(1)変数とオブジェクト

(IN 科学の七つ道具)

 

1)どんぐり袋の話

 

筆者は、半世紀近く前に、中学校で数学を習いました。そのころは、集合論が教育現場の先端数学でした。

 

小学校では、変数を使った数式は使いません。

 

中学校では、変数を使った数式を使います。

 

教育のテーマは、中学生に変数を理解させることです。

 

薄い本ではありましたが、変数の説明だけで、1冊の啓蒙書を書いた人がいました。

 

その本には、どんぐりの入っている袋の絵がかかれています。

 

どんぐりのグループを説明する方法には、ひとつずつのどんぐりを並べることもできますが、どのどんぐり袋であるかというグループを指示する方法をとることもできます。

 

変数ろは、この場合のどんぐり袋であるという説明です。

 

集合論でいえば、集合は、要素を列挙してもよいし、集合の名前でまとめて表記してもよいことになります。

 

この説明には、若干の混乱がある気もしますが、ともかく、個別の目に見えるどんぐりを抽象化するプロセスを説明するためにどんぐり袋の例をあげています。

 

2)ウィキペディア

 

英語版のウィキペディアの「Variable (mathematics)」の説明の要点は、以下です。

 

数学 において、変数(ラテン語の variabilis「変化可能」に由来)は、数学的対象を表す記号である。

 

1637年、ルネ・デカルトは「方程式の未知数をx、y、zで表し、既知数をa、b、cで表すという慣例を発明しました。

 

1760年頃、レオンハルト・オイラーは微小微積分の用語を固定し、関数f、その変数x、その値yに対してy = f ( x )という表記を導入しました。19世紀の終わりまで、変数という言葉は、関数の 引数と値のみをほぼ独占的に指していました。

 

ワイエルシュトラス変数の変化を前提としない定式化を行ないました。この静的な定式化により、変数という現代的な概念が生まれました。変数とは、単に、未知であるか、または特定の集合(たとえば、実数の集合)の任意の要素に置き換えられる可能性のある数学的オブジェクトを表す記号です。

 

歴史的には、デカルト・バージョン、オイラー・バージョン、ワイエルシュトラス・バージョンの3つの定義があります。

 

統計学を理解するためには、ワイエルシュトラス・バージョンの定義を理解する必要があります。

 

UCLAの大学院の講義テキスト「入門統計的因果推論」(p.10、朝倉書店)の中で、Judea Pearl氏は、次のように説明しています。

変数とは、問いであると考えることもできる。その値が答えである。たとえば、「この被験者は年齢はいくつですか?」「38歳です」という問いと答えを考えると、「年齢」が変数で、「38」が変数の値である。

>(注1)



注1:

和訳の原文は以下です。

変数とは、問いであると考えることもできる。その値が答えである。たとえば、「この被験者は何歳ですか?」「38歳です」という問いと答えを考えると、「年齢」が変数で、「38」が変数の値である。

これでは、質問文の中に、変数名の「年齢」が出て来ないので、「この被験者は何歳ですか?」を「この被験者の年齢はいくつですか?」に変更してあります。

 

最近、筆者は、日本語の文章でも変数名を明示する方がわかりやすいと考えています。「この被験者の年齢はいくつですか?」は、「この被験者の年齢Yはいくつですか?」と「Y」を加えるだけで、Yが問いであることが簡単にわかります。

 

3)オブジェクト指向

 

オブジェクト指向プログラミングのアイデアは、古くからありますが、実用化したのは、コンピュータの能力が向上した2000年頃からです。

 

そのころ、オブジェクトとインスタンスの説明をネットで検索したのですが、わかりやすい説明は見つかりませんでした。

集合の名前が、オブジェクト、要素がインスタンスです。変数名がオブジェクトで、値がインスタンスです。

 

オブジェクトとインスタンスの区別は明快ですが、そのような説明はなく、オブジェクトの実現したものがインスタンスであるといった説明が主流でした。

 

いまから考えるとワイエルシュトラス・バージョンの定義で、変数を理解している人が少なかったのかも知れません。

 

