12)ファクトの座標系
議論のスタートは、エビデンスの階層です。
表1 エビデンスの階層
階層 内容
EBL4 メタアナリシス
EBL3 エビデンスに基づく因果研究
EBL2 ファクトに基づく観察研究
EBL1 ファクトにに基づかない意見
エビデンスの階層は、EBL1とEBL2をやめて、EBL3とEBL4に移行しましょうということです。
対象を政策決定に限定したEBPMは、費用対便益分析を、拡張して因果モデル(EBL3)でエビデンスに基づいた政策選択を行う手法で、複数の政策を比較して、非効率な政策を中止することで、歳出を削減することができます。
このEBPMは、EUなどのガイドラインに書かれている標準的なEBPMです。
日本国内のEBPMは、「なんちゃってEBPM」であって、EBPMではありません。
EBL3とEBL4を理解するためには、因果推論の科学のメンタルモデルが必要なので、容易ではありません。
EBL3で、問題解決が可能な場合には、EBL3を使うべきです。
しかし、全ての問題が、EBL3で解決できる訳ではありません。
医療の現場で使われる薬でも、エビデンスのある割合は10%程度です。
それ以外に、過去の実績(観察研究)で効果があった薬が多用されています。
これは、EBM(エビデンスに基づく医療)が導入されて、30年程度であること、RCTには、膨大な費用と手間がかかるためです。
しかし、因果推論の科学の発達によって、RCTを使わなくとも、高い精度で、エビデンスを検証できる方法が開発されています。
これが、EBMを後押ししているので、今後は、エビデンスのない薬の割合は、減ると予測されます。
新薬では、エビデンスのない薬は、承認されないルールになっています。
同様の変化が、政策決定についても起こると考えれば、次の条件になります。
新規の事業(政策)を予算要求する場合には、エビデンスに基づく政策効果が必要になります。
新規の事業が、従来の事業を補完する場合には、従来の事業とのエビデンスに基づく効果の比較が必須になります。効果の悪い方は削除すべきです。
既に、行われている事業(政策)でも、予算規模の大きなものについては、順次、複数の代替案を含めたエビデンスに基づく効果の比較がなされるべきです。
とはいえ、当面は、観察研究に基づく政策もなくならないと思われます。
そう考えると、ファクトに基づく観察研究についても、メリット、デメリットを検討する余地があります。
ファクトに基づく観察研究が失敗する大きな原因は、交絡因子にあります。
明らかに、「リスクの高い交絡因子がある場合」には、観察研究を行うべきではありません。
「リスクの高い交絡因子がある場合」とは、どのような場合かが議論になります。
今回は、その前のファクトのデータに必要とされる条件を整理しておきます。
12-1)ラグランジュ座標系
ボールの運動のような剛体の力学では、ボールは、質点、つまり、質量のある点として、データ化されます。
この場合のデータは、次の形をしています。
(w、x、y、z、t)
ここで、wは、質量です。
x、y、zは、空間座標位置です。
tは時間です。
同じ時刻に同じ空間座標には、物体は1つしか存在しないので、この表記で2つの物体が、ダブって記述されることはありません。
t1から、t2の間にボールが移動した場合の表記は次になります。
(w1、x1、y1、z1、t1)
(w2、x2、y2、z2、t2)
この表記には、弱点があります。
それは、この2組のデータが、同じ1つのボールのものか、異なった2つのボールのものかわからないことです。
この弱点を補うために、IDをつけます。
(ID、w、x、y、z、t)
これが、ラグランジュ座標系で測定されたデータ(ファクト)の標準形式です。
その場合のwは、質量ではなく、属性に一般化されます。
wは、スカラーに限りません。ベクトルや構造体でもかまいません。
GPSの出現以前には、「x、y、z、t」のデータを記録することは困難でした。
現在は、このデータは、位置情報へのアクセスを許可すれば、自動記録されます。
公文書の場合には、IDとwの規格を設計する必要があります。
wの文書の作成者には、記入者と意志決定会議の参加者の双方を記載すべきです。
この条件が明確であれば、赤木事件は起きません。
「x、y、z、t」のデータがあれば、改竄は困難になります。
公文書がクラウドサーバー上で作成され、修正履歴が保存されれば、改竄は困難になります。事実上、不可能になると思われます。
