(2種類のサイロ問題を説明します)
1)データサイロ問題
サイロ(silos)は干し草を入れる塔です。
夏の間に刈り取った草は、干し草にして冬の餌になりますが、このときに、塔に入れて発酵させます。塔の入った草は、順に積み重なっていくだけで、外界とは交流のない閉ざされた世界になります。
日本語では、縦割り(組織が上下関係を中心に運営されること)という言葉がありますが、サイロの方が、分割された分野(組織)の間の交流がないことをより強く表わしています。
最近問題になっているサイロ問題は、「データサイロ (Data Silo)問題」あるいは、「情報サイロ(Information Silo)問題」です。データサイロとは、企業のあるグループによって保有されるデータのうち、他のグループからは容易に、または全くアクセスできないデータを指します。
例えば、グループAによって保有されているデータとグループBによって保有されているデータをマージするには、共通のIDをインデクスにする必要があります。
データが、構造体で形成されている場合には、構造体の構造がことなるとマージできません。
システム(システムアプローチ)とは、「問題があったときに、問題そのものを解かずに、問題を解くためのツールを開発する方法」であると既に申し上げました。
システムとは、問題をメタ問題に一般化して解きます。
このメタ問題には、データのIDや構造体に定義が含まれますので、システムアプローチをとっていれば、データサイロ問題は発生しないことになります。
2)課題発見能力
メタ問題は、目の前の問題を一段抽象化した共通問題に変換して作ります。
メタ問題は、複数の問題を一般化していますので、DXを進める上では、パラメータセットの値を変更するだけで、同じシステムで問題解決ができます。
システムエンジニアは、問題を与えられた時には、常に、メタ問題に変換できないか、汎用化の道を探ります。
問題から、メタ問題を見つけることは、「課題発見」になります。
それなら、よく言われる「課題発見能力」には、メタ問題が含まれているはずだと考えました。
2-1)経済産業省の課題発見力
課題発見力を言い出したのは、文部科学省ではなく、経済産業省のようです。
経済産業省が2006年に提唱した社会人基礎力のひとつとして課題発見力を、「現状を分析し目的や課題を明らかにする力」と定義しています。
さらに、「論理的に答えを出すこと以上に、自ら課題提起し、解決のためのシナリオを描く、自律的な思考力が求められている」とも言っています。
ただし、分かる表現とは言えません。
「現状を分析し目的や課題を明らかにする力」は、評価関数の設定のように見えますし、そもそも因果モデルの前提なしに、問題を考えるという意味が良くわかりません。
もう少し、データサイエンスの言葉で書いてもらわないと、DXができません。
原典がこの状態なので、WEBで見つけた説明は更に混乱しています。
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課題発見力は、「未来を見据え、率先して理想と現実のギャップを見つける力、そしてそのギャップを埋めるための解決手段を探す力」を指します。
問題解決力:既に発生している何らかのトラブルを解決していく力
課題発見力:表面上はトラブルが発生していない中で、自分から課題を見つけ出していく力
課題発見力は「現状を分析し目的や課題を明らかにする力」
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かろうじて見つけた、メタ問題に近い表現は、細谷 功氏が、「問題発見力を鍛える」の第3章で、「 問題発見とは新しい『変数』を考えること」だけでした。
2-2)文部科学省の課題発見力
文部科学省は、課題発見能力という用語は使っていません。
関連のありそうな部分を以下に引用します。
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学習指導要領等の構造化の在り方
次期学習指導要領等については、資質・能力の三つの柱全体を捉え、教育課程を通じてそれらをいかに育成していくかという観点から、構造的な見直しを行うことが必要である。これはすなわち、教育課程について、「何を知っているか」という知識の内容を体系的に示した計画に留(とど)まらず、「それを使ってどのように社会・世界と関わり、よりよい人生を送るか」までを視野に入れたものとして議論するということである。
「アクティブ・ラーニング」の意義
思考力・判断力・表現力等は、学習の中で、(2)1.2)に示したような思考・判断・表現が発揮される主体的・協働的な問題発見・解決の場面を経験することによって磨かれていく。身に付けた個別の知識や技能も、そうした学習経験の中で活用することにより定着し、既存の知識や技能と関連付けられ体系化されながら身に付いていき、ひいては生涯にわたり活用できるような物事の深い理解や方法の熟達に至ることが期待される。
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まず、中身以前の問題として、指示代名詞(それら、これ、示したような、そうした)、「こと」、「もの」は文章に使ってはいけません。文章がとんでもなく分かりにくくなります。指示代名詞は、引用が特別長くなる場合に限ってつかうべきです。
