注:これは、ジューディア・パール、ダナ・マッケンジー「因果推論の科学―「なぜ?」の問いにどう答えるか」のコメントです。
(22)資本主義の話
1)建前と本音
日本は、建前では、資本主義です。資本主義とは、市場原理で、誰もが平等な競争のチャンスを持っている社会です。封建時代でいえば楽市楽座に近い経済システムです。この反対が中抜き経済の身分制度です。中世においては、中抜き経済の身分制度があり、身分制度の崩壊とともに、平等な競争のチャンスを持っている社会が出現しています。
ただし、日本の場合には、法度制度がありますので、身分制度に回帰する高いリスクをもっています。太平洋戦争の特攻は、人権の無視であり、平等な競争のチャンスを持っている社会では起きません。労働市場があれば、特攻を命じられた人は、辞職すれば、そこで問題はなくなります。辞職できない雇用関係は、労働市場ではなく、身分制度になっています。その結果、過労死やパワハラがおきます。辞職は認めるべきですが、その場合には、解雇も認める必要があります。
市場経済の否定のルーツは以下です。
レーニン主義=>ファノンの植民地闘争=>美濃部前東京都知事の橋の哲学=>田中角栄氏の日本列島改造=>自民党の利権システム
東京大学の卒業生の成田悠輔氏は、5月祭で次ように発言しています。(筆者要約)
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大学に入ると、身も心も“洗脳”にかかって、成績や単位、それらしい就職先、出世や転職をするように手と頭が動くことが、大学の一番大きな問題であると私は思います。
大学に入った皆さんは勉強が得意で点数競争に勝利した似たような生き方をしてきた同世代に囲まれます。これが危険です。蟻地獄の中にいるようなものです。周りの東大生の考え方や進路に、無意識のうちに乗っています。
東大生が選ぶ典型的なエリートコースがあります。私が学生だった2000年代後半は霞が関を目指す人が減って、外資系の戦略コンサルティング会社や投資銀行でした。今はIT企業や商社、起業です。私も周りに流され、2008年夏に外資系投資銀行のリーマンブラザーズのインターンに行きました。その数週間後にはリーマンが倒産しました。いい思い出と教訓になりました。東大生が選好する進路は沈みかけの泥舟かもしれない。東大生の業界や進路の選好は、深い論理や情熱ではなく、惰性と周囲への同調に基づいていると教えてくれたからです。
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<< 引用文献
「悪魔になろう。世間から憎悪され抹殺されるような存在に」成田悠輔が東大生に語った“教育論”《特別講演録》2024/07/11 文春オンライン
https://news.yahoo.co.jp/articles/3138c21957545a6ff996dbe97dfe09d8a093ebb3
>>
成田氏は、業界や進路の選好を、東大生は、「深い論理や情熱はなく、あるのは惰性と周囲への同調」で動いていると言います。
これを一般化すれば、難関大学の卒業生の意思決定は、「深い論理や情熱はなく、あるのは惰性と周囲への同調」で動いている可能性があります。
旧優生保護法の下で障害などを理由に強制された不妊手術を巡り、最高裁が国の賠償責任を認める判決を出しました。優生保護法は、1948年から1996年までありました。つまり、1996年には、担当者が人権無視については気付かないことはありえず、自覚があったはずです。この点から、人権よりも、法度制度を優先するミームが生きています。
つまり、担当者に、人権を守るという強い情熱があれば、2024年に最高裁が判決を出すまで、人権問題が放置されていなかったと考えられます。
2)円安の分析
3メガバンクの社長の発言は以下です。
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三菱UFJ 亀澤宏規社長
「我々としては、あまりどちらか(円安・円高)に動くというよりは、安定した形で推移していくのが良いと思っている」
三井住友 中島達社長
「やはり日本の企業の多くは、円安になると企業業績が上がる。企業業績が上がれば、それを賃上げの原資にすることができて、また来年に向けて賃上げが続く可能性も大きくなるということもある」
みずほ 木原正裕社長
「やっぱり日本の国力みたいなことが、海外では注目になってるのかもしれない。そうするとやはりネガティブインパクトがあるんだろうなと思う。それからやはり中堅・中小(企業)には、この円安は相当苦しい、きついと思う。私はやはり円高方向に行ってもらいたいという思いが強い」
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<< 引用文献
最終利益好調のメガバンク3社 トップが語る「円安」と「経済再生実感のカギ」2024/05/16 日テレ
https://news.ntv.co.jp/category/economy/6a749b5946c74dc6bba2184b1bfd9a95
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3メガバンクの社長の発言は、「深い論理や情熱はなく、あるのは惰性と周囲への同調」のようにみえます。
日本商工会議所は、市場取引がないと言っています。これでは、資本主義ではありません。
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日本商工会議所は2024年7月17日、中小企業の経営課題を話し合う夏季政策懇談会を東京都内で開き、賃上げの余力を確保するため「価格転嫁の商習慣化」を目指すことを確認した。
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<< 引用文献
価格転嫁の商習慣化目指す 日商、中小賃上げ余力確保 2024/07/17 KYODO
https://news.yahoo.co.jp/articles/489e67df0c766a58e2221c8c6ed7d931163c9b4b
>>
日テレNewsは、通商白書と財務省・神田財務官の私的懇談会の報告書について、次のように述べています。(筆者要約)
