注:これは、ジューディア・パール、ダナ・マッケンジー「因果推論の科学―「なぜ?」の問いにどう答えるか」のコメントです。
(48)メンタルモデルで整理する(前編)
1)「因果推論の科学」の目標
「因果推論の科学」は啓蒙書(入門書)です。
計算式がのっていますが、計算をして、確かめることを想定していません。
パール先生の「入門統計的因果推論」には、数値例や練習問題がのっていますので、「因果推論の計算ができるようになる」という目的にためには、「因果推論の科学」ではなく、「入門統計的因果推論」を使うべきです。
つまり、入門書(「因果推論の科学」)が、常に、専門書(「入門統計的因果推論」)より、易しいとは言えません。
難しいか、易しいかの判断には、基準が必要です。
さて、「因果推論の科学」の目的は、「因果推論の計算ができるようになる」ことではない訳ですが、それでは、「因果推論の科学」は、何を目的に書かれているのでしょうか。
パール先生は、謝辞に「本書はいつか必ず完成するという約束を長い間信じてくれた娘たちに感謝する」(p.564)と書いています。
このことから、「因果推論の科学」が目的を達成するために、執筆するには、膨大な時間がかかったことがわかります。
筆者は、この謝辞をヒントに、「因果推論の科学」の目的は、「統計学のメンタルモデルを持っている人に、因果推論のメンタルモデルを構築する」ことであるとかんがえます。
これは、第1の使命である「因果革命とは実際にどういうもので、現在、未来の日常生活にどのような影響を与えるかをなるべく数式を使わずに平易な言葉で説明するという使命」(pp.7-8)に対応します。
「現在、未来の日常生活にどのような影響を与えるか」は、SFのように例を示す方法もありますが、この方法ではメンタルモデルの変更ができません。
パール先生は、「この手法(因果計算法)は、いつの日にか、私の想像をはるかに超える成果をあげる可能性を秘めている。それを成し遂げるのが本書の読者の一人かもしれないと考えるだけで私は嬉しくなる」(pp.21-22)と書いています。
これは、「因果推論の科学」の目的は、メンタルモデルのバージョンアップにあると考えれば、理解できます。
パール先生は、次のようにも書いています。
<
本書で私が読者に伝えたいことをごく簡単にまとめると、「人間はデータよりも賢い」ということになるだろう。(中略)今後、因果推論についての研究がさらに発展すれば、人間がいかにして因果関係を理解しているのかがより明確にわかるようになるのではと私は期待している。
>
これは、「因果推論の科学」は、今後、「因果推論についての研究がさらに発展」して段階で、歴史的な評価をうけることを想定して書かれていることを意味します。
もちろん、その頃には、パール先生は、この世にいない可能性が高いのですが。
2)メンタルモデルの類型
メンタルモデル(MM)グレードアップを「==>」で書けば、「因果推論の科学」の目的は、以下になります。
統計学のMM==>因果推論のMM
統計学のMMの基礎には。自然科学のMMがあります。
自然科学のMM==>統計学のMM
自然科学のMMとは、「仮説と仮説の検証」を指します。
物理学の時代には、ポパーが主張したように、仮説検証は、正誤の2値(バイナリー検証)でした。
統計学が出てきて仮説検証は、確率検証になります。
整理すると仮説検証の判定基準のMMは次のようにグレードアップしています。
バイナリー検証==>確率検証==>ヘイズ更新
統計学的な検証方法については、「因果推論の科学」でも触れられています。
相関係数のMM==>RCT(交絡因子の補正)のMM==>因果推論のMM
相関係数のMMは、非常に問題が多いのですが、ともかく、「仮説と仮説の検証」という自然科学のMMの枠内におさまっています。
MMの類型には、複数の分類法があります。
筆者には、使いやすい分類方法が何かはわかりません。
ただし、MMの類型では、ことなったMMの間では、MMの共有ができないので、コミュニケーションが成り立たない点が重要です。コミュニケーションが成立している場合には、MMの類型を区分する必要はないと思われます。
パール先生は、次のような関係があるといいます。
数式言語<==>概念<==>MM
MMは、概念を操作して考えます。概念を忘れないためには。数式言語が必要です。
これから、MMを共有するには、数式言語の共有が必要な条件になります。
一寸だけ、例を示します。
「AをBに代入する」を次のように書くことがあります。
B <= A
この場合のAとBは変数名で、区別できれば文字は任意です。
