7)事例研究
9月22日に、復興途中の能登半島を襲った豪雨で、石川県・輪島市などでは、23もの河川が相次いで氾濫しました。
今回は、このケースを参考に、洪水の原因を考えます。
7-1)マスコミの記事
マスコミには、専門家の意見が載っています。ここでは、個別の意見を問題にせずに、最大公約数をまとめてみます。
指摘されている原因は3つあります。
(a)地形
能登半島の地形は、山があり、急勾配なため、上流で降った雨が一気に下流に流れて河川水位が上昇して河川氾濫が起きやすい。
河川堤防が壊れて、河川が氾濫するタイプの洪水は、外水と呼ばれます。
河川堤防が壊れずに、地区内の降雨の流出が、河川に排水できないタイプの洪水は内水と呼ばれます。
地震後、被災した護岸や堤防などの応急復旧工事は5月までに完了しました。梅雨の出水期に異常はありませんでした。定点カメラなどの状況から今回の氾濫は降雨による越水が原因と判断されます。堤防損傷の有無による確認は、今後の詳細調査によります。
つまり、今回の洪水は、外水が原因です。
(b)想定外の雨
気象庁によると、輪島で22日午前8時10分までの24時間で412ミリ、珠洲では午前8時50分までで315ミリの降水量を観測しています。
今回氾濫した輪島市街地を流れる河原田川の計画降水量は「24時間総雨量213ミリ」、珠洲市役所近くを流れる若山川の計画降水量は「24時間総雨量223ミリ」です。計画降水量は、50から100年の確率です。
観測された24時間降水量は計画降水量を超えています。
輪島 213ミリ<412ミリ
珠洲 223ミリ<315ミリ
あるいは、輪島市内を流れる河原田川の計画降水量は「24時間雨量213ミリ」、町野川の計画降水量は「24時間雨量176ミリ」でした。輪島市では21日午前、3時間でこれらを上回る220ミリの雨量が観測されました。
これは、計画上は、堤防が破堤する可能性があることを示唆しています。
(c)地震の影響
(c-1)仮復旧堤防の強度
元日の能登地震によって壊れた護岸は、仮復旧の状態でした。これに対して、石川県河川課では、避難や水防活動を呼びかける5段階の目安「基準水位」を1段階引き下げて運用しています。
仮復旧の場合、堤防の高さは、原状に戻してあります。ただし、堤防の強度については、不十分です。高い水位が継続したり、水流による強い外力が働く場合には、仮復旧堤防が壊れる可能性があります。
(c-2)地震による河川の流下能力の変化
1月の地震では、大きな地形変化が生じ、河川の流下能力に変化が生じている可能性があります。
7-2)論点の整理
以上の3つの推定原因のうち、エビデンスがあるのは、降水量だけです。
梅雨の出水期に異常はありませんでしたので、「(c-2)地震による河川の流下能力の変化
」の明確な証拠はありません。また、地震による変化を無視すれば、「(a)地形」は、以前からあった条件です。
7-3)降水量の課題
(a)確率降雨の課題
確率降水量には、基本的な課題があります。
100年に1回の規模の降雨を考えます。
能登半島が1つのエリアである場合には、問題はありません。
能登半島を5x5の25ブロックに区切ったとします。
この25ブロックの雨の降り方が全く同じになる場合、降雨の降り方は、従属しているといえます。この25ブロックの雨の降り方がバラバラな場合、降雨の降り方は、独立しているといえます。
今回の洪水の原因は、線状降水帯です。これは、雨の降り方は局所的で、独立性が高いことを意味します。
25ブロックで、100年に1回の規模の降雨を考えます。
1つのブロックで、100年に1回の規模の降雨が起こらない確率は、0.99です。
25ブロックすべてで、100年に1回の規模の降雨が起こらない確率は、0.99の25乗(0.7778)になります。25ブロックのどこかで、100年に1回の規模の降雨が起こる確率は、0.222(=1-0.778)になります。1/0.222=4.5になります。
つまり、独立性を前提にすれば、100年に1回の規模の降雨が、25ブロックのどこかで発生する確率は、5年に1回になります。
確率降雨は、ブロック分割の数に大きく依存してしまいます。
(b)2015年の水防法の改定
2015年に、水防法が改訂されて、現在の洪水ハザードマップは、計画降雨ではなく、「想定最大規模」で作成されています。これは、1000年確率(1年の間に発生する確率が 1/1000以下の降雨)です。
