言葉とバカの壁(1)

アメリカには、言葉の壁はありますが、バカの壁はありません。

 

コミュニケーションの基本は、言葉と言葉でできているメンタルモデルの共有です。

 

言葉の有無に注目すれば、バカの壁の存在が点検できます。

 

1)言葉の壁

 

1-1)因果推論の科学

 

ジューディア・パール氏は、「因果推論の科学」の中で、今まで因果推論の検討がなされなかった原因は、因果関係を示す数学的言語(mathematical language of causes)がなかったからであるといいます。パール氏は、言葉がなければ考えることができないといいます。

 

1-2)二つの文化と科学革命

 

チャールズ・パーシー・スノー氏は、1959年に「二つの文化と科学革命(The Two Cultures and Scientific Revolution)」で次のように言っています。

簡単な質問「質量、あるいは加速度とは何か」(これは、「君はものを読むことができるか」というのと同等な科学上の質問である)をしたら、私が(伝統文化のレベルからいって)教養の高い人びと同じことばを語っていると感じた人は、教養の高い人びとの十人中の一人ほどもいなかっただろう。

 

スノー氏は、伝統文化のレベルからいって教養の高い人びとには、質量、あるいは加速度といった自然科学の言葉がないので、自然科学について考えることができないと言っています。

 

この問題を解決するために、スノー氏は、政治家として、エンジニア教育の拡充を行っています。

 

1-3)経済政策

 

経済成長の必要条件は、生産性の向上です。

 

小泉構造改革からアベノミクスまで、すべての経済対策は、構造改革(生産性の向上)に失敗しています。

 

これは、生産性の統計データをみれば、確認できます。

 

それでは、なぜ、生産性の向上に失敗したのでしょうか。

 

経済対策は、経済学の言葉で推論します。

 

しかし、経済学には、生産性の向上を検討する言葉がありません。

 

統計データから、生産性が上がったことを確認することはできますが、生産性を向上させるために、具体的になにをすべきか、何をすべきでないということを検討する言葉を持ちません。

 

思考実験をしてみます。

 

すべての企業が、生産性の値をもっていると仮定します。

 

その場合には、生産性のよい企業を優先して育成すれば、生産性の平均値の向上が期待できます。

 

例えば、生産性のレベルに応じて、法人税率を変化させて、生産性の低い企業を淘汰させることができます。

 

この政策の良し悪しは別にして、このような議論ができない理由は、生産性という変数名に、値がないからです。

 

これは、集合論では、生産性という集合には、対応する要素がないので、未定義になります。

 

値(要素)のない単語は、形而上学になってしまい、その単語がどの値(要素)を指すのかわかりませんので、コミュニケーションが成立しなくなります。

 

この「値(要素)のない単語は、形而上学になってしまい、言葉になっていない」という判定基準を採用すると、いろいろなものが見えてきます。

 

1-4)IT投資

 

加谷珪一氏は、賃上げについて次のように述べています。(筆者要約)

賃金を上げるためには、売上総利益を増やすか、他のコストを削減するかのどちらかを選ぶ必要がある。日本全体で賃上げが進まないのは、企業が基本的にコスト削減のみで利益を維持しようと試みているからである。

 

企業の粗利を増やす最も有益な手段が売上高の拡大である。

 

1997年における各国企業の売上高を100とした場合、過去20年でドイツ企業は売上高を2.7倍に、米国企業は3倍に拡大させた。一方、日本企業の売上高は、ほぼ横ばいである。

 

この期間に、世界経済は順調に拡大を続けてきたので、日本企業の売上高は、諸外国の3分の1に減少したと考えた方が実態に即している。

 

日本企業は売上高が横ばいであるにもかかわらず、コスト削減ばかり実施して利益だけを継続して増やしてきた。結果として労働者の賃金は下がる一方だった。

 

過去30年間、日本企業の取締役会は現状維持の経営を選択してきた。

 

したがって、持続的な賃上げを実現するには、日本企業の経営を変えるしか方法がない。

 

例えば、過去30年間横ばいの日本企業のIT投資(最低限のデジタル化)を、諸外国のように少しでも前に進めれば、その分だけ生産性が向上し、賃金の上昇につながる。

<< 引用文献

日本企業が「賃上げ」をできない「根本的な理由」…経営者たちが「仕事をサボっている」驚きの現実 2024/08/28 現代ビジネス 加谷珪一

https://gendai.media/articles/-/136289

>>

 