「D <= X」はOKですが、「D <= D」はダメです。
この区別を文章で書くことは、困難です。
明示されていませんが、「 B <= A 」の数式言語には、このような意味が含まれています。
数式言語のMMのある人が、数式言語のMMのない人とコミュニケーションすることは、できません。
3)パンドラの箱
相関係数は、1870年頃(幕末)のゴルトンによって発明されました。
パースは、 "The Fixation of Belief" (1877)を書いたのと同時代です。
室内実験による仮説と検証のプロセスは、ガリレオの時代に遡ります。
しかし、全ての事象に、自然科学のMM(「仮説と仮説の検証」)を持ち込むことが試みられるようになったのは、1870年頃以降になります。
自然科学のMMは、実験室というパンドラの箱の外に解き放たれました。
フィッシャーは、農場の収量試験に、科学の方法を使おうとしましたが、室内とは異なり、実験条件を完全に制御することはできませんでした。介入の意義を問い直す必要に迫られました。
この時から、実験室のような介入のない観察研究は科学の方法と言えるかという疑問が発生します。
自然科学のMMは、工業化社会において圧倒的な成功をおさめています。
1870年頃以前には、自然科学のMMはありませんでした。
パースは、 "The Fixation of Belief" (1877)で、自然科学のMMがない場合には、固執の方法(前例主義)のMM、権威の方法のMM、形而上学のMMが使われてきたといいます。
自然科学のMM(「仮説と仮説の検証」)とは何を一概に論ずることは困難ですが、固執の方法(前例主義)のMM、権威の方法のMM、形而上学のMMと比べれは、そこには、大きなな違いがあります。それは、「仮説の検証」のプロセスです。「仮説の検証」のプロセスは、仮説の間違いを指摘して、仮説の修正を要求します。自然科学のMM以外のMMには、仮説と仮説検証の区別がありませんので、エラーリカバリーが行なわれません。
観察研究が自然科学の方法になるためには、エラーリカバリーのプロセスが必須になります。
4)コミュニケーションの不在
MMの共有を点検すれば、分かり合えない場合(コミュニケーションの不在)が判定できます。
本居宣長の「古事記伝」では、「仮説と仮説の検証」の区別がなされていません。
したがって、筆者の自然科学のMMでは、理解できません。
「古事記伝」は、1797年に完成しています。これは、自然科学のMMが、実験室の中に閉じ込められていた時代です。
本居宣長が、自然科学のMMをもっていなかったことは確かです。
本居宣長は、固執の方法(前例主義)のMM、権威の方法のMM、形而上学のMMの何れかを使ったと思われます。
訓詁学であれば、固執の方法(前例主義)のMMと権威の方法のMMをブレンドして使っていると思われます。
本居宣長は、紀伊藩に仕えた時期もありますが、大半を市井の学者として過ごしました。門人は、本居宣長が死去したときには487人いました。
本居宣長は昼間は医師としての仕事に専念し、自身の研究や門人への教授は主に夜に行った。
本居宣長は、教育者と医師として優秀だったことがわかります。
だからといって、「古事記伝」の方法論は、科学の方法ではありません。
仮説は、検証され、エラーリカバリーのプロセスを含む必要があります。
エラーリカバリーのプロセスを含まない方法をつかった場合には、間違いは放置されます。
科学のメンタルモデルは、「古事記伝」には、間違いが残っていると考えます。
仮説と検証が分離されない方法論には欠陥があると主張します。
これがメンタルモデルの共有ができない場合の例です。
科学の方法論は、仮説と検証です。
科学者のメンタルモデルでは、「古事記伝」は理解できません。
1959年にスノーが、「2つの文化と科学革命」を書きました。
スノーは、人文的文化では、科学は理解できないと主張しました。
科学ができないと、国の経済は行き詰るので、エンジニア教育が必要であると主張しました。
スノーの発言を、メンタルモデルの言葉で書けば、「人文的文化のメンタルモデルと科学的文化のメンタルモデルは共有ができない」といったことになります。
科学のメンタルモデルを共有するためには、エンジニア教育をうける必要があります。
科学のメンタルモデルは、「記号(数式)<==>概念<==>MM」でできています。
数式がのっている教科書を読んで、概念を理解しなければ、科学のメンタルモデルを共有することができません。
人文科学の文化の人は、「2つの文化と科学革命」について、次のように書いています。
<
