「因果推論の科学」をめぐって(40)

注:これは、ジューディア・パール、ダナ・マッケンジー「因果推論の科学―「なぜ?」の問いにどう答えるか」のコメントです。

 

(40)間接効果と株価

 

1)株価の下落

 

2024年8月2日に、日本の株価が下落しました。

 

株価や円ドルレートの変動には、短期成分と中期成分に分離できます。

 

円ドルレート=円ドルレートの中期成分+円ドルレートの短期成分

 

円ドルレートを例に考えます。

 

テクニカル分析のようなチャート分析は、因果モデルではありませんので、基本は、科学的な誤りです。

 

ところが、チャートから、円とドルの売り買いを逆に推定する人がいます。

 

円ドルレートの短期成分=円買いの影響+円売りの影響

 

このチャートの分析が正しければ、チャートには、因果モデルの情報が含まれていることになります。つまり、科学的に正しいモデルになります。

 

この人は、短期変動だけを分析対象にしていて、中期変動は無視しています。

 

円ドルレートの中期変動は、成分で分ければ次になります。

 

円ドルレートの中期成分=金利差+インフレ率の差+企業競争力(生産性)の差

 

政府は、円ドルレートに介入していますが、その効果は、短期成分に関係するだけです。

 

筆者は、介入は、無意味だと思っています。

 

介入すれば、円ドルレートの短期変動がへるという仮説は検証されていません。

 

政府による介入があると予測すれば、短期の売り買いが拡大しますので、ボラリティ(標準偏差)は、大きくなる可能性が高くなります。

 

同様のモデルを株価で作れば、次になります。

 

株価=株価の中期成分+株価の短期成分

 

株価の短期成分=買いの影響+売りの影響

 

株価の中期成分=金利+インフレ率+企業競争力(生産性)

 

筆者は、金利差の影響は、理解できていません。

 

異次元金融緩和は、金利で、企業が成長するというモデルです。

 

企業競争力(生産性)は、現在の値と将来の期待値に分解できます。

 

企業競争力(生産性)=現在の1株当たりの利益+将来の1株当たりの利益の期待値

 

金利は、「将来の1株当たりの利益の期待値」に影響するのかも知れません。

 

筆者の金融のメンタルモデルは、大変にアバウトなので、この当たりの因果モデルを作る前提の式については、怪しいです。

 

以上の式では、円ドルレートでは、「企業競争力(生産性)の差」と株価では、「企業競争力(生産性)」が、大切で、それ以外は、ノイズであると考えます。

 

例えば、株式の購入では、株価チャートをみますが、このデータはノイズまみれで使えません。

 

各企業ごとに、「企業競争力(生産性)」チャートがあれば、それを基準に、株を選択する方が合理的です。

 

大規模なトレーダーは、企業秘密で、既に、そのような「企業競争力(生産性)」チャートをもっている可能性があります。

 

成分分離フィルタ―としては、日足、月足といった移動平均フィルタ―がチャートで、提供されていますが、生データから、移動平均(中期成分)を除いた残差(短期成分)のデータは提供されていません。

 

移動平均フィルターの分離性能が良いとは言えないので、この辺りは、自分で、フィルタ―分離をした方が良さそうです。

 

ともかく。ノイズまみれの生の株価のデータを問題にする心理には、ついていけません。



2)悲惨な金融リテラシー

 

8月2日に、官民が共同で設立した「金融経済教育推進機構」(J―FLEC、東京都中央区)が2日、本格始動しています。

 

<< 引用文献

金融教育「オールジャパンで」 資産形成後押し、官民機構始動―岸田首相 2024/08/02 時事通信

https://www.jiji.com/jc/article?k=2024080201139&g=eco

>>

 

ところで、筆者、因果モデルではない金融リテラシーは、科学的な間違いであると思っています。

 

しかし、金融関係者は、文系の文化で、何が問題かを理解が出来ていません。

 

筆者が、因果をよく理解できていない金利を除くと、次のメンタルモデルができます。

 

株価の中期成分=インフレ率+企業競争力(生産性)=現在の1株当たりの利益+将来の1株当たりの利益の期待値

 

この株価は円建てですので、インフレ率が名目の場合には、実質インフレ率を用いるか、基軸通貨(ドル基準)とドルの実質インフレ率を用いるなどの補正が必要になります。

 

大まかにイメージするのであれば、ビッグマック指数でもよいと思われます。

 

さて、株価にはもっと深刻な問題があります。

 

株価には、意味がないという点です。

 

