論理と科学(1)

1ー1)科学的な論理プロセス

 

前回は、大学の経済学は、相関(疑似科学)を教えているが、因果(科学)を教えていないことを説明しました。

 

文系の学問の中では、経済学は、数学との親和性が高いので、経済学が、科学でないならば、他の学問は、さらに怪しいと思われます。

 

そこで、この疑問を考えます。

 

ここで、科学とは、科学的な推論のプロセス(科学的な論理プロセス)を指します。

 

推論のプロセスは、結果の正しさを保証しません。

 

結果の正しさは、科学的な推論のプロセスに含まれる検証のプロセスによります。

 

検証のプロセスが通るか、否かは、実際に検証してみないとわかりません。

 

検証のプロセスに到達するまでの、科学的な推論のプロセスは、白黒がつく検証(エスティマンド)を担保します。ただし、これには、交絡因子が排除できないで、白黒がつく検証(エスティマンド)が提供できない場合を含みます。

 

簡単にいえば、検証可能か、検証不可能かを判定し、検証可能な場合には、白黒がつきます。グレーな場合を排除できる点が重要です。

 

科学は推論のプロセスです。

 

科学的ではない推論のプロセス(科学的ではない論理プロセス)も存在します。

 

ここでは、その状況を、渡邉 雅子 (著)「論理的思考とは何か 」(岩波新書 新赤版 2036) ( 2024/10/21)を例に考えてみます。

 

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考察に入る前に、筆者のメンタルモデルは、渡邉 雅子氏のメンタルモデルとは、大きく異なるので、その点を整理します。今回は、論理学について検討します。

 

1-2)アリストテレスの論理学

 

アリストテレスの論理学は、ルールベースシステム、あるいは、エキスパートシステムとも呼ばれます。パール氏の「因果推論の科学」(pp.172-713)によれば、次のようになります。

 

ルールべースシステムは、人間の知識を、「具体的事実」と「一般的事実」の集積として整理し、推論規則を使ってそれらの事実を結び付けます。

 

事例:

 

具体的事実:

アリストテレスは人である。

一般的事実:

すべての人はいずれ死ぬ。

 

推論規則:

すべてのAがBである場合、XがAならば、XはBである。

 

推論で導きだされる事実(ファクト):

アルストテレスは、いずれ死ぬ。

 

1-3)集合論による推論規則の説明

 

推論規則は、集合論で証明できます。

 

これは、集合論の初歩の演習問題で、「因果推論の科学」には載っていませんので、解いてみます。



図1 具体的事実




図1は、「具体的事実:アリストテレスは人である」を表します。

 

集合A(オブジェクトA)は、人(集合「人」)を指します。アリストテレスは、集合「人」の要素(インスタンス)のひとつの要素Xです。




図2 事実

 

図2は、事実、「人は死ぬ」を表します。

 

図2は、集合A「人」には、「死ぬ人」からなる部分集合「死ぬ人」が、観察されています。これは、観察に伴うファクトから導かれます。



図3 一般的事実

 

図3は、「一般的事実:すべての人はいずれ死ぬ」を表します。

 

オレンジ色の差集合「A-B」は、<集合A(集合「人」)ー集合B(集合「死ぬ人」)>であり、集合「死なない人」を表します。

 

「すべての」は、この差集合「A-B」が、空集合であるという意味です。

 

「すべての」は、いずれ死なない人が観察されていないというファクトに基づきます。



 

図4 推論1

 

アリストテレスは、集合「A-B」(集合「死なない人」)と集合「B」(集合「死ぬ人」)の2つの集合のどちらかに属します。

 

推論1では、アリストテレスは、集合「A-B」(集合「死なない人」)に属しています。

 

しかし、図3の「一般的事実」によって、集合「A-B」(集合「死なない人」)は、空集合であることがわかっています。

 

したがって、推論1は成り立ちません。



図5 推論2



 

