6)デジタル補正と非球面レンズ
6-1)デジタルカメラの設計
レンズの収差は、色収差とザイデルの5収差(単色収差)に分かれます。
色収差は、プリズムの色分解作用で起こりますが、デジタルカメラでは、RGBのピクセルのずれなので、デジタル補正で簡単に補正できます。
ザイデルの5収差(球面収差、コマ収差、非点収差、像面湾曲、歪曲収差)は「レンズで光を屈折させたため理想的な像を描かない」、つまりレンズの形のせいで発生する収差なので、フィルム時代には、複数枚数のレンズを組み合わせることで補正してきましたが、最近は、非球面レンズを使って効率的に補正しています。このうち、歪曲収差はデジタル補正が容易です。
ザイデルの5収差はトレードオフになりやすいので、歪曲収差はデジタル補正に任せて、残りの4収差をレンズで解消します。
かつて、非球面レンズは高精度な研削、研磨技術が必要な高価なレンズでした。現在は、金型を使ったモールド成形で量産化され、一番安価な交換レンズにも使われています。
非球面レンズの技術も進歩して、レンズの枚数を減らすことも可能になっています。
高価な交換レンズには、色収差を補正するED(特殊低分散) レンズが使われていますが、EDレンズがなくとも、色収差はデジタル補正で取り除けます。
つまり、色収差とザイデルの5収差の少ないレンズは、極めて安価に作れます。
高価なオールドレンズのレンズ収差は、デジタル補正した安価なデジタルカメラの入門レンズに勝てません。
ここまでは、レンズの収差を減らして、解像度をあげる方法の話です。
カメラメーカーや、レンズメーカーは、フィルム時代と同じように、ED(特殊低分散) レンズをふんだんに使った高価なレンズを発売しています。
フィルム時代には、交換レンズはカメラとちがって、資産価値があると言われてきました。しかし、非球面レンズが量産化された現在では、交換レンズは、消耗品です。
シグマや、パナソニック、中国のレンズメーカーのように、一番安い価格帯のレンズにも、EDレンズが投入されている例もあります。交換レンズの価格があまり上昇しないのであれば、EDレンズを使ってもよいと思います。
しかし、色収差は、デジタル補正できますので、交換レンズの価格を大きく上昇させてまで、EDレンズを投入することは馬鹿げています。
EDレンズを大量に投入すれば、デジタル補正なしでも、交換レンズの色収差は亡くなりますが、その代償として、大きくて重いレンズを高いお金をかけて、購入することになります。
高価なレンズは、ボケが綺麗だといいますが、これは、レンズ収差を残していることを意味します。
高価なレンズは、レンズ収差からすれば、性能の悪いレンズになります。
つまり、ボケの見栄えの問題を度外視して、レンズ収差からすれば、安価なレンズで十分と思われます。
6-2)実例
実例をあげてみます。
MFTの標準画角(換算50mm)の交換レンズには、次の4種類があります。
(1)LUMIX G 25mm / F1.7 ASPH 22千円
(2)M.ZUIKO DIGITAL 25mm F1.8 33千円
(3)LEICA DG SUMMILUX 25mm / F1.4 II ASPH 55千円
(4)M.ZUIKO DIGITAL ED 25mm F1.2 PRO 158千円
メーカーはレンズ性能のMTF曲線を公開していますが、通常は絞り開放だけです。
(4)については、絞り開放(F1.2)とF2.8のMTF曲線が公開されています。
以下のMTF曲線はメーカーのHPのものです。
写真1に(4)のMTF曲線を示します。
F1.2の60本の線は、左端で、70以下の小さな値になっています。つまり、解像度は低く、この部分は、ボケを重視しています。
60本の線の左端は、F2.8 まで絞ると、80まで改善します。
つまり、このレンズは、解像度が必要な場合には、F2.8 まで、絞って使う必要があります。
写真2に、(1)の絞り開放(F1.7)のMTF曲線を示します。
60本の線は左端で、80を越えています。
(4)のF1.7のMTF曲線はわかりませんが、写真1のF1.2とF2.8の間にあると思われます。
そうすると、(4)のレンズをF1.7まで絞っても、60本の解像度は、(1)には及ばないことがわかります。
