物価と賃金の悪循環

 

筆者は、前回、労働組合が、賃上げをするのであれば、ベースラインの算定法を交渉の対象にすべきであると書きました。

 

野口悠紀雄は、実質的な賃上げをすべきではないと主張しています。

 

ただし、この主張には、前提条件があるので、デリケートな問題です。

 

とはいえ、実質賃金が下がっているときに、労働者が、実質賃金を下げないで欲しいと要求することは、基本的には、理不尽とは思えません。

 

そこで、この問題の整理を試みます。

 

なお、野口悠紀雄氏の主張の趣旨は以下です。

実質賃金が上がらないのは、賃上げが消費者物価に転嫁されるからだ。政府や日銀は転嫁が望ましいとしているが、それでは、転嫁できない中小零細企業や、賃上げの枠組みから外された人々が被害者になる.政府は、いま進行している物価上昇を食い止めるべきだ。

<< 引用文献

今や「賃上げ」こそが「物価」を押し上げる危険な原因に…「物価対策」の負担を国民に押し付ける政府の無策 2024/11/29 現代ビジネス 野口悠紀雄

https://gendai.media/articles/-/142342

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要するに、賃上げより、インフレ抑制を優先すべきであるという主張です。

 

筆者の計算では、賃金上昇は「(b-aa-c)*dd」%になります。

 

ここd、bは、賃金上昇率、aaは物価上昇率、cは定期昇給分、ddは、円安の補正係数です。

 

野口悠紀雄氏の主張は、「b-aa」が同じであれば、aaとbは小さい方がよいという主張です。

 

その根拠は、第1に、賃金が上がらない人がいるためです。

 

賃金が上がらない人には、「中小零細企業の労働者」、「企業に雇用されていない人やフリーランサー」、「年金生活者」があてはまります。

 

第2は、単純化して、消費者と労働者を同一視し、全体として考えれば、自分で自分の賃上げを賄っていることになる。その結果、賃金が上がっただけ物価が上がるので、実質賃金が上がらない。

 

第2の条件は、差分方程式を作って解いてみれば確認できます。



この問題の元は、リフレ派の理論の間違いに由来しています。

 

リフレ派の理論は、2点で、致命的な間違いをしています。

 

第1に、インフレは、経済成長の結果であって原因ではありません。

 

第2に、経済成長の原因は、生産性の向上であり、技術革新です。

 

技術革新は、経済学の言葉では、記述できないので、これを無視する経済学者が多くいますが、致命的な間違いです。

 

例えば、AIの種類によって、経済への波及効果はちがいます。

 

しかし、それを検討するには、AIのコンピュータサイエンスの言葉が必須になります。

 

このようにして、経済学者には、生産性(技術革新)の言葉を無視するバイアスがあります。

 

アベノミクスの第3の矢は、オブジェクトだけで、インスタンスのない空き箱でした。

 

筆者は、シュンペーター流のモデルで考えます。

 

経済成長(結果)<=技術革新(原因)

 

リフレ派のモデルは以下です。

 

経済成長(結果)<=インフレ(原因)

 

筆者は、野口悠紀雄氏のモデルを次のように考えています。

 

経済成長(結果)<=技術革新(原因)ーインフレ(原因)

 

このモデルを前提に読めば、野口悠紀雄氏の次の表現は理解できます。

企業が雇用している従業員の給与の引き上げを、どの程度、販売価格に転嫁してよいかは、微妙な問題である。少なくとも、引き上げ分の全てを無条件で転嫁するのが望ましいとは言えない。その理由は、転嫁が次々に続いていけば、上で述べたように、最終的には消費者が賃上げ分を負担することになるからだ。

 

1970年代のオイルショックの時、イギリスを始めとする諸国では、賃上げを求める労働組合の力が強く、高率の賃上げが行なわれた。

 

しかし、それが経済全体のインフレをさらに悪化させることになり、経済が危機的な状況に陥った。

 

この時日本は、賃上げを抑制し、それによってオイルショックを克服することができた。これは、労働組合が企業単位になっているため、「過大な賃上げを行なえば企業が沈没してしまう」という企業一家主義的な論理が働いたからだ。

 

企業一家の論理がいつも正しいわけではないのだが、この場合には、過大な賃上げを抑制するために、正しく働いたと考えることができる。

 

第1の主張のロジックの難点は、日銀も含めた政府は、物価上昇を制御する能力がありますが、企業には、その能力がない点です、

 

そもそも、ここには、「技術革新(原因)」が書かれていません。

 

たとえば、1970年代のオイルショックの時のイギリスと日本の対応の違いを、賃金だけで考えれば、次の因果モデルになります。

 

経済成長(結果)<=ー高いインフレ率(原因)<=ー高い賃金上昇(原因)

 

この表現では、イギリスと日本の間では、「技術革新(原因)」の差はない、「技術革新」という交絡因子が存在しないことになります。

 

筆者は、経済成長に与える第1の影響は、「技術革新」であると考えますので、論点を賃上げに限定することは困難であると考えます。

 

筆者は、自分が、野口悠紀雄氏より経済分析ができる能力があるとは考えていません。

 

とはいえ、名だたる学者でも、交絡因子を見落とすことはあると考えています。

 

統計学の歴史は、交絡因子の取違いにあふれています。