資本主義というシステムは、時間をお金にかえるシステムです。借り入れたお金の変換効率は利率です。

 

株式会社の場合には、株価の上昇と配当は、利率に相当する機能を果たします。

 

配当のサイズは、企業によって異なります。これを比較するのは、煩雑なので、配当の効果も株式価格に割戻して比較します。

 

株価の評価は、株価の増加額または、増加率になります。

 

株価の増加額 = インフレ効果 + 利益拡大効果

 

株価の増加額 = インフレ効果 + 平均利益拡大効果 + 個別企業利益拡大効果

 

平均利益拡大効果は、インデックス投資のような複数企業の平均効果です。

 

この先は、筆者のメンタルモデルの限界に達しています。

 

インフレ効果を補正するのは、難しくない気がするのですが、自信がありません。

 

インフレ効果の分離は、「因果推論の科学」、直接効果と間接効果の分離の課題です。

 

平均利益拡大効果が重要な点は、日本企業のこの成分が、アメリカ企業の構成分に比べて小さければ、日本企業に投資する合理性はなくなるからです。

現時点で、この成分に最も近い係数は、オルカンに占める日本株の割合になります。

 

3)年金の問題

 

加谷珪一氏は、積み立て方式の年金の試算をしています。(筆者要約)

マクロ経済スライド」により、40代の時に年収が400万円台だった人で、すでに年金をもらえる年齢に達している場合、現時点では15万円程度の給付が受けられる(厚生年金)。だが毎年、少しずつ給付は減らされており、今、40代で年収400万円の人が年金をもらう頃には、給付額は12万円程度に減額されている可能性が高い。

 

仮に40年間働き、65歳から給付を受けて85歳まで生きた場合、受給総額は3600万円になる。支払う保険料の平均値は月あたり3万円なので、40年間保険料を納めると保険料の総額は1440万円になる。1440万円を支払い、3600万円の給付なので、支払った金額の2.5倍の金額を年金として受け取る計算になる。

 

もし確定拠出型に変更し、同じ金額を支払った場合の受給額は、運用の利回りで変わる。運用利回りを2%と仮定して単純計算すると、40年後には約2200万円が給付される計算になる。支払った保険料の総額は1440万円の金額の1.5倍程度のお金になる。この金額を65歳から85歳まで分割で受け取ると仮定した場合、月あたりの年金受給額は約9.2万円である。

 

積立方式で十分な年金を確保するためには、年収800万円や1000万円などより高い賃金を得ることが必須となる。

<< 引用文献

今より年金の受給金額が少なくなる…?「積立方式」移行で起こるヤバいリスク 2023/10/25 現代ビジネス 加谷珪一

https://gendai.media/articles/-/118154?imp=0

>>

 

以下の部分を計算してみました。

もし確定拠出型に変更し、毎月3万円を支払った場合、運用利回りを2%と仮定して計算すると、40年後には約2200万円が給付される。支払った保険料の総額は1440万円の金額の1.5倍程度のお金になる。この金額を65歳から85歳まで分割で受け取ると仮定した場合、月あたりの年金受給額は約9.2万円である。

Rのコード例は以下です。

pay1=rep(3*12,41)

ratec=rep(1.02,40)

calrate1=Reduce(function(a,b){a * b},init=1,ratec,accumulate = T)

out1=sum(pay1*calrate1)

print(out1)

print(out1/12/21)

pay2=10.8

for (i in 1:21) {

   out1=out1-12*pay2

   print(out1)

   out1=out1*1.02

}

 

40年後の約2200万円は以下です。

> print(out1)

[1] 2253.961

 

月あたりの年金受給額は約9.2万円は、以下です。

2200/12/20=9.2

ソースコードでは、20年ではなく21年で計算しているため8.9万円になっています。

> print(out1/12/21)

[1] 8.944289

 

年金の受取計算は、毎年取り崩した残額に、2%の利子がかかると計算することもできます。この方法では、ニュートンラプソン法や2分割法を使わないと、21年でちょうど残金がゼロになる支払額を求めることができません。

 

Rのコード例では、支払額を試行錯誤でかえています。

支払額が10.8万円(pay2=10.8)のとき、85歳時の残金は7.7万円でした。

つまり、残金を21年間2%で運用できれば、8.9万円が10.8万円に、12%増額が可能です。

 

加谷氏がこの計算をしていない理由は、計算が煩雑になるためと思われます。

 

加谷氏の計算で重要な点は、40年積み立て、20年取り崩し、運用利率2%の場合、受取金額は、掛け金の1.5倍になる点です。取り崩し過程でも、運用利率2%があれば、12%の割り増しになり、1.68倍になりますが、無視できる変化です。