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2024年7月に公開された通商白書は、「円安なのに輸出が増えない」ことに注目しています。
かつて1ドル=70円台、80円台だった時代、経済界は円高による苦境を訴えていました。
・2012年1月 経団連・米倉弘昌会長(当時)「円高が輸出企業の経営を圧迫している」
・2012年12月 トヨタ自動車・豊田章男社長(当時)「超円高をはじめとする六重苦は解消されず(略)このままでは、民間企業による必死の努力の限界を超え、日本のものづくりを守り続けることは難しくなってしまうのではないか」
1ドル=160円前後で、円の価値は当時の半分になり、グローバル企業の多くは、過去最高の利益をあげています。
生産拠点を海外に移した企業では、円安になっても、輸出量が増えていません。
輸出大企業の販売量(ドル建て価格)に変化はありません。(注3)
2023年度、日本の経常収支は過去最大の黒字を記録した。貿易収支とサービス収支は赤字で、「第一次所得収支」(海外子会社からの配当や海外投資からの利子)のみが、黒字でした。経常収支には、円安による輸出の拡大は見られません。
神田財務官は、「海外直接投資による収益の半分が海外で再投資されている。国内向けの投資は“日本が投資対象としての魅力に乏しいことを反映し、長らく停滞してきた”」といいます。
この結果、生産設備が古いまま→新しい技術の活用につながらず→取引先等、中小下請け企業も含めて生産性や賃金が低迷した、と指摘している。(注1)
神田氏の報告書で挙げられた処方箋は「期待収益率」を高めること。そのためには、これまでの「既存の雇用や企業を守ること」重視の政策を変え、市場から撤退すべき企業は撤退させ、「成長分野への労働移動(転職)」を円滑化する。また、AIやデジタルなどの先端分野・高付加価値分野での国際競争力を取り戻すために、人への投資や技術開発を促す政策も重要だとした。(注2)
<< 引用文献
【解説】大企業過去最高益、日本に還流せず 日本に投資を取り戻す、政府、財界の案は? 2024/07/17 日テレNews
https://news.yahoo.co.jp/articles/dd12a4ba4d1b8db0ac7635bdc959b23dbab86283
>>
はっきりいって、支離滅裂です。ここには、因果モデルはありません。
経済学の教科書では、シュムペーター以来、イノベーションが経済成長の源泉であるという考え方が本です。
注1:
これは、因果推論の向きが、シュムペーターの逆です。
教科書に書いてあることを無視して、帰納法で、教科書が正しかったと主張しているのは、どうかしています。
注2:
「人への投資や技術開発を促す政策も重要だ」は、社会主義政策です。
大学生の7割が文系で数学ができません。
大学教育は、習得主義ではなく、履修主義で、卒業生にスキルはありません。
新卒の一括採用で、成績(能力)は、給与に反映されません。
企業が海外に生産拠点を移した理由は、人材の能力が高く、解雇規制がないので、人材のブラッシュアップが出来るからです。
収益の半分が海外で再投資する(結果)には、原因(材のブラッシュアップが出来る)があります。
通商白書も、神田氏の報告書も、「深い論理や情熱はなく、あるのは惰性と周囲への同調」だけのようにみえます。
1ドル=70円台は、急に、1ドル=160円になった訳ではありません。
2021年までは、100円から120円で動いています。
これでも、70円よりは、大幅に円安です。
100円から120円の時に、どうして、円安問題が検討されなかったのでしょうか。
考えられる原因には、次があります。
S1)ウクライナ戦争、アメリカの対中国ブロック経済がなかったので、資源価格が安かった。
S2)企業の国際競争力が、2024年現在よりは、まだ、マシだった。
逆に、いえば途上国の人材育成の速度が、日本を上回った。
S3)巨額の日銀当座預金が、現在よりはまだ小さかった。
S4)年功型雇用と解雇規制、幹部登用ルール
通商白書も、神田氏の報告書も、これらの原因を無視しています。
「惰性と周囲への同調」を優先して、因果推論ができる専門家はいないと考えられます。
S4)を補足します。
神田氏の報告書には、次のように書かれています。
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そのためには、これまでの「既存の雇用や企業を守ること」重視の政策を変え、市場から撤退すべき企業は撤退させ、「成長分野への労働移動(転職)」を円滑化する。
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しかし、この部分は、前段の経常収支の分析とは、関係はありません。
分析は、経常収支のデータを分析した帰納法になっています。帰納法は、間違った推論ですが、ともかく、データを参照しています。
これに対して、<そのために..>の内容は、データとの関連がありません。
その理由は、<そのために..>の内容が、反事実になっているからです。
<そのために..>の内容は、教科書のコピーであって、円高が問題視されていた2012年に、書くことができました。
つまり、帰納法による推論を繰り返しても、問題を解決できる反事実には、到達できません。そこで、ここでは、教科書の文言をコピーしています。
ここで専門家と呼ばれる人の処方箋は、データから乖離した思いつきに過ぎません。
がんの患者の症状をいくら帰納法で調べても、治療薬とは関係がありません。
神田氏の報告書の処方箋は、薬をのめば、がんがなおるかも知れないと言っているに過ぎません。どの薬が効くのかについては、何もいっていません。
因果推論の科学では、因果モデルから考えて効果のありそうな薬を提案します。
そして、前向き研究でデータを集めて、薬の調合を調べてます。
パール先生がいうように、因果推論を無視した科学では、問題の解決はできないのです。
注3:
次の白書の説明は章かな間違いなので、訂正してあります。
「白書はさらに、もう一つの背景を指摘した。企業が輸出によるメリットを数量の多さではなく、為替の差益に求めるようになっているというのだ」
輸出が増える条件は、安価で品質の良い製品です。生産ラインを改善しなければ、品質の向上はありません。