仮に、1000年確率を採用しても、ブロック数が100あれば、10年に1回は、どこかのブロックで発生する降雨になります。
水防法は、河川整備の水準を決めているのではないので、1000年確率は避難経路の選択に使うことになります。
しかし、「計画降雨」と「想定最大規模」のダブルスタンダードを採用したことで混乱が生じています。
例えば、次の記事です。
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今回氾濫した輪島市街地を流れる河原田川は、50~100年に一度の降雨を想定した計画規模が「24時間総雨量213ミリ」、珠洲市役所近くを流れる若山川は「同223ミリ」で、降水量が上回ったが、千年以上に一度の降雨を想定する想定最大規模の727ミリ、787ミリには及ばなかった。また、氾濫した若山川の珠洲市若山町宇都山地点は、想定最大規模「同813ミリ」の半分以下の降雨だったにもかかわらず川があふれた。
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ある専門家は次のように言いますので、混乱は止まりません。
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近年は気候変動もあって豪雨の頻度は増えており、「計画を上回る降雨も念頭に、災害対策を練ることが重要になっている」と強調した。
>
<< 引用文献
能登半島を襲った豪雨 なぜ、23もの河川が氾濫 背景に「3つの要因」 2024/09/23 テレ朝News
https://news.yahoo.co.jp/articles/09f093e4f7c74e3cc0d8d1286806cf47f096f1cb
能登豪雨「100年に1度」の想定上回る 専門家「地震で護岸や堤防の機能が低下の可能性」 水かさ一気に 2024/09/23 東京新聞
https://www.tokyo-np.co.jp/article/355958
脆弱な護岸に想定超の雨量 地震でダメージ、被害拡大に拍車 能登半島豪雨2024/-9/22 産経新聞
https://www.sankei.com/article/20240922-CTRXUGEB7NJM5O43K4ZXDVMA4A/
【緊急調査:能登半島豪雨災害】珠洲市・輪島市で線状降水帯による1000年規模超の被害! 栗栖成之
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/e238d3b6f6a615c9ed437f74d1b4af90e0315033
水防法等の一部を改正する法律」が施行されました
https://www.mlit.go.jp/river/suibou/suibouhou.html
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7-4)3つの課題
(a)「想定最大規模」
「想定最大規模」の根拠が不明確です。温暖化に対応するのであれば、気温等の物理パラメータを含むべきです。こうすれば、不合理なブロック分割数の問題が回避できます。
(b)降雨確率から地表グリッドの安全性へ
「計画降雨」と「想定最大規模」は、降雨を選べば、あるエリアの整備水準が一様になるという間違った前提に立っています。
詳細なDEMのデータのない時代であれば、非現実的な仮定もやむを得なかったと思われます。
現在であれば、グリッドメッシュ単位で、そのメッシュの安全率を計算することができます。
急こう配の地形は、浸水リスクは低いかも知れませんが、土砂崩れのリスクがあります。
ハザードマップは、避難計画にしか使いませんが、そのグリッドの安全率を確率表示可能です。
Flood Hubは、10万回のシュミレーションを繰り返しています。
10万回計算すれば、確率が求まります。
「(a)地形」が洪水の原因であるという主張は、おかしな主張です。
なぜなら、今回の洪水の直前になって地形が変化したことが、洪水の原因ではないからです。
このような混乱が生じる原因は、そのメッシュの安全率を計算していないために起こっています。
(c)土地利用計画
地表グリッドの安全性が評価できれば、土地利用計画に反映できます。