ソリューション・デザイン(1)

(1)どうして暗記は、良くないのか

 

(Q:暗記の問題点を理解していますか)

 

1)暗記の問題点と内容の理解

 

試験対策は、昔から暗記がメインです。

 

試験会場に、教科書、辞書等を持ち込んだでよい試験は少ないですし、スマホも禁止です。

 

これは、無人島に島流しになったような条件で受験させられることを意味します。

 

このような試験を行って、暗記が良くないというのは矛盾しています。

 

現在のように、試験会場に、資料やスマホの持ち込みを禁止した上で、暗記を避けるには、試験問題の中に正解のヒントを埋め込むしか方法がありません。

 

最近の試験問題では、文章の量が増えつつありますが、資料の持ち込みを許可しない限り、その傾向は続くと思われます。

 

さて、試験問題に、暗記を強要する原因は、採点が容易なためと思われます。

 

内容を理解しているか否かを確実に採点する方法はありません。

 

チューリングテスト(Turing test)は、内容を理解していることを確認する一般的な手続き(アルゴリズム)が存在しないことを示しています。

 

恐らく、課題を出して、解く方式では、「内容を理解しているか否か」の判定は難しいと思います。

 

テストより、創作の方が合理的と思われます。

 

モーツアルトは、ハイドンの作曲技法をマスターして、1773年に6曲の弦楽四重奏曲ハイドン・セット(ハイドン四重奏曲)を作曲して、ハイドンに献呈しています。



ハイドン・セットを見れば(聴けば)、モーツアルトが如何にハイドンを深く理解したかが分かります。

 

一方、モーツアルトに期末試験を行って、モーツアルトハイドンの理解度を判定することは不可能と思われます。

 

つまり、暗記を離れると、期末試験は不合理になり、レポートのような作品提出の方が、合理的になります。

 

レポートの盗作もありますが、ハイドン・セットのような優秀なレポートであれば、盗作で作成することは不可能です。盗作レポートの理解度は高くないので、問題にはならないと思います。なぜなら、低レベルのレポートであれば、AIの採点で十分だからです。盗作をする作曲家は上手くなりません。作曲家のような高度人材では、卒業証書に価値はありません。作品が全てです。

 

2)考えること

 

暗記には問題があると主張する論点の1つは、暗記は考えないという点にあります。

 

一般には、指摘はここで止まっています。

 

しかし、カーネマンは、「ファスト&スロー」のなかで、考える方法には2種類あり、過去の経験や歴史を繰り返すファスト回路を使った思考と、経験や歴史を離れて、ゼロベースで考えるスロー回路を使った思考があると主張しました。

 

この主張を使えば、暗記を中止した場合、どちらの回路を使っているかを問題にすべきです。

 

ここで、AIのことを考える必要があります。

 

ファスト回路の思考は、パターンマッチングになります。つまり、機械学習が最も得意とする分野です。

 

人間の暗記は、コンピュータ、特に、クラウドのメモリーには勝てません。

 

つまり、「暗記+ファスト回路」で、行っている処理は、既に、AIが人間を超えています。



人工知能(AI)」が人類の知能を超える転換点(技術的特異点)、シンギュラリティ(Singularity)が、いつ来るかという議論は、この事実を無視しています。

 

シンギュラリティが、2045年になるか否かという判断は、スロー回路も、AIが代替できるか否かという問題であって、ファスト回路ではあれば、2023年の時点で、人間はAIに勝てません。

 

ILSVRC(ImageNet Large Scale Visual Recognition Challenge)という画像解析のコンテストで、2012年にディープラーニングを用いた機械学習モデルがほかのモデルにエラー率10%以上の差をつけて圧勝しました。

 

2015年の「ILSVRC2015」では、AIは人間の認識性能を越えています。

 

これは画像ですが、その外の対象についても、3年あれば、人間を越えられますので、2023年時点では、ファスト回路をつかうパターンマッチング思考では、人間はAIに負けていると言えます。

 

そうなると、暗記を止めて、考えるだけでは、不十分で、スロー回路を使わないといけません。



3)暗記する内容がない場合

 

