育イニシアチブや労働インセンティブなどの外部要因を利用して、コンピュータ化の速度を制御できると主張する人もいます。
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「時代遅れの税制: 国際税制はデジタル世界に関連する問題への対応が遅れています」は、日本では、マイナンバーカードになります。
技術的失業について論じた基本的な文献は、世界開発報告書 2019です。
<< 引用文献
世界開発報告書 2019(World_Development_Report 2019)
http://documents.worldbank.org/curated/en/816281518818814423/pdf/2019-WDR-Report.pdf
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英語版のウィキペディアの「世界開発報告書」は、次のように書いています。
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2019年版世界開発報告書は、技術が仕事の性質に与える影響について調査している。これは世界開発報告書の中で最もダウンロード数が多く、250万回以上ダウンロードされ、その3分の1は公式発表前に行われた。この調査は、シメオン・ジャンコフとフェデリカ・サリオラが主導した。主な議論とデータの要約は、Journal of International Affairsに掲載されている。ロボットが人間の仕事を奪うのではないかという懸念が、仕事の未来に関する議論の主流となっているが、2019年版世界開発報告書では、全体としてこれは根拠がないようだと結論づけている。仕事は技術の進歩によって常に形を変えている。企業は新しい生産方法を採用し、市場は拡大し、社会は進化している。
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類似の文献は、世界経済フォーラムセンターでも、見つけることができます。
<< 引用文献
世界経済フォーラムセンター Insights
https://centres.weforum.org/centre-for-the-fourth-industrial-revolution/insights
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世界開発報告書と世界経済フォーラムセンターのInsightsは、デジタル化に伴う問題点を複数のレポートで整理していて、このあたりが、世界標準の議論のスタート地点になります。
日本では、リクルートワークス研究所が作成した経済産業省の資料が、リスキリングの議論のスタートになっていますが、これは、ガラパゴス基準です。
3)教育の問題
現在の高等学校の情報のカリキュラムでは、デジタル教育のできる教員不足に陥っています。
さて、水野和夫氏は、「シンボルエコノミー」(p.43)で、ケインズの「経済哲学および政治哲学の分野では、25歳ないし30歳以降になって新しい理論の影響を受ける人は多くない」という「一般理論」の言葉を引用しています。
ケインズは、30歳を過ぎると頭が硬くなり、新しい理論を受け付けなくなるという傾向を指摘しています。
そのような傾向があるのは、事実ですが、それを受け入れると、科学が成り立たなくなります。
小谷野敦氏は、「文学研究という不幸」(p.146)で、国文学は、<「古事記」の注釈に至っては、宣長の「古事記伝」を誰も超えられないとまで言われている>と、学問の進歩を否定しているといいます。
これは、国文学者が、30歳を過ぎると頭が硬くなり、新しい理論を受け付けなくなるという傾向を示しています。
国文学は、国語学のサブセットです。国語学のような言語学は、言葉の音声と文字の処理を研究対象にしています。
アメリカの英語学では、翻訳、サマリー作成が研究対象になります。ChatGTPなどの、AIの活用は、英語学の一部であり、ソフトウェアの製品化している英語学者もいます。
ChatGPTの開発に携わっている国文学者であれば、「本居宣長を誰も超えられない」とは言わないと思われます。
そのような国文学者は、本居宣長をこえる国文学者のAI開発に、熱中しているはずです。
教員が、30歳を過ぎると頭が硬くなり、新しい理論を受け付けなくなれば、古い時代遅れの理論の講義をします。
古い理論を習った生徒が、30歳を過ぎて、教員になれば、また、古い理論を教えることになります。
こうした繰り返しが続くと、「本居宣長を誰も超えられない」といった進歩が止まった思考になります。
デジタル教育の教員が少ない問題にも、同じメカニズムがあると思われます。
これでは、スキルアップはできません。
インドは、義務教育にもデジタル教育をとりいれています。
統計学は、1990年以降にコンピュータが自由に使えるようになって、激変してしまいました。
リクルートワークス研究所の「リスキリング」は、新しい理論を教えることのできる教員がいるという前提で、提案されています。しかし、その前提は成り立っていません。
統計学の分かりやすい例は、実験データの処理にあります。
日本の学校の実験方法の指導では、同じ項目を3回測定した場合、3つの値の平均をとることを推奨しています。しかし、この方法は、新しい統計学に基づくISOのガイドラインでは、間違いです。
さて、アメリカとインドでは、「30歳を過ぎると頭が硬くなり、新しい理論を受け付けなくなる」問題点をどのようにして、クリアしているのでしょうか。