IDは、元の文章があり派生する文章がある場合には、つけ方にルールが必要です。
あるいは、幼稚園、保育園、こども園のような類似の政策がある場合には、関連するIDを検索して、クロスチェックできるような、参照IDの属性が必要になると思われます。
このデータは、wではなく、IDを構造体にして、IDに含めるべきでしょう。
赤木事件は、公文書が、不完全なファクトであったために、発生しています。
筆者は、裁判所は、有罪・無罪の判定だけなく、公文書のデジタル形式の改善に関する勧告もすべきであると考えます。
12-2)オイラー座標系
ラグランジュ座標系は、フローを扱うことができません。
現象がフローである場合には、オイラー座標系が用いられます。
コントロールボリュームに対して、次の式が成り立ちます。
インフロー + アウトフロー + 内部量の変化 = 0
これは、連続方程式(物質不滅の法則)に対応します。
コントロールボリュームが、日本国である場合には、貿易収支などのデータが、オイラー座標系のファクトになります。
公的統計では、調査が煩雑になるとして、小規模事業者は調査の対象外になっている場合が多くあります。
しかし、オイラー座標系の基礎は、物質不滅の法則です。
精度はともかく、小規模事業者の活動によるインフローとアウトフローの項を儲けて、推定値をいれないと計算が成り立たなくなります。
12-3)座標変換
この場合、水の分子にID(ラベル)をつけることができませんので、基本的には、ラグランジュ座標系のIDが問題になることはありません。
しかし、例外があります。
例えば、岡山県吉備中央町のPFAS汚染の場合、岡山県が汚染源の調査に乗り出し、河平ダムから汚染状況を確認しながら川を遡っていくと、山中の資材置き場に野積みされているフレコンバックに行き着きました。
野積みされているフレコンバックが原因であると言いたいところですが、実は、フレコンバックがない他の河川でも、PFAS汚染が見つかっています。
マスコミは、大学学識経験者による委員会が、フレコンバックが原因であるといったので、フレコンバックが原因であるといいます。
この報道は間違いです。フレコンバックがない他の河川でも、PFAS汚染が見つかっていますから、フレコンバックが原因である確率が100%になることはありません。
EBL2のファクトに基づけば、フレコンバックが原因である確率が、何%、それ以外の要素が原因である確率が何%という数字になるはずです。
「大学学識経験者による委員会が、フレコンバックが原因であるといったことは、EBL1に過ぎません。
GISでは、ラグランジュ座標系のデータは、ベクトルデータになります。
オイラー座標系のデータは、ラスターデータになります。
ベクトルデータは、座標系変換によって、ラスターデータに変換できます。
ただし、このラスターデータは、どのコントロールボリュームに、地物がいくつあるかを数えているだけで、インフローとアウトフローを計算していません。
ラグランジュ座標系のデータが時系列であれば、インフローとアウトフローを計算は可能ですが、処理は、より複雑になります。
12-4)ザイム真理教
森永 卓郎氏は、「財務省は、宗教を通り越して、カルト教団化している。そして、その教義を守る限り、日本経済は転落を続け、国民生活は貧困化する一方になる」といいます。
筆者は、リフレ派に賛成する訳ではありませんが、財務省の財政均衡の主張は、オイラー座標系のファクトとしての条件(EBL2)を満たしていません。
財務省のデータには、アウトフローと内部量の変化について、大きな欠損があり、連続条件を満たしていません。
連続条件から、インフロー(税収と国債)が不足するのであれば、アウトフロー(歳出)と内部保存量を減らせばよいことになります。
しかし、内部量である基金の積立額は増え続けています。アウトフロー(歳出)の予算規模は拡大を続けています。
インフレになれば、経済成長するというリフレ派は、財政破綻はないので、歳出をさらに増やせといいます。
筆者は、因果モデルを無視したリフレ派は、間違いであると判断します。
筆者は、EBPMによって、歳出を半減できると考えます。
そうすれば、減税が可能になります。これは、イデオロギーではなく、因果モデルによる科学の課題です。
宗教は、EBL1ですから、財務省の均衡財政は、宗教と同じエビデンスレベルになります。