科学的文化と人文的文化の隔絶と対立を分析し、制度改革を提言した名著。
意思疎通ができないような、また意思疎通しようとしないような二つの文化の存在は危険である。
>
<
スノーは人文的文化と科学的文化の間には越えがたい亀裂=溝があり、両者は互いに理解しあうことができず、言葉さえ通じなくなってしまっていると論じ、これは西欧文化における危機だと警鐘を鳴らした。
>
人文科学の文化のメンタルモデルには、「仮説」と「検証」という概念が存在しません。エラーリカバリーのプロセスが含まれないのです。
政府は、生成AIの間違った情報が流布しないように、法律を作るといいます。
科学のメンタルモデルでは、間違いとは、「検証」によって、問題が見つかった「仮説」のことです。
「検証」のプロセスがなければ、エラーリカバリーのプロセスが含まれないので、間違いの訂正は不可能です。
ところが、生成AIの法律を作る人のメンタルモデルには、「仮説」の「検証」もありません。
これは、科学のメンタルモデルからみれば、「生成AIの法律」は、「古事記伝」と変わりません。何が正しいのか理解できません。
科学のメンタルモデルからみれば、「生成AIの法律」も、「古事記伝」も、「焚書坑儒」も、何が正しいのか理解できない点では同じです。
文部科学省は、探究の学習を取り入れています。
このスタートは、1987年の答申にあります。
1987年の答申は、ゆとり教育を生み出しました。
分数のできない大学生を量産しました。
何人かの研究者は、分数のできない大学生の量産は、問題であると指摘しました。
2次方程式については、次のように言っている人もいます。
<
作家の曽野綾子という女流作家が、「私は、生まれてこのかた2次方程式を解かなくても生きてこれた。2次方程式などは社会に出て何の役に立たないから、このようなものは追放すべきだ。」と言うことを、夫でやはり作家である三浦朱門に言ったことがきっかけです。三浦は最近の2017年2月3日に亡くなっています。三浦は教育審議会会長であり、学習指導要領答申の責任者として多くの意見を言ったとされています。教育審議会で曽野の解の公式不要論を強硬に述べ、ついには解の公式は中学の教科書から消えてしまいました。また悪名高い「ゆとり教育」の推進者としても知られています。曽野も同様です。理系の何たるかもわからないたかが作家が、極めて重要な数学や理科の方向性を決めてしまったことに大きな憤りと失望を感じざるを得ません。ゆとり教育時代には、日本の理数の世界ランクが大きく下がった事が報道されています。
>
<< 引用文献
2次方程式の解法 2017/02/10 コペル先生のよもやま話
https://www.toplevel-exam.com/2%E6%AC%A1%E6%96%B9%E7%A8%8B%E5%BC%8F%E3%81%AE%E8%A7%A3%E6%B3%95/
>>
さて、問題は、2次方程式の必要性ではなく、メンタルモデルです。
曽野綾子氏には、科学のメンタルモデルがなく、エラーリカバリーのプロセスがなかったと思われます。
また、教育審議会を担当した官僚にも、科学のメンタルモデルがなく、エラーリカバリーのプロセスがなかったと思われます。
科学のメンタルモデルには、エラーリカバリーのプロセスが含まれます。
科学者とエンジニアは、分数のできない大学生の量産というエラーが見つかれば、仮説(審議会答申)は、改訂されるのが当然であると考えます。
科学の作法では、反例を示せば、仮説を訂正する責任は、仮説を提示した人にあります。
科学者は、「審議会答申」のここがおかしいとは言いません。
ところが、人文科学のメンタルモデルには、エラーリカバリ―がありません。
ゆとり教育の答申は、修正されずに、現役です。
答申は、利害関係者のパワーバランスを調整したものであって、答申は、「仮説」であるという科学のメンタルモデルがありません。
探究の学習も、科学の方法ではありません。
諸外国の例を調べて、前例主義を使います。
<< 引用文献
諸外国の教育課程改⾰の動向
https://www.nier.go.jp/05_kenkyu_seika/pdf_seika/r03/r03a_2-1-05_honbun.pdf
>>
諸外国と日本では、交絡因子がまったくことなるので、前例主義は、科学的に間違っています。
しかし、「仮説」と「検証」という概念がないので、科学的な間違いという概念もありません。「交絡因子」の概念もありません。
探究の学習の根拠は、訓詁主義であって、「古事記伝」の方法が使われています。
人文科学のメンタルモデルは、江戸時代から変化していません。