IC産業の国産化を巡る戦術と戦略の議論~プランBの検討

(IC産業の国産化は無理をして、戦略なしに、戦術をごり押ししても、税金の投入が増えるだけで、成功する確率は低いと思われます)



1)Rapidus(ラピダス)の設立

 

ラピダスの設立について、加谷 珪一氏は次の問題点を指摘しています。(筆者の要約)

 

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トヨタ自動車やNTTなど国内企業8社が出資し、次世代半導体国産化を目指す新会社「Rapidus(ラピダス)」が設立されました。

 

政府は4000円億円を投じ、台湾TSMC(台湾積体電路製造)の工場を国内に誘致しました。工場の製造プロセスは、1世代あるいは2世代前の技術です。

 米国の半導体大手マイクロン・テクノロジーが、広島県の工場でDRAM(短期記憶用半導体)の最先端プロセス(1ベータ)の量産を開始しましたが、自動車や家電・スマホの中核をなすロジック半導体は、国産化できていません。

この状況打開のため、日本の大手企業と政府が一体となって、今回、量産体制の確立を目指してラピダスを設立しています。

 

同社は2ナノメートル(もしくはそれ以下)の最先端プロセスを目指しますが、この技術の実現見通しがあるのは、現時点では米インテルTSMC、韓国サムスンの3社です。日本は2ナノメートルにおける製造プロセスの基礎技術と日本製の半導体製造装置を持っていないので、海外頼みとなります。

 

日本には最先端半導体を購入して最終製品を製造できるメーカーが少ないため、最先端半導体製造しても、国内で販売が見込みがなく、採算の目途はたっていません。

 

2022年11月、電子部品大手の村田製作所が、中国で新しい生産設備の拡充を行うと発表しました。村田製作所にとって、中国は電子部品が売れる最大の市場であり、日本国内では、電子部品を大量に使う企業がないので、国内回帰はできないという判断です。

 

中国への投資を強化すれば、米中のデカップリングに反する、中国に技術を盗まれてしまう、有事が発生した際、日本国内に製品を供給できなくなるといった理由で、国内の一部からは村田製作所に対する反発の声があがりました。

 

政府は今回のプロジェクトに、700億円の拠出を決定しましたが、今後の支援の予定の説明はありません。2ナノメートルの量産体制を確立するためには、5兆円から10兆円の投資が必要です。国費を投入するのか、あくまでも市場原理に任せるのか、について戦略がなければ、資金調達もできません。

 

ハイテク分野の安全保障を確かなものにするためには、半導体の製造拠点を日本につくるだけでは意味がありません。ハイテクの各分野は相互に関連している。産業全体として、どの製品をどこに輸出できるのか(あるいは輸出できないのか)について、明確な戦略を策定しなければ、企業活動が混乱してしまいます。

 

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2)服部毅氏の論点整理

 

服部毅氏は、日本の半導体政策の論点を整理していますので、以下に要約します。

 

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経済産業省の見解

 

萩生田大臣は「過去の反省も踏まえた上で、我が国の強みを生かしつつ、国策としての半導体製造基盤整備のための大胆かつ総合的な支援や、国際連携による先端技術の共同研究開発など、我が国半導体産業の基盤確立に向けた取組をしっかりと進めてまいりたいと思います。」と述べました。どのように進めるかについて、経済産業省は、2022年年初めに「半導体産業復活の基本戦略」を発表しています。

 

この戦略は次のような3段階の構成になっています。

 

ステップ1:IoT用半導体生産基盤の緊急強化

 

ステップ2:日米連携による次世代半導体技術基盤の強化

 

ステップ3:グローバル連携による将来技術基盤の強化

 

この政策について、経済産業省(経産省)の商務情報政策局情報産業課長である西川和見氏は、2022年1月19~21日に開催された「第37回インターネプコン ジャパン(インターネプコン2022)」の基調講演「半導体・デジタル産業戦略について」で、「半導体の失われた30年を反省し、半導体政策を大きく転換することにした」ものであると説明しています。次の項目を「過去30年にわたる日の丸半導体産業凋落」の主要因であるとしています。

 

 (1)日米半導体協定に基づく規制などの日米貿易摩擦による日本勢のDRAM敗退

 

   (2) 設計と製造の水平分離、いわゆるファブレスファウンドリモデルに移行できなかった失敗

 

    (3)デジタル産業化の遅れによる半導体の顧客となