人口税(demographic tax)

1)人口ボーナス

 

国連人口基金(UNFPA)は、人口ボーナス(demographic dividend)を「主に生産年齢人口 (15 ~ 64 歳) の割合が人口の年齢構成よりも大きい場合に、人口の年齢構造の変化によってもたらされる可能性のある経済成長の可能性」と定義しています。

 

これは、「生産年齢人口 の割合」と「口の年齢構造の変化」の2つが経済成長に影響するという仮説です。



DR(dependency ratio、age dependency ratio)は、典型的には労働力として働いていない人々 (従属部分の年齢は 0 ~ 14 歳および 65 歳以上)と、典型的には労働力として働いている人々(生産性部分の年齢は 15 ~ 64 歳)の年齢対人口比です。生産人口に対する圧力を測定するために使用されます。



DRの逆数であるIDR(inverse dependency ratio)は、1 人の扶養家族 (年金と子供への支出) を何人の独立した労働者が提供しなければならないかとして解釈できます。




人口ボーナス(demographic dividend)は、次の何れかで定義されます。

 

(CONーA1)DR<0.5 かつ DRは増加傾向

 

(CONーB1)DR< 0.5

 

(CONーC1)DRは増加傾向



人口ボーナス(demographic dividend)でない条件は、次のように定義されます。




(CONーA2)DR < 0.5 かつ DRは減少傾向

 

(CONーA3)DR > 0.5 かつ DRは増改傾向

 

(CONーA4)DR > 0.5 かつ DRは減少傾向

 

(CONーB1)DR >0.5

 

(CONーC1)DRは減少傾向



最近の日本は、「(CONーA2)DR< 0.5 かつ DRは減少傾向」です。あるいは、既に、「(CONーA4)DR >0.5 かつ DRは減少傾向」に突入しているかも知れません。

 

「dividend」は「 配当」を意味します。

 

 

人口ボーナス(demographic dividend)の定義は、3種類の何れかですが、人口ボーナスの終了後の状態ははるかに複雑です。

 

日本では、人口ボーナスの反対語として、人口オーナス(onus、demographic onus)が使われますが、日本以外では、人口オーナスは使われません。

 

人口オーナスが論じるられている場合には、定義が曖昧です。「(CONーC1)DRは減少傾向」が使われている場合が多いように思われますが、その場合に、論ずべきは、DRの変化であって、「DR>0.5」といったDRの値ではありません。

 

中には、「人口オーナスとは、人口ボーナスと反対に、従属人口(14歳以下と65歳以上の人口)が生産年齢人口(15~64歳)を上回る状態」と書いている人もいます。

 

これは、「DR  > 1.0」ですから、明らかに間違いです。



2)人口ボーナスの終了後の対策

 

人口ボーナスの終了時には次の問題が起こります。

 

(S1)経済成長:国内市場の縮小。「資本投入」の減少。

(S2)社会保障制度:現役世代の負担が重くなる。医師・介護従事者の不足。

(S3)労働環境:労働力不足。「労働投入」の減少。

 

経済成長を決める要因のうち、「労働投入」「資本投入」は減少するので、残された「全要素生産性」の向上が必須になります。

 

ここまで、議論は、鎖国状態を前提にしていますので、輸出市場拡大や移民受け入れをすれば、話は別になります。



ウィキペディア英語版の「Demographic dividend」には次の様に書かれています。

 

人口ボーナスの後、人口税

 

適切な政策を導入する緊急性は、「人口ボーナス」の後に依存率が再び増加し始めるという現実によってさらに高まっています。必然的に、「人口ボーナス」を生み出す最も生産的な労働期間を経て形成された人口バブルは高齢化し、退職します。不釣り合いなほど多くの高齢者が後を継ぐより若い世代に依存しているため、「人口ボーナス」が負債となります。世代が進むごとに子どもの数が減り、人口増加は鈍化したり、止まったり、あるいは逆行したりすることもあります。この傾向は、人口税(demographic tax)または人口負担(demographic burden)とみなされる可能性があります。これは現在日本で最も顕著に見られており、若い世代が国の多くの地域で事実上放棄されています。