推論2では、アリストテレスは、集合B(集合「死ぬ人」)に属しています。

 

推論1が、成り立ちませんので、成り立つ推論は、推論2だけになります。

 

これから、推論で導きだされる事実(ファクト)「アリストテレスは、いずれ死ぬ」が成り立ちます。

 

1-4)文系のメンタルモデル

 

渡邉雅子氏は、「論理的思考とは何か 」(p.9)で、以下のように説明しています。説明は、3枚の図を使っていますが、ここでは、重複をさけて、1枚の図で説明を要約して再現します。





図6 三段論法



 

 

 

「すべてのBはAである」

これは、図6の集合Aと集合Bの包含関係を示します。

 

「CはBである」

これは、図6の集合Bと集合Cの包含関係を示します。

 

「よってCはAである」

これは、図6の集合Aと集合Cの包含関係を示します。

 

A=死ぬ

B=人

C=アリストテレス

 

三段論法では、「主語」と「述語」の間に「含み」、「含まれる」、つまり、「全体」と「その一部分」であるという関係が成り立つ。主語と述語の間の含み、含まれるという関係だけをたよりに論理の法則を発見しこれを形式化したのが三段論法である。

 

説明は、以上です。

 

集合論は、オブジェクトとインスタンスを区別します。

 

「論理的思考とは何か 」の説明では、オブジェクトとインスタンスの区別が曖昧です。

 

また、包含関係だけの説明では、「すべての」は不要になってしまいます。

 

つまり、「論理的思考とは何か 」の三段論法の説明は、文系のメンタルモデルでは理解可能かも知れませんが、科学(集合論の数学)のメンタルモデルでは理解できません。

 

1-5)人工知能の冬

 

ルールベースシステムは、例外を認めない厳格な規則であるために、現実には使えません。

 

ルールベースシステムでは、討論もできません。

 

例外のある場合の推論の方法としては、スティーブン・トゥールミン(Stephen Toulmin)

が開発したトゥールミン・ロジックが使われます。

 

人工知能の研究は、1980年頃に、ルールベースが完全に行き詰ってしまいます。

 

この問題の解決は、ベイジアンネットワークによってなされています。

 

したがって、ルールベースの論理を学習するよりも、べージアンネットワークを学習すべきです。

 

トゥールミン・ロジックは、討論会では有効ですが、べージアンネットワークが使える場合には、優先する理由はありません。

 

また、べージアンネットワークを開発したパール氏は、べージアンネットワークでは、因果推論ができないので、「因果推論の科学」を開発しました。

 

プロセスの包含関係は、次になります。

 

ルールベースシステム < べージアンネットワーク < 因果推論の科学

 

これから、ルールベースシステムを学習するメリットがないことがわかります。

 

1-6)推論と確率

 

ルールベースシステムは、例外を認めない厳格な規則であるために、現実には使えない例を示しておきます。



図7 包含関係




 

 

図7は、包含関係を示します。

 

図7に対応する推論は、「BならばA」と「AならばB」の2つあります。

 

「BならばA」は、確実に(100%)成り立ちますが、「AならばB」は、成り立つ場合と成り立たない場合(100%未満)があります。

 

ルールベースシステムは、確実に成り立つ「BならばA」しか扱えません。

 

例をあげます。

 

A:ウイルスに感染する。

 

B:発病する。

 

「BならばA」は、「B:発病していれば、A:ウイルスに感染している」です。

 

「AならばB」は、「A:ウイルスに感染すれば、B:発病する」です。

 

ここで、因果関係を考えれば、「A:ウイルスに感染」が原因で、「B:発病する」が結果です。

 

因果モデルでは、「原因=>結果」を考えます。

 

つまり、ルールベースシステムでは、ウイルス感染の因果モデルを扱うことができません。

 

確率の導入が不可欠です。

 

ルールベースシステムが、人工知能の冬を生み出した理由がわかります。