加谷珪一は、<経営者たちが「仕事をサボっている」>と言っていますが、「IT投資(最低限のデジタル化)」の言葉がないととらえることもできます。

 

IT投資は、ジョブをITに置き換えることになります。つまり、ジョブ型雇用では、IT投資という言葉の「値(要素)」には、ITに置き換えるジョブの名前と解雇される人の名前が含まれます。

 

IT投資とは、ジョブ型雇用におけるIT投資の意味です。

 

IT投資を年功型雇用に持ち込めば、そのままでは使えません。

 

具体例をあげます。

 

マイナンバーカードは、銀行口座と紐つけることが原則です。

 

現在では、マイナンバーカードがないと口座開設が困難になっています。

 

マイナンバーカードが銀行口座に紐つけられていれば、確定申告の書類は自動的に作成できます。

 

これは、技術的には既に解決済みの問題です。

 

マイナンバーカードが、確定申告の書類作成に使えれば、生産性が上がりますが、税務署の職員、税理士は不要になります。

 

IT投資という単語の「値(要素)」は、ITに置き換えるジョブの名前と解雇される人の名前が入っているわけです。

 

マイナンバーカードには、「値(要素)」がないので、IT投資の言葉ではないと言えます。

 

2024年7月、シンガポールの主要タクシー会社である「コンフォートデグロ(Comfort Del Gro)」が、最新の自動運転タクシー技術を導入する計画を発表しました。

 

一方、日本は、政治献金が功をそうして、シェアライドには、タクシー会社の許可が必要になっています。

 

コンフォートデグロは、世界で2番目に大きな交通会社で、シンガポールの他に中国、イギリス、アイルランド、オーストラリア、ベトナム、マレーシアでも企業活動を行なっています。

 

2024年10月29日の日経新聞には、トヨタは、NTTと自動運転についてソフトウェアの共同開発を行い、5000億円を投資すると伝えています。しかし、この記事には、技術に関する言葉がありません。「AIを使って事故を予見する」と書かれていますが、AIの「値(要素)」がないので、IT投資の言葉ではないと言えます。

 

テスラ、Googleは自動運転のAIに膨大な投資をしています。5000億円の投資は、テスラ、Googleの投資に比べれば、とても小さな金額です。テスラとGoogleに比べれば、AI開発の高度人材も、トヨタとNTTはかなり劣ります。OpenAIのような強力な独自のブレークスルー技術がなければ、勝負になりません。

 

10月29日のロイターによると、オープンAIはブロードコムを介して、初めての内製半導体を2026年に製造するためにTSMCでの生産能力を確保しています。

 

テスラ、Googleも膨大な走行実績データを持っていて、それを使って事故防止のソフトウェアを開発しています。

 

シンガポールでは、2016年8月25日に、世界で最初の自動運転タクシーの試験営業が開始されています。シンガポールも膨大な走行実績データを持っています。

 

以上を考えれば、コンフォートデグロが、日本でも、自動運転タクシーを営業する日も近いと思われます。自動運転タクシーが普及すれば、地方の交通手段がなくなる問題は大きく、改善されます。

 

そのためには、タクシー業界からの政治献金と官僚の天下りポストがなくなることを受け入れる必要があります。

 

トヨタが10月30日発表した2024年度上半期(4から9月)の世界生産台数(トヨタ、レクサス両ブランド)は、前年同期比7.0%減の470万5037台で、4年ぶりに前年同期を下回りました。

 

10月28日、ドイツの自動車大手フォルクスワーゲン(VW)は、予想を上回る大幅な事業再編を計画しており、国内で少なくとも3つの工場を閉鎖し、数万人の従業員を削減する方針です。残りの工場も恒久的に縮小される見通しで、労働組合はストも検討しています。

 

フォルクスワーゲンの売り上げ減は、EVが原因ですが、自動運転の技術にも問題があります。

 

日本では、EVの普及が遅れているので、問題の表面化が遅れていますが、トヨタが、フォルクスワーゲンと同じ問題を抱える可能性があります。