 

 

「これは現在日本で最も顕著に見られており、若い世代が国の多くの地域で事実上放棄されています」の部分の原文は「This is currently seen most dramatically in Japan, with younger generations essentially abandoning many parts of the country.」です。

 

つまり、英語圏では、日本は、若い世代の棄民政策をしていると理解されています。

 

つまり、論点は、人口ボーナス終了時には、対策が必要であるのに、日本政府は、それを行わず、代わりに、若い世代の棄民政策をしていると指摘しています。

 

3)人口ボーナスの補足

 

日本以外では、人口オーナスは使われません。

 

第1の理由は、これは、宿命ではなく、回避すべき問題であるからです。人口税(demographic tax)という表現をすれば、税は、軽減すべき対象になりますが、オーナスには、そうしたニュアンスは希薄です。

 

第2の理由は、人口ボーナスは、評価の手段にすぎないからです。

 

DR(dependency ratio)は、労働力として働いていない人々 (従属部分:年齢は 0 ~ 14 歳および 65 歳以上)と、労働力として働いている人々(生産性部分:年齢は 15 ~ 64 歳)の年齢対人口比です。

 

従属部分は、高等学校や大学への進学率、定年退職の年齢で変化します。

DRの単純な掲示変化の比較は、こうした就業形態の変化を無視しています。

 

年功型雇用は、後払いなので、人口ボーナス期には、経済を加速する要因になります。

 

一方、年功型雇用は、後払いなので、人口ボーナス期以後には、経済の減速を強化する要因になります。

 

赤字国債の増加も、後払いなので、人口ボーナス期以後には、経済の減速を強化する要因になります。

 

ここで問題は、赤字国債のではなく、差分である赤字国債の変化率です。



また、最近の研究では、人口ボーナスは教育によって引き起こされる配当であることが示されています。

 

参考:The demographic dividend is more than an education dividend

https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2012286117

つまり、高等教育のカリキュラムを入れ替えて、「全要素生産性」の向上に寄与するコースの定員を増やして、「全要素生産性」の向上に寄与しないコースの定員を減らすべきです。



つまり問題となるのは、従属部分の消費と生産性部分の生産の割合です。

 

生産性部分の生産には、教育の効果が大きく関与しています。

 

PDは、従属部分の消費と生産性部分の生産の割合を示す指標としては、問題があります。

 

生産性加重労働力依存率(Productivity weighted labor force dependency ratio)は、改良された指標の一つです。

 

PWLFDR は、教育レベルの生産性によって重み付けされた、非活動人口 (全年齢) と活動人口 (全年齢) の比率です。



PWLFDRを使用すると、人口が高齢化または減少している場合でも、生産性を向上させることで、依存している(主に高齢化している)人口への安定した支援を維持できることが示唆されます。

 

PWLFDR 評価の結果として、教育と生涯学習、児童の健康への投資、障害のある労働者への支援が推奨されます。



ここでの「教育と生涯学習」が、「全要素生産性」の向上に寄与するものでなければならないことは言うまでもありません。

 

日本では、PWLFDR の値は、試算されていません。

 

また、欧米でのPWLFDRの研究は、ジョブ型雇用による転職に伴う、「全要素生産性」の向上を前提にしています。このような社会条件の違いを無視した議論は、科学的には、容認されません。

 

つまり、「教育と生涯学習、児童の健康への投資、障害のある労働者への支援が推奨」は欧米の話であり、日本への適用効果は今後検証すべき課題です。

 

まとめますと、欧米では、人口ボーナス期以降の経済対策は、PWLFDR の値を指標として、「教育と生涯学習、児童の健康への投資、障害のある労働者への支援が推奨」するというプロトコルが出来上がりつつあります。

 

一方、日本では、PWLFDR のような政策のエビデンス評価指標は採用されず、効果の確認されない(ほぼ効果のない)政策を行っているので、欧米の社会科学者は、「日本は、若い世代の棄民政策をしている」という訳です。