4)普遍論争

 

普遍論争(Problem of universals)とは、英語版のウィキペディアによれば、「普遍性の問題は、形や色などの性質が同一ではない物体において同じであると人間が理解するときに作る精神的なつながりを定義しようとする試み」です。

 

クアンタン・メイヤスー(Quentin Meillassoux、1967-)のように、現在でも、普遍論争を繰り返している人がいますが、ワイエルシュトラス・バージョンの変数の定義で、オブジェクトとインスタンスが区別できるようになったので、普遍論争は解決済みの問題です。

 

筆者は、この理解で間違いないと考えますが、ネットで検索しても、「普遍論争は終わった」という記事を見かけることはありません。

 

要するに、オブジェクトとインスタンスを区別しないと、無茶な推論になります。変数という数学の発明は、偉大でした。

 

5)レストランの閉店

 

筆者の住んでいるつくば市は、1980年頃に人工的に作られた年です。1980年から1990年の間に、つくば市に移転して開業したレストランやベーカリーがあります。最近では、開店から30から40年たって、創業者のシェフが引退するか、2代目に交代しています。創業者の引退に伴って閉店する場合もあります。2代目に交代した場合、レストランの名前は引き継がれますが、料理の味は変化します。

 

例を示します。

 

三匹の子豚レストランは、シェフAさんが、開業して、今年から、2代目シェフBさんが引き継いでいます。

 

ここで、レストランというオブジェクトは、シェフというインスタンスで識別できると考えます。

 

シェフAさんが、営業していれば、レストラン名の三匹の子豚が、四匹の子豚に変更になっても、料理の味が変わることはありません。

 

一方、レストラン名が同じでも、シェフが変われば、料理の味は変わります。

 

レストランというオブジェクトに付けられた名前には、識別子としての意味しかありません。

 

6)構造体

 

レストランの料理の味に、シェフの能力が与える影響は、半分です。残りの半分は、食材で決まります。

 

レストランというオブジェクトの重要な要素は、シェフと食材です。

 

これは、レストラン.シェフとレストラン.食材と書けます。「.」は「の」の意味で、「レストランのシェフ」、「レストランの食材」のように読むこともできます。

 

変数名にこのようなサブカテゴリーを追加したものを構造体と呼びます。

 

レストランを表現するのであれば、単純な変数よりも構造体をつかった方が正確になります。

 

7)アップルの株価

 

アップルの躍進には、スティーブ・ジョブズが貢献していました。ジョブズが体調を崩して、余命が長くないことがわかった時に、ジョブズ亡き後のアップルの経営に疑問をいだく人もいました。ジョブズ亡き後のアップルは、画期的な新製品を生み出せないのではないかという疑問がありました。

 

「ロケット・ササキ」の異名を持つシャープの故佐々木正氏は、伝説のエンジニアです。佐々木氏は、日本の孫正義アメリカのスティーブ・ジョブスの2人の起業家の恩人とも言われています。

 

2024年現在、ウォーレン・バフェット氏は、93歳(8月30日に94歳)になります。バークシャー・ハサウェイの共同経営者であったチャーリー・マンガー氏は、2023年99歳でなくなっています。バフェット氏が経営しなくなったバークシャー・ハサウェイについても、疑問を持つ人はいます。

 

ナポレオンやクレオパトラは、1人で、歴史を変えたという人もいます。それは言い過ぎだと思いますが、特定の経営者やエンジニアが、企業の経営に与える影響は無視できないと思います。

 

企業の経営者とエンジニアが、30年で入れ替わります。30年経つと、経営やエンジニアの基本的なリテラシーが変化します。特に、最近は、変化速度が大きく、10年も持たないリテラシーが大半です。年功型雇用は、この点で致命的な欠陥を抱えています。そのことはさておいても、レストランと同じように、同じ企業名であっても中身(人材)は、30年もすれば入れ替わります。

 

8)テクニカル分析

 

8月5日、日経平均株価が「ブラックマンデー」を超える過去最大の4451円の下げ幅となり、さらに翌6日に過去最大の上げ幅となる3,217円を記録しました。

 

時系列では、因果ではないので、トレンドデータには、将来予測ができる科学的な根拠はありません。

 

ただし、意図を持って株式に介入する場合には、トレンドデータに意味がでます。この介入効果部分には、将来予測できる成分が含まれます。

 

テクニカル分析には、科学的根拠はなく、バフェット氏やソロス氏は、因果モデルを使っています。

 

株価変動の全てを説明するモデルを考えることは困難なので、著名なトレーダーは、予測可能は、特定の成分に限って投資をしています。

 

You Tubeで、8月5日の暴落の説明をテクニカル分析で説明している話を聞きました。テクニカル分析では、同じ企業名であっても中身(人材)が入れ替わることをまったく考慮していないのです。この問題は、個別企業だけでなく、日経平均でも同じです。

 

巨人という野球チームの成績は、メンバーの活躍によります。株価と同じように、プロ野球チームの毎週の順位の成績の時系列グラフを書いて、テクニカル分析を書けても、その分析結果を信頼する人はいないと思います。

 

結局、この問題は、巨人といったオブジェクト名ではなく、インスタンスが問題である点に帰結します。

 

変数名X,Yは単なる識別子です。巨人も単なる識別子です。変数名には意味はありません。変数の内容を指定するには、要素をリストアップするか、どんぐり袋のように、ある要素が、変数に含まれるか、含まれないかを判断する基準を示す必要があります。

 

9)中央教育審議会答申

 

中央教育審議会答申(平成 28 年 12 月)には、加速度的に変化し、複雑で将来を予測することが困難になることが予想されるこれからの社会に生きる子どもたちに求められる力が、次のように例示されています。

解き方があらかじめ定まった問題を効率的に解いたり、定められた手続を効率的にこ

なしたりすることにとどまらず、直面する様々な変化を柔軟に受け止め、感性を豊かに働

かせながら、どのような未来を創っていくのか、どのように社会や人生をよりよいものに

していくのかを考え、主体的に学び続けて自ら能力を引き出し、自分なりに試行錯誤した

り、多様な他者と協働したりして、新たな価値を生み出していくために必要な力を身に付

け、子供たち一人一人が、予測できない変化に受け身で対処するのではなく、主体的に向

き合って関わり合い、その過程を通して、自らの可能性を発揮し、よりよい社会と幸福な

人生の創り手となっていけるようにすることが重要である。

中央教育審議会答申(平成 28 年 12 月)より

<< 引用文献

主体的・対話的で深い学び」が求められる背景

https://www.tochigi-edu.ed.jp/center/cyosa/cyosakenkyu/h29_jyugyokaizen/pdf/h29_jyugyokaizen_01-1.pdf

>>

 

これは、常識的にみて、理解不可能な文章です。

 

課題は、「この文章が、理解不可能であることを、中央教育審議会の委員に理解してもらうには、どうしたらよいか」です。

 

答えは、ここまでに書いてあります。

 

チューリングのアイデアを使うことになります。

 

中教審の委員が、この文章の条件を基準にして、「重要に該当する」教育事例と、「重要に該当しない」教育事例と、おのおの10件、リストアップしてもらええばよいと考えます。

 

より正確には、100件の事例を取り上げて、各事例に、「重要に該当する」教育事例と、「重要に該当しない」マークを付けてもらいます。

 

この作業を、独立性の仮定を満足するように、各委員が隔離された状態で行ない、その判定結果が、委員によってバラつかなければ、この文章に意味があります。そうでない場合には、この文章は無意味になります。

 

AIに猫の画像認識させる場合には、数百万枚の猫の画像と猫でない画像を準備して学習させます。学習結果は、猫の画像を識別できる確率になります。

 

猫と同じように、「重要なこと」が理解できていれば。100件の事例の選別ができるはずです。

 

中央教育審議会が、「理解」とは何かを理解していない場合、答申は、無意味になります。

 

中央教育審議会の委員より、猫の画像を識別できるAIの方が、理論的に、賢いと言えます。