 

加谷氏の計算では、40年20年モデルでは、現在、支払った金額の2.5倍の金額を年金として受け取っているので、その割り増し分は、税金と年代間の所得移転と国債で賄われていると思われます。1.5倍に比べれば100%が掛け金以外から補填されていることになります。

 

年金の問題は、世帯収入と個人収入のデータが混乱していてよくわかりません。

 

取りあえず、専業主婦で、厚生年金は、世帯に1つと仮定します。

 

生活保護の支給額は、「夫婦2人世帯で15万円から18万円」のようです。

<<引用文献

生活保護でもらえる金額はいくら?誰でもわかる最低生活費の計算方法

https://www.efu-kei.co.jp/public-assistance/

>>

15万円x12月=180万円です。

 

2023年の世帯別所得調査の数字は以下です。

2023(令和5)年調査

(第Ⅰ五分位値) 190万円

(第Ⅱ五分位値) 325万円

(第Ⅲ五分位値) 500万円

(第Ⅳ五分位値) 797万円

<< 引用文献

2023(令和5)年 国民生活基礎調査の概況

https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa23/index.html

>>

生活保護の支給額は、第Ⅰ五分位値ですので、妥当なラインと思われます。

 

加谷氏は、「積立方式で十分な年金を確保するためには、年収800万円や1000万円などより高い賃金を得ることが必須となる」といいます。

 

年収800万円以上の世帯は、第Ⅳ五分位値以上の所得になります。

 

つまり、現在の年金システムは、第Ⅳ五分位値未満の全世帯の80%に、税金をつぎ込まなければ、維持できないシステムになっています。これは、まったくSDGsに反しています。

 

筆者は、社会保障のシステムでは、第Ⅳ五分位値以上の所得の人が、第Ⅰ五分位値未満の人を所得移転によって支えることが原則であると考えています、

 

第Ⅰ五分値以上で、第Ⅳ五分位値未満の全世帯の60%が、経済的に自律できない社会は崩壊します。

 

40年20年モデルで、毎月15万円を受け取るためには、15/2/1.5=5毎月5万円の積み立てが必要になります。

 

給与が年齢に比例せずにフラットであれば、若年時に多くの積み立てができます。同じ2%でも運用期間が長ければ、資金は増えます。

 

しかし、年功型賃金では、給与の安い若年時に積立額を増やすことは困難です。

 

パール先生が指摘するように、問いが大切です。

 

筆者は、年金問題の最大の問いは、第Ⅰ五分値以上で、第Ⅳ五分位値未満の全世帯の60%が、経済的に自律できる社会を作ること(BQ)だと考えます。

 

第Ⅰ五分値以上で、第Ⅳ五分位値未満の全世帯の60%が、積み立て方式に移管できなければ、社会が破綻します。

 

BQの実現方法は1つではありません。40年20年をやめて、50年10年にする必要があるこも知れません。賃金をあげる必要がありますので、教育(原因)が所得に与える効果(結果)を計測して、所得が最大かできるように、教育を変える必要があります。年功型雇用をジョブ型に切り替えることも重要と思われます。



文部科学省の2023年度の学校基本調査によれば、今春の大学進学率は57.7%です。この数字を60%に丸まえれば、大学教育に経済効果があり、五分位値の上位50%が全て、大学卒であると仮定しても、現状で推移すれば、(第Ⅱ五分位値)の 325万円までが大学卒になってしまいます。経済効果のない(所得増加に結びつかない)大学は、税金の無駄遣いなので、できるだけ早くリストラする必要があります。



筆者は、答えを知っている訳ではありません。答えを出すことは、全て、反事実になります。帰納法を過去の事実に呪われている有識者は、役に立ちません。

 

「金融経済教育推進機構」が対象にするのは、(第Ⅳ五分位値) 797万円以上の世帯だけです。

 

問題の中心であるⅠ五分値以上で、第Ⅳ五分位値未満の全世帯の60%は放置されています。

 

筆者には、「金融経済教育推進機構」は、特攻と同じような、人道に対する罪を背負っているように見えます。

 

アメリカでは、金融教育がなされていますが、年金の基本は積み立て型であり、年功型雇用ではありませんので、若年の所得は桁違いに高くなっています。こうした交絡因子の違いを無視するロジックは文系の論理で、科学的な間違いになります。

 

第1の課題は、BQの積み立て型の年金に移動できるだけの所得の確保になります。