同様に、20本の線をチェックします。
(1)の20本は、左端で92です。
(4)の20本は、左端で、F1.2で88、F2.8で94です。
(4)のF1.7の値が、この間にあるとすれば、F1.7の20本は、(2)とほぼ同じです。
まとめれば、F1.7の20本では、(1)と(4)は同等、60本では、(1)が優ることになります。
価格差は、7倍あります。
この比較は、どちらがよいという訳ではなく、そのように設計されているという事実です。
とはいえ、安価なレンズでも十分な解像度を実現できますので、フィルム時代の常識は通用しません。
(4)は、F1.2と明るいレンズですが、F1.2で使う場合には、解像度は高くありません。
フィルム時代のレンズを考えれば、88%は十分に良い数字なので、十分と考えるか、ちょっと残念と考えるかは判断が分かれます。
高価なレンズはF値が小さく、きれいにボケますが、解像度が高い訳ではありません。解像度をあげるには、絞ることになるので、その場合には、小さなF値のメリットはなくなります。
6-3)ボケの考え方
以上のように考えると、綺麗なボケと明るいF値が必要でなければ、高価なレンズに価値を見出すことは困難です。ISOをあげれば、暗いレンズでも露光不足になる問題はありません。
色収差は、デジタル補正で調整できました。
同様に、デジタル補正でボケがどこまで作れるかが課題になります。
デジタル補正によるボケ(デジタルボケ)が簡単に綺麗に作れれば、高価で重いレンズを使うことは不合理です。
カメラメーカーは、デジタルボケの性能が良くなると、レンズが売れなくなるので、カメラ内現像や、添付のRAW現像ソフトにデジタルボケの機能を搭載してくるとは思えません。
一方、スマホメーカーは、交換レンズでビジネスをしていませんので、高度なデジタルボケを掲載しています。
darktableのような、カメラやレンズメーカーと利害関係のないソフトも、今後は、高度なデジタルボケを搭載してくると思われます。現在のdarktableの「defuse or sharpen」モジュールでもある程度の処理ができます。このモジュール処理の画像劣化の少なさは、異次元と言えるほどで、一度これを使うと、画像劣化の大きなヘイズ処理が怖くなってしまいます。
最近のデジカメは、連続画像をつかったフォーカス合成や被写深度合成ができます。このような焦点距離の異なる連続画像があれば、ボケを作ることは容易です。
6-4)まとめ
現時点では、EDレンズを満載した高価でボケの綺麗なレンズが多数あります。
こうしたレンズは、それこそ、シャッターを押すだけで、ボケの綺麗な写真が魔法のように撮影できます。
それは、それで、楽しいのですが、こうした状態が、あと3年、5年と続くとは思えません。そんなことをしたら、ミラーレスカメラは、スマホに完敗してしまいます。
そうなる前に、どこかのカメラメーカーが、高級デジタルボケを搭載してくると思います。
そう考えると、EDレンズや高価な交換レンズには目もくれないで、解像度の高い安価なレンズで撮影を楽しむ選択肢もあると考えるようになりました。
もちろん、撮影した写真は、ボケの硬いガチガチの写真になりがちで、そのままでは、鑑賞に耐えません。しかし、デジタル現像を工夫することで、クリアできる点も多いと思います。
高級レンズは、シャッターを押すだけで、失敗のない写真が撮れますので、失敗の許されない場合には、必須で、街のカメラやさんの御用達です。最近の高級レンズは、絞らなくとも解像度が十分な場合もあります。
逆に言えば、工夫のし甲斐はありません。
キヤノンのベストセラーのEF50mm F1.8 STM(16千円)のような安価なレンズは、絞らないと周辺の解像度は上がりません。工夫しないと上手く撮影できないレンズを面倒だと感じるか、工夫のし甲斐があって面白いと感じるかは、撮影する人の判断です。
なお、今回は、非球面レンズとデジタル補正を使うことで、安価なレンズの画質が劇的に向上したという背景で話をすすめています。
キヤノンのEF50mm F1.8 STMは安価ですが、非球面レンズは使っていません。