「思考力・判断力・表現力等は、...磨かれていく」も意味不明です。「磨かれていく」とは何の意味か、「磨かれていった場合」と「磨かれていかなった場合」はどうして区別できるのか、わかりません。
「アクティブ・ラーニング」も知識の応用としてしか記載されていません。
スイスの国際バカロレアには、次の教程があります。(ウィキペディア)
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Primary Years Programmeの略。3歳から12歳までを対象とした教程。探究する人としての基礎教育、そのために必要な知力、体力、精神力のバランスが取れた人間になることを目指す教程。
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ここでは、オブジェクトは、探究する人の養成であって、知力、体力、精神力は、それをサポートする素材です。
文部科学省のモデルは、知識の応用として、探究(アクティブラーニング)があり、ベクトルの方法が逆です。
3)アカデミック・サイロ問題
文部科学省を引用したのは、STEAMのアカデミック・サイロ問題において、文部科学省のスタンスが重要になるためです。
STEAMを提唱したヤークマン氏は、「traditional academic subjects (silos) of science」を問題にしています。STEAMの狙いは、アカデミック・サイロを破壊することです。
アカデミック・サイロとは、学問の分野が、独立して、相互の情報交換がない状態のことを指します。
マイクロソフトの科学の第4のパラダイムの視点に立てば、経験科学の多くは、順次データサイエンスに置き換わっていきます。自動車は自動運転で走り、病気をAIが判断するようになれば、経験によって身に着けた運転技術や、病気の診断は、徐々にデータサイエンスに置き換わっていきます。
つまり、デジタル社会へのレジームシフトによって、アカデミック・サイロは、壊れていきます。
STEAMの目的は、データサイエンスができるエンジニア養成にあります。
STEAMは、アカデミック・サイロで分断された教育の破壊を目指しています。
ヤークマン氏は、教育学部で活動しています。これが、重要なポイントです。
理学部や工学部では、各学科が、専門毎に複数の教員を配置しています。
多くの意思決定は、学科の同じ専門家の中で、話が進みます。
こうなると、サイロ化はとまりません。
教育学部の場合、学校の教科に合わせ、各専門の教員が数人ずつしかいません。
こうなれば、専門外の人との交流が頻繁に起こります。
つまり、教育学部の方が、デジタル社会に向けて、アカデミック・サイロを破壊すべきであると主張しても、賛同者が得られやすいのです。
STEAMはアカデミック・サイロの破壊を目指した活動です。
3-1)文部科学省のアカデミック・サイロ問題
それでは、文部科学省は、アカデミック・サイロ問題をどのように考えているのでしょうか。
関連のありそうな部分の引用は以下です。
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教科等の文脈の中で身に付けていく力と、教科横断的に身に付けていく力とを相互に関連付けながら育成していく必要がある。
教科等の本質的意義
育成すべき資質・能力と学習指導要領等との構造を整理するには、学習指導要領を構成する各教科等をなぜ学ぶのか、それを通じてどういった力が身に付くのかという、教科等の本質的な意義に立ち返って検討する必要がある。
教科等における学習は、知識・技能のみならず、それぞれの体系に応じた思考力・判断力・表現力等や情意・態度等を、それぞれの教科等の文脈に応じて育む役割を有している。
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要するに、「アカデミック・サイロ問題は存在しない」、「アカデミック・サイロの破壊は必要がない」という立場です。
この立場とSTEAM教育が相入れないことは言うまでもありません。
引用文献
新しい学習指導要領等が目指す姿 文部科学省 平成27年11月
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/siryo/attach/1364316.htm
社会人基礎力
「我が国産業における人材力強化に向けた研究会」(人材力研究会)報告書
https://www.meti.go.jp/policy/kisoryoku/index.html
問題発見力を鍛える 講談社 2020 細谷 功
社会で必要とされる「課題発見力」の磨き方とは 2020/04/08 三菱電機
https://www.mdsol.co.jp/column/column_122_1583.html
課題発見力とは? 課題発見力を高める教育について解説 2020/05/26 School for business
https://schoo.jp/biz/column/780
Yakman, Georgette (2008) “STEAM Education: an overview of creating a model of integrative education”