注:これは、ジューディア・パール、ダナ・マッケンジー「因果推論の科学―「なぜ?」の問いにどう答えるか」のコメントです。
改訂:「3-3)まとめ」を「4)エビデンスに基づく政策」に書き直しました。
(5)エスティマンド
図1のレベル2の検討の前に、エスティマンド(Estimand)について、説明します。
1)RCTの問題
エスティマンドは、製薬の試験で問題になっています。
製薬の試験では、基本的には。RCTを使います。
RCTを使って、試験をした場合に、途中で、ドロップアウトが起こります。
指定された薬(プラシボを含む)を飲まなかった人、病気にかかって、別の薬を飲んだ人がでます。
こうしたドロップアウトが多数になると出来上がったデータは、RCTではなくなってしまいます。
そこで、ドロップアウトの処理も含めて、何をするのかを最初に記述しておく必要があります。こうした処理手続きを書いた物がエスティマンドです。問題解決の手順書になります。
この説明のエスティマンドは、非常にわかりにくいです。
2)パール先生のエスティマンド
パール先生のエスティマンドは、単純です。
パール先生は、コンピュータ科学者です。
コンピュータ科学者にとって、ある問題が理解できたという意味は、コードを書いて実装できることを指します。
エスティマンドの実体は、コードまたは、コードに展開できる数式になります。
因果推論は、基本的には、介入を伴います。介入せずに、観察研究だけで問題解決できる場合もありますが、例外です。
エスティマンドを作成してから、データを収集します。これは、前向き研究になります。
RCTで考えれば、エスティマンドは、実験計画に相当します。
例をあげます。
少子化対策問題があります。
この問題を因果推論で処理する場合を考えます。
最初に、「出生率を上げるにはどうしたらよいか」、「婚姻率を上げるにはどうしたらよいか」、「結婚年齢をさげるにはどうしたらよいか」といった問いを考えます。
この問いは、因果モデルの結果と対になります。メンタルモデルを使って、アブダクションによって、原因を推定して、因果モデルの候補を作成します。消去法によって、価値のない因果モデルを取り除きます。
この段階では、複数の原因の候補が残り、なおかつ、どの原因が、大きな影響を与えているかはわかりません。そこで、因果推論エンジンを使って、どの原因が、大きな影響を与えているかを検討します。
因果ダイアグラム(パス図)を使って、因果推論をするコードを作成します。これが、エスティマンドです。
エスティマンドが出来ない場合もありますが。エスティマンドが出来れば、あとは、データを集めれば、「どうしたらよいか」(問いの答え、推定値)得ることができます。
3)比較
3-1)政府の手順
効果がありそうな政策を実施してみるが、効果がない状態が繰り返されている。
何が効果があるかは、政策を実施してみないとわからない。
3-2)パール先生の因果推論
(ST1)政策実施に必要な問いを準備する。
(ST2)因果ダイアグラム(パス図)を作成する。
(ST3)因果推論エンジンをつかって、エスティマンドを作成する。
この時点で、解決策が得られるか、解決策がないかが、判別できています。
(ST4)前向き研究で、介入によってデータを集めます。
(ST5)エスティマインドにデータを読ませて、問いの答えを得ます。
この時点では、政策に効果があることが保証されています。
もちろん保証の強さ(確率)はデータに依存します。
(ST6)政策を実施する。
4)エビデンスに基づく政策
病気になった時には、薬を飲みます。
この薬は、二重盲検試験(RCT)で効果が検証されています。
経済が不調になった時には、薬を飲むように、経済政策を実施します。
この経済政策は、RCTなどの因果推論で検証されている必要があります。
これは、エビデンスに基づく経済政策の一部です。
少子化が問題であれば、因果推論を使って、前向き研究でデータを集めれば、科学的に効果のある政策を見つけることができます。
これは、エビデンスに基づく政策の一部です。
政治学者と政治家は因果推論ができないので、エビデンスに基づく政策を理解していません。
政府の手順(レベル0)では、10年たっても、どの政策が有効かわからずに、試行錯誤を繰り返しています。
政治学者と政治家は、エビデンスに基づく政策をRCTで効果を調べながら政策を実施する方法だろうと想像しています。
エビデンスに基づく政策は、(ST1)から、(ST6)のステップを踏みます。
エビデンスに基づく政策は、大きくは2つの部分に分かれます。
前半の部分は、因果推論を使って、データを集めて、効果の確かな政策を解明する部分です。
この部分は、病気で言えば治療薬を開発する部分です。
後半の部分は政策を実施する部分です。
この部分は、病気で言えば、薬を飲んで治療する部分です。
現在の政府の政策には、前半の部分が欠けています。
つまり、病気で言えば、効果のわからない薬を飲み続けていることになります。
効果のない薬を飲んでも、病気は治りません。
同様に、効果のない政策をしても、問題解決はできません。
エビデンスに基づく政策が実施されれば、利権によるキャッシュバックを優先した政策運営はできなくなります。
パール先生の因果推論を使えば、政策を実施する前に、政策の効果は確率として、担保されています。
政策効果は、実施する前に判定していて当然であると考えられます。
因果推論ができるか否かは、国と企業の盛衰を決定します。
パール先生は、AIに因果推論をさせることは可能であると考えています。
筆者の印象では、2024年時点で、AIによる因果推論の実現は、ロードマップの6割を越えていると思います。
パール先生の因果推論の出来るAIは、科学的な因果推論を実行します。
因果推論の出来るAIは、理論的に、人間よりも正しい推論をします。
つまり、政治家と官僚の多くは、理論的に不要になります。