他のメーカーのフルサイズの安価な50mmF1.8のレンズ、たとえば、SONY FE 50mm F1.8(30千円)、ニコン AF-S NIKKOR 50mm f/1.8G(25千円)は、非球面レンズを使っています。
最近、キャノンは、ミラーレスのRFマウント用にRF50mm F1.8 STM(29千円)を発売しました。RF50mm F1.8 STMには、非球面レンズが使われています。
キヤノンは「『RFマウント』ならではの大口径・ショートバックフォーカスを生かした『EF50mm F1.8 STM』と同等の高画質、携帯性を実現しつつ近接撮影機能が向上」といっています。
EF50mm F1.8 STMの最短撮影距離は、 0.35mで、最大撮影倍率は、 0.21倍です。
RF50mm F1.8 STMの最短撮影距離は、 0.30mで、最大撮影倍率は、0.25倍です。
非球面レンズの効果は、最短撮影距離の5㎝の差にも影響していると思われますが、写真3に見るようにMFT曲線も改善しています。
非球面レンズを使わない古いレンズのMTF曲線は、EF50mm F1.8 STMのように波打っていることが多いですが、最近のレンズは、なめらかになっています。
6-5)補足
dxomarkに、LEICA DG SUMMILUX 25mm / F1.4 II ASPH(55千円)とLUMIX G 20mm / F1.7II(27千円)の比較が載っています。
<==
より明るいSUMMILUX 25mm / F1.4 IIに対して、LUMIX G 20mm / F17 II は全体的に同様のレベルのシャープネスを持っていますが、絞ったときにそのレンズの一貫したエッジからエッジまでのシャープネスに欠けています。
==>
写真4のMTF曲線を見ると、LUMIX G 25mm / F1.7 ASPHとM.ZUIKO DIGITAL ED 25mm F1.2 PROの比較と同じ傾向が見られます。
今回の価格差は2倍です。dxomarkの言うように、高価なレンズの方が、万能で安定した性能があります。
とはいえ、非球面レンズの採用によって、安価なレンズの性能はフィルム時代とは比べものになりません。また、被写体がのっぺりしたものでなければ、表現の不均一性は目につきません。
筆者は、LEICA DG SUMMILUX 25mm / F1.4 の旧型は持っていて、よく使っています。オリンパスのボディにつけて、AF-Sにすると、トンデモなく大きな音がするので、AF-Sでしか使えませんが、その他には、大きな不満はなく、よくできたレンズだと思います。とくに、ボケは綺麗です。何もしなくても、それらしい写真になるので、1種の魔法があると思います。
しかし、dxomarkのいうように均一性に問題があるにしても、半額以下のLUMIX G 25mm / F1.7(22千円)が、解像度で負けていないことは、驚くべきことです。
LUMIX G 25mm / F1.7はとても安価ですが、レンズ構成は、 UHRレンズ(Ultra High Refractive Index Lens)1枚と非球面レンズ2枚を含む7群8枚を採用しています。
非球面レンズは必須と思いますが、UHRレンズはなくとも、デジタル補正で対応可能です。
22千円の交換レンズにも、UHRレンズがついているので、UHRレンズの原価も下がってると思われます。そう考えると、高いレンズの原価も、販売価格差ほどの違いはないと思われます。
引用文献
Panasonic LUMIX G 20mm f1.7 and 20mm f1.7 II ASPH lens reviews: Has Panasonic improved its classic standard prime?
収差ってなに?収差の種類と3つの解決方法!!
株式会社レンズ設計支援
https://www.lenses-ds.co.jp/myweb11_29.html
像面湾曲 ウィキペディア
像面湾曲があるとピントが悪くなる
http://www.meirin.org/snoopy/culture/hearts/lenswork/c19.html
ミラーレスカメラのデジタル補正と像面湾曲補正の関係
https://hinden563.exblog.jp/29294892/
LUMIX G 25mm / F1.7 dxomark