6ー1)緩やかな連続性
カーネマンの「ファスト アンド スロー」では、ファスト回路は、以前に行った行動を繰り返す推論として述べています。
この簡単な例は、毎朝、歯磨きをするような行動になります。
人間の行動の9割程度は、ファスト回路によると思われます。
それでは、どのような場合に、ファスト回路が有効になるのでしょうか。
今回は、この問題を地図のメンタルモデルを使って感覚的に理解してみます。
6-2)地図はなぜ有効か
地図は、大変便利なツールで、移動には欠かせません。
Google Mapのような電子地図(WEB上のGIS)は、頻繁に、道路、店舗などの地物のデータが更新されます。
地物の位置データが更新されない場合でも、レストランの混在状況のような地物の属性データはリアルタイムで更新されます。
釣りが趣味の人が、毎週、公園の池に釣りに行く場合、この行動は、ファスト回路に対応しています。
次の週に公園に行ったら、池がなくなっていれば、釣りができません。
つまり、ファスト回路が有効に働く場合と、地図が有効に働く場合には、共通性があります。
その共通性は、緩やかな変化、あるいは、緩やかな連続性です。
地図には、移動する地物を記載しないルールがあります。
鉄道のラインは表示されますが、列車は表示されません。
科学的には、緩やかな連続性は成り立ちません。
台風や竜巻で、地図の一部が、数時間で入れ替わります。
戦争の爆撃の場合には、地図の一部が、数秒で入れ替わります。
太平洋戦争時の空襲があれば、地図は1日で、使えなくなります。
緩やかな連続性が成り立つという保証はありませんが、結果的にみれば(経験則では)、緩やかな連続性が成り立っている場合が多いので、その場合には、地図は有効に使えます。
6-3)株価の予測
ロイターのようなマスコミの記事には、今後の株価の予測が見られます。
バフェット氏のバークシャーハサウェイのように、過去に目覚ましい実績をあげた投資ファンドもあります。
しかし、過去の成功は将来の成功を約束するものではありません。
たとえば、オリンピックをみれば、同じ選手が2大会連続して、金メダルをとる場合はまれです。
そもそも、将来の株価の予測は可能でしょうか。
仮に、自由意思が機能している場合には、経営者の判断で、経営が変わってしまい、株価も変化します。
ある経営者が、合理的な経営判断をしても、競合企業の経営判断には関与することができません。
高度経済成長期には、浜松には、ホンダのようなバイクメーカーが200社ありました。バイクメーカーが成長することは予測できたかもしれませんが、生き残る企業がホンダであって、他のメーカーではないことを予測することは困難です。
同様の問題は、アマゾンが、ネット販売サービスを始めたとき、マイクロソフトが、Windows OSを販売したときにもあてはまります。
IBMは、OS2を出しましたが、普及しませんでした。
ある分野の成長を予測することは可能ですが、生き残る企業を選抜することは困難です。
6-4)イデックスファンドの発明
インデックスファンドは、株式市場で評価(インデックス)の高い銘柄をセットにして投資する商品です。
この方法では、評価の下がった銘柄は、銘柄のセットから除かれ、かわりに、評価の高い銘柄に組み替えられます。
インデックスファンドの推論のロジックは、緩やかな連続性にあります。
テクニカル分析では、株価のアップダウンのデータから、投資に向いた銘柄を選択できると考えます。しかし、そこには、推論の根拠がありません。
時系列は、因果ではないので、背景の因果のないトレンド予測は必ず外れます。
株式の売買で利益をあげる基本は、安く買って、高く売ることです。
インデックスで選ばれる銘柄は、既に評価が高く、株価も高くなっています。
したがって、インデックスで選ばれる銘柄は「安く買って、高く売るセオリー」には、合っていません。
しかし、「安く買って、高く売るセオリー」は、将来、株価が上昇する企業が予測できるという前提がなければ成り立ちません。
ある分野の企業が伸びることを予測することは、かなりの高い確率で予測が可能です。しかし、その中で、どの企業が伸びるか、どの企業が競争に負けて撤退するのかを予測することは困難です。また、将来伸びると多くの人が思う企業の株価は、実績以上に、将来の期待を反映して割高になっています。
インデックスに選ばれる企業は、実績の出ている企業です。すでに、株価がかなり高くなっていますので、さらに、大幅に株価が上昇することはあまり期待できません。
しかし、「緩やかな連続性」から考えれば、株価が急激に下がるリスクも低いことになります。
インデックス投資の場合の「緩やかな連続性」は、企業の人材の連続性を反映していると思われます。
インデックス投資は、アクティブ投資より高い実績をあげています。
これは、株価の将来予想が可能であると主著するアクティブ投資よりも、「緩やかな連続性」のパフォーマンスが高いことを意味します。(注1)
6-5)DXと「緩やかな連続性」
AIなどのDXが進んで行く場合には、産業構造の変化が起こります。
農業から工業への産業構造の転換は、実際の地図の上にも現われて、農地が減って、工場用地や宅地が増えて、スプロールが起きました。
DXの場合には、重工業のような大規模な施設を必要としませんので、GISの上には反映されにくい部分があります。それでも、物流センターが増えたり、AI用の発電所が増えたりすれば、産業構造の転換が、GIS上で確認できます。
エンジン自動車が、EVに変われば、GIS上の自動車工場がエンジン用から、EV用に入れ替わります。
つまり、産業構造の転換がある場合には、「緩やかな連続性」は、成り立たなくなります。
「緩やかな連続性」が、成り立たないということは、前例主義や帰納法による推論が破綻することを意味します。
2010年頃、アメリカは、産業構造の転換の最先端を進んでいました。
2024年現在、中国が、産業構造の転換の最先端を進んでいます。
産業構造の転換を地図でイメージすれば、毎年、産業構造の転換という大きな台風がきて、土地利用が急減に変化していく状況を想像すればよいと思われます。
「緩やかな連続性」が、成り立たない場合には、ファスト回路はつかえず、スロー回路で対処する必要があります。
これは、思考と意思決定のプロセスを変えることに対応します。
6-5)まとめ
「緩やかな連続性」は、地図が使えることに対応しています。
しかし、「緩やかな連続性」は、経験則であって、科学ではないので、破綻することがあります。いつ破綻するかを確実に予測することはできません。
しかし、台風の到来と同じように、「緩やかな連続性」が何時かは、破綻する時がくるというメンタルモデルをおって、注意していれば、その予兆に気づくことは可能です。
6-6)補足
以上の仮定が正しければ、インデックス投資のパフォーマンスは、「緩やかな連続性(人材の連続性)」が崩れる、産業構造の転換の時期には、いったんパフォーマンスが低下する現象がみられると思われます。
注1:
筆者は、株価の予測ができる推論は、「緩やかな連続性」、ブラックショールズ方程式に見られる「平均への回帰」、「因果モデル」の3つであると考えます。ソロス氏のような著名な投資家は、「因果モデル」を使っています。