暗記が有効でるあるのは、暗記に値する歴史的な内容がある場合です。

 

世界史や日本史といった歴史を学習する場合には、過去の歴史には、再利用可能な内容が含まれていると考えます。

 

ニュートンの法則は、歴史ではありません。ニュートンの法則は、アイシュタインが部分的に修正しましたが、多くの場面では、修正前の法則でも問題がありません。こうした法則は、歴史とはみなされませんが、ニュートンが法則をつくったという歴史的事実が背景にあります。

 

アメリカ合衆国は、1776年7月4日に独立しましたが、この事実は、時間が経っても変化しないので、記憶する価値があります。

 

ニュートンの法則も時間が経っても変化しないので記憶する価値があります。

 

つまり、歴史を学ぶのと同じアプローチが使えます。

 

ただし、このアプローチが使えるのは、古い理論だけです。

 

ニュートンアインシュタインは歴史になりましたが、超ひも理論は現在進行形なので、歴史を学ぶのと同じアプローチは使えません。

 

コロナウイルスが、問題になっていたころ、Googleは、毎週、今後の感染者数の予測をしていました。このモデルは、ニュートンの法則のような物理モデルではなく、エビデンスデータに基づいた統計モデルです。モデルのパラメータも公開されていたと思いますが、ニュートンの法則のようにモデルを暗記する人は誰もいませんでした。

 

統計モデルは、毎週、新しい感染者数データを追加して作りなおされます。

 

1週間経つと新しいモデルができます。その時に、先週の古いモデルを使うことも出来ますが、予測精度は、新しいモデルに比べて落ちます。なので、古いモデルを使う人はいません。モデルは、毎週作りなおされますので、モデルを覚えても始まりません。

 

つまり、データサイエンスの世界では、暗記する内容はありません。

 

統計モデルを作成する科学的な手順をプログラムで実装できる能力を獲得する以外の学習は無効です。プログラム作成には、プログラム言語の文法理解が必須ですが、文法は改訂されるので、大まかな部分以外は、暗記しても無駄で、細部の文法はリファレンスカードでチェックしながらコーディングします。

 

コロナウイルスの予測モデルは、ベイス統計モデルです。過去1週間の感染者数、2週間前の感染者数、3週間前の感染者数、、、と過去のデータを使います。ここまでは歴史と同じです。しかし、予測には、新しいデータが古いデータより大きな重みを持つアルゴリズムを使います。つまり、ベイス統計モデルは、巧妙なパターンマッチングと見なすこともできますが、そのパターンマッチングの手順は複雑すぎて、人間の手には負えませんので、コンピュータが計算します。人間は、プログラムで、計算の方法を指示します。

 

AIによる画像のパターン識別が人間を超えたのは、2015年からです。

 

暗記する内容がないデータサイエンスが、科学の手法として市民権を得たのは、マイクロソフトが、「第4のパラダイム」を出版した2009年頃です。

 

最近見たある雑誌の特集号のタイトルは、「歴史から学ぶ」でした。

 

一般教養が大切だという人も多くいます。

 

しかし、そうした主張は、2009年から2015年の間に、科学の世界に起こった歴史的な転換を無視しています。

 

エビデンスベースのモデルは歴史から学んでいます。

 

しかし、それは、現在に近いデータに重みをつけて、古いデータは無視しています。

 

地球は温暖化しています。この場合、温度があがった最近のデータを重視して、温度が低かった昔のデータの重みを小さくしないと、温暖化は無視されてしまいます。

 

「歴史から学ぶ」という視点は、サイエンスの欠如です。

 

4)A:暗記が良くない理由

 

暗記が良くない理由をまとめます。

 

第1に、「暗記+ファスト回路」で、行っている処理は、既に、AIが人間を超えているので、全く不毛な学習だという点です。

 

第2に、一番重要なスロー回路を阻害します。

 

第3に、データサイエンスの時代では、一番重要な点は常に変化して暗記できないからです。

 

データサイエンス時代の法則は、打ち上げ花火のように、現れては消えていくものです。