注:これは、ジューディア・パール、ダナ・マッケンジー「因果推論の科学―「なぜ?」の問いにどう答えるか」のコメントです。
(19)言葉の限界問題(2)
パール先生は、「言葉がなければ、その対象について考えることができない」(言葉の限界問題)といいます。
筆者は、最近、この言葉の限界の概念を導入することで、無駄な議論が回避できることに気付きましたので、事例を追加します。
1)財政検証
令和6(2024)年の財政検証については、第16回社会保障審議会年金部会(令和6(2024)年7月3日)において「令和6(2024)年財政検証結果」、「オプション試算結果」及び「財政検証関連資料」を公表しました。
<< 引用文献
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/nenkin/nenkin/zaisei-kensyo/index.html
>>
公的年金 受け取り額は 将来の給付水準の見通しの「財政検証」では、“現役世代の平均収入50%以上維持”となっています。
しかし、過去の「成長分野」は、確定した変数ですが、将来の将来の「成長分野」は、確率変数です。
この問題は、「年金額」でもあります。
財政検証では、確率変数は、一切使われていません。
これは、厚生労働省の担当者が、確率の言葉を理解できていないことを示しています。
将来の「年金額」は、確率現象です。
株式市場では、厚生労働省の担当者のような確定値をつかったトレーダーは、1日でクビになります。
「財政検証」は、ありえない低いレベルの無意味な推定になっています。
財政検証の結果について、コメントしている専門家もいますが、「言葉の限界」について言及していません。
<< 引用文献 コメントの例
将来、受け取れる年金額は? 最新の試算が明らかに 2024/07/03 NHK
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240703/k10014499971000.html
>>
「公的年金シミュレーター」もあります。
<< 引用文献
公的年金シミュレーター使い方ホームページ
https://www.mhlw.go.jp/stf/kouteki_nenkin_simulator.html
>>
しかし、確率変数は扱っていません。
また、次のように、「公的年金シミュレーター」は、使いものにならないと書いてあります。
<
公的年金シミュレーターは、年金額を簡易に試算することを目的としており、実際の年金額とは必ずしも一致しません。より正確な年金見込み額の確認をする場合には、日本年金機構の「ねんきんネット」の活用をご検討ください。
>
社会保障審議会年金部会の人は、確率の言葉が理解できていないことになります。
養老孟司氏は、「バカの壁」(2003)で、話せばわかるとは言えないと指摘しました。
養老孟司氏は、どうしたら理解しあえるかについては、語っていません。
パール先生は、「言葉が使えなれば、概念操作ができないので、対象の問題を考えることができない。言葉がなければ、思考の範囲を広げられない」(筆者要約)といいます。
ここで、言葉とは、文字だけではなく、do演算子の数式(数学)や、因果ダイアグラムの図形を含みます。
社会保障審議会年金部会の人は、確率の言葉が理解できていないので、確率を使った推論について考えたことがないのです。
パール先生は、20年前まで、統計学は、因果推論を禁止してきたといいます。
20年前までの統計学は、正規分布の統計学でした。コンピュータが普及していなかったので、複雑な計算は出来ませんでした。
社会保障審議会年金部会の人で、過去に統計学を学習した人がいても、20年以上前の統計学では、実質的には、確率減数は扱われていませんでした。
コンピュータが普及する前には、例えば、積分をならっても、実際の問題に積分が使える場面は、関数が単純で解析解が求まる場合に限定されていました。
確率計算も同様で、スマホのアプリがあれば、任意の確率分布の計算ができます。
確率変数と確率変数を掛け算することもできます。
パール先生は、ベイジアンネットワークの大家ですが、ベイジアンネットワークは、確率計算の塊です。
2)財政検証の目的
財政検証の目的は、老後の生活が可能な年金を確保することではありません。
財政検証の目的は、年金財政が破綻しないように、支給率を調整することにあります。
「現役世代の平均収入50%以上維持」は、意図的に誤解を与える表現であって、犯罪ですから中止すべきです。
