「因果推論の科学」をめぐって(58)

注:これは、ジューディア・パール、ダナ・マッケンジー「因果推論の科学―「なぜ?」の問いにどう答えるか」のコメントです。

 

(58)問いと思考能力

 

1)AIの思考能力

 

パール先生は、「現在の技術で思考する機械を作ることは可能なのか」(p..557)という問いに対して、次のように言っています。

「思考する」という言葉を「チューリングテストに合格する」という意味だと定義するならば、ほぼ間違いなくイエスと言える

>(p.558)

 

人間を相手に、チューリングテストに参加してもらうことは現実的ではありません。

 

しかし、パール先生は、言います。

チューリングが「どういう種類の質問に答えられるか」を基準に認知システムを分類することを提案した。

 

アメリカの企業のCEOは高給取りです。

 

日本の企業のCEOの給与はそこまで高くありません。

 

CEOの給与が高いか低いかは、能力によります。

 

例えば、「企業の経営資源をどこに集中すべきか」という問題があります。

 

この質問に対する答えを聞けば、CEOの能力は評価可能です。

 

説明は、明確であり、その意思決定を選択した理由とデータを示す必要があります。

 

パール先生の予測では、人間並みに、質問に答えられる(チューリングテストに合格する)強いAIは実現が可能です。

 

企業で、不祥事があった場合、マスコミにCEOが出てきて謝罪することがあります。

 

しかし、その謝罪では、「どうしたら、不祥事の再発を防げるかという」質問に答えられていません。

 

謝罪は、不祥事発生の原因を特定していませんので、因果推論になっていません。

 

これでは、生成AIの方が、日本企業のCEOより、認知システムのレベルが高いことになります。

 

アメリカの大統領候補者のTV討論会では、「どういう種類の質問に答えられるか」が、試されます。

 

事前に、想定質問を検討していますが、想定外の質問の質問も出てきます。

 

バイデン大統領は、ここで、よい成績をあげられず、候補を辞退しています。

 

日本の国会答弁では、事前に準備されて原稿を読み上げるだけです。

 

これらの原稿の内容は、一般には、質問に答えないものになっています。

 

質問に答えない答弁が実現する理由は、政府は、答弁の内容が、認知システムの分類に使われると思っていないからです。

 

答弁の内容で、認知システムを分類すれば、国会議員のレベルは、問題外に低い思考能力しかありません。

 

S&Pグローバル・レーティングになぞらえれば、「BBB- 市場参加者から投資適格の格付けのうち最も低い格付け」になると思います。

 

ジョブ型雇用であれば、給与は、認知システムのレベルで決まっているので、議員の答弁も、議員の認知システムのレベルを評価する基準で行なわれます。

 

質問に答えない答弁をすれば、次の選挙に落選しますので、質問に答えない答弁をする議員はいなくなります。

 

2)問いの問題

 

「因果推論の科学」では、問いの問題が扱われます。

 

問いの立て方をみれば、認知システムのレベルを評価することができます。

 

パール先生は、「人工科学者」をつくることも可能だろうといいます。(p.13)

 

科学技術立国を目指すのであれば、「人工科学者」を持っている国と持っていない国では、大きな差がついてしまいます。

 

恐らく、防衛費を増やすよりも、「人工科学者」に投資する方が、効率的です。政府は、こうした比較ができる認知システムのレベルに達していないと思われます。

 

さて、人工科学者、自動運転、AIの医師、AIの裁判官や弁護士など、AIの普及は回避できません。AIの普及は労働生産性をあげますので、これを回避すれば、経済が破綻します。「人工科学者」が、武器の開発をしてもよいのかという倫理問題はさておいて、「人工科学者」による汎用(基礎)科学技術のない国には、防衛能力はありません。

 

2024年現在、日本のデジタル赤字は、3兆円とも5兆円とも言われますが、今後、「人工科学者」を持っている国と、「人工科学者」を持っていない国の間では、デジタル赤字の幅は、10倍近くなっても不思議ではありません。こうなれば、防衛費の捻出は不可能になります。

 

おそらく、防衛費を増やすより、デジタル教育に投資する方が正解であると思われます。

 

10年先に、人間が、人工科学者、自動運転、AIの医師、AIの裁判官や弁護士など、AIと共存している状態を想定します。このような「AIとの共存を可能にする手順を見つけること」が問い(課題)です。

 

個別のAIと人間の共存にかかわる問題は、AIの種類に限らず共通する部分が多いので、一般化して解くべきです。

 

この問いの設定には、改善すべき点があると思いますが、個別の問題解決以上に、適切な問いを設定することが重要です。

 

この問いに答えられなければ、日本経済は破綻するでしょう。

 

30年前を思い出してください。

 

人口はピークを迎え、減少することは確実でした。

 

一方、有権者ボリュームゾーンは、高齢者で、高齢者を優先しないと選挙の当選は困難でした。

 

30年経ち、人口減少が止まらなくなりました。

 

30年前に、「高齢者の票を獲得し、なおかつ若年層からの所得移転を生まない方法があるか」という問いを設定することは可能でした。

 

しかし、だれも、問いを発しませんでした。

 

「ベーコン主義の帰納法」に汚染されて、演繹法で、推論ができない専門家が多数います。

 

帰納法には、反事実がないので、問題解決ができません。

 

問いを発することも、出来ませんでした。

 

「因果推論の科学」は、因果推論の科学の進歩の歴史を述べています。

 

そこには、問いを設定して、時間をかけて、問題を解いています。

 

予算があれば、何でもできる訳ではありません。

 

問題の解決法を考える必要があります。

 

日本の政治家と官僚は、少子化問題の解決が出来ませんでした。

 

ライドシェアの問題も、「AIとの共存を可能にする手順を見つけること」と共通性がある加地です。

 

これは、認知システムのレベルが低いことを示しています。

 

専門分野のメンタルモデルがなく、思考停止になっていても、適切な問いがあれば、解決策(エスティマンド)をもとめることができます。