 

人口オーナスという呪文を唱えて、「肩車社会」が来る発言することは、狂気で、それを、容認する社会も、狂気に誓いと言えます。

 

ジム・ロジャーズ氏は、「30年後に日本終了」と言いますが、科学的に解明された対策を行わずに、「肩車社会」を待っていれば、それは、リアルなシナリオになります。



参考文献

 

International Labour Organization (ILO). 2012. Understanding Deficits of Productive Employment and Setting Targets: A Methodological Guide. Geneva: ILO. https://www.ilo.org/wcmsp5/groups/public/---ed_emp/documents/publication/wcms_177149.pdf

 

POPULATION AGEING: Alternative measures of dependency and implications for the future of work 2014 ILO Claire Harasty and Martin Ostermeier

https://www.ilo.org/legacy/english/intserv/working-papers/wp005/index.html

 

Consumption- and Productivity-Adjusted Dependency Ratio with Household Structure Heterogeneity 2017 ADB  Xuehui Han and Yuan Cheng 

 

人口減と借金で「30年後に日本終了」の現実味 ジム・ロジャーズと岡本祥治が語る

https://toyokeizai.net/articles/-/313455



4)中国の対応

 

中国では、人口ボーナス期は、ほぼ終っていますが、一人っ子政策の影響で、今度の社会税は大きくなります。

 

中国政府も、この点は、認識しています。

 

中国では、「人口ボーナス」の代替政策として、「開発者ボーナス」を、計画しています。



2021年6月22日のdigilabの記事を引用します。

 



開発者が産業の中心に



 開発者ボーナスとは、つまりソフトウェア・ハードウェアの開発者、発明家や起業家をふくめて「新しいものを作り出す人が増えることで経済が成長する」ということだ。

 

「中国オープンソース発展ブルーブック2021」にも、「中国は人口ボーナスから開発者ボーナスにまさに突入しつつあり、世界最大の開発者マーケットに向けて進んでいる」(中国正在从人口红利进入到开发者红利时代,很快将成为全球第一大开发者市场)という解説がある。

 

「起業ブーム」は成功、「開発者ブーム」はどうか

 

 2015年から中国は「大衆創業、万衆創新」というキャンペーンを始めた。エリート主導、国営企業トップダウン主導に偏っていた中国で、起業やベンチャーキャピタルなど、ボトムアップを含めた起業支援ビジネスに対しての規制緩和を行った。補助金や税金の減免などの優遇策を行ったこのキャンペーンは、中国を起業家大国にすることに成功した。そして成長を持続させるためと次なる戦略が、開発者の育成だ。

 

 

この記事から、中国は、「起業ブーム」と「開発者ブーム」の2つのステージを計画していることが判ります。

 

これだけ見ると、日本の政策と変わりないように見えるかもしれません。

 

しかし、政策は、キーワードを呪文にして、補助金をばら撒いても効果はありません。

 

PWLFDR と同じように、「全要素生産性」に関連したエビデンスへベースの指標を導入して、政策効果を常にモニタリングにする必要があります。



5)微分で考える

 

PWLFDRを導入した場合、政策の効果は、PWLFDRで計測可能です。

 

PWLFDRは対策を講じなければ、毎年悪化します。

 

改善目標を決めて、毎年の達成度をチェックすべきです。

 

PWLFDRの改善には、「全要素生産性」の向上が大きく寄与するはずです。

 

これは、中国のような、「起業」と「開発者」の拡大が重要になります。

 

また、DXの進展や生成AIの活用などは、日本が他の国に先がけて進めて、やっと、高齢化の効果を打ち消せることを意味します。

 

全要素生産性」を向上させる各政策の効果は、PWLFDRの改善への寄与率として、評価できるはずです。

 

こうすることで、最も費用対効果の大きな政策に優先的に予算を配分することができるはずです。





引用文献

 

「人口ボーナス」の次は「開発者ボーナス」を狙う中国のビジョン 2021/06/22 digilab

https://media.dglab.com/2021/06/22-developer-01/