財政検証で、賃金が安すぎて、老後の生活が維持不可能なことが明らかになれば、賃上げ要求が起こります。
「現役世代の平均収入50%以上維持」は、賃上げ要求をさせないためのフェイク情報になっています。
「現役世代の平均収入50%以上維持」は、円建てです。
1ドル80円が、1ドル160円になれば、円建ての「現役世代の平均収入50%以上維持」は、ドル建ての「現役世代の平均収入25%以上維持」になります。
1ドル320円になれば、ドル建ての「現役世代の平均収入13%以上維持」になります。
つまり、年金制度は、老後の生活のことを考えた計算ではありません。
ねずみ講でなければ、利回りをのぞけば、積み立てた以上の年金は受け取れません。
利回りは、調整できません。
受取年金額を増やすためには、積立額を増やすしか方法がありません。
これは、因果推論(積立金(原因)=>年金(結果))です。
現役世代の掛け率は、50%近く、限界です。
可能な対策は、無駄な支出を減らすか、積立金のもとである年収を増やすしか方法がありません。
後者を簡単にいえば、年金積立額の少ない非正規雇用の場合には、老後の年金は確実に不足するので、解消する必要があります。
誰でも、病気になったり、けがをするリスクがあります。この場合には、所得移転で、生活を保障する必要があります。
しかし、心身が健康な人の所得が、老後の年金を十分に積み立てられない場合には、社会が破綻します。
老後の生活が可能な年金の問題は、最低賃金の問題であり、労働市場の問題です。
非正規採用が拡大して賃金がさがった時期に、持続可能な年金は崩壊しています。
さらに、ルーツをたどれば、福祉元年に、赤字国債で、世代間所得移転によって、払った以上の年金がもらえるという印象操作をしたスタートに問題があります。
パール先生は、「責任や非難、後悔や功績などの概念は、因果関係を意識してはじめてうまれるものである。こうした概念を理解できるのは、私たちが、ある出来事が起きた世界と、起きなかった世界とを頭の中で想像して比較できる能力を持っているから」(p.397)といいます。
反事実的思考をすれば、社会保障審議会年金部会は、非正規雇用拡大した時期に、「年収が減って、積み立てが減少すると、老後の生活に必要な年金は破綻する。最低賃金を上げ、雇用規制を解除して、労働市場を作る必要がある」と提言することも可能でした。
社会保障審議会年金部会は、非正規雇用の拡大に伴う積み立て金の減少を放置して、形式的に年金破綻を回避するマクロ経済スライドをして「現役世代の平均収入50%以上維持」と宣伝して、問題を隠蔽してきました。
2005年頃に、「最低賃金を上げ、雇用規制を解除して、労働市場が出来」ていたら、「産業の新陳代謝や成長分野への労働移動の円滑化」は、実現していたと推測できます。(注1)
労働生産性が低く、低賃金のポストには、人が集まらず、DXによって生産性をあげられない企業は淘汰(産業の新陳代謝)します。
円安で、家計から企業への所得移転をすすめた結果、内需がしぼんでしまい、日本経済は、スタグフレ―ションになっています。
経済成長をするためには、内需が必要です。労働者の賃金を余り低く抑えると内需がしぼんでしまい経済成長がなくなります。
経済成長の基本は、お金が回転することです。労働者の賃金を余り低く抑えて、得た利益を内部留保でストックすれば、お金がまわらなくなります。
高度経済成長期のように、賃金が安くとも、企業が利益を設備投資に回すのであれば、経済成長が実現できます。しかし、内部留保を増やせば、経済は停滞します。
労働分配率には正解はありませんが、お金の回転率が下がっているのであれば、その労働分配率には問題があります。
マルクスは、資本家(株主)は、労働者から搾取すると主張しましたが、内需を破壊するレベルにまで、労働分配率を下げてしまえば、企業の成長がなくなり、資本家(株主)の利益を損ねます。経済学は労働分配率の妥協点を与えます。しかし、その前提は、中抜き経済ではなく、市場経済が実現していることにあります。
経営者団体は、今頃になって、行き過ぎた円安といっています。
年功型組織の経営者団体は、中抜き経済のミームに支配されているように見えます。
3)まとめ
このように、言葉の限界の概念で、混乱した問題は整理できます。
因果推論をしない人と、議論しても、言葉がわからないので、議論は成立しません。
注1:
アベノミクスの第3の矢が失敗した原因には、因果推論(反事実思考)を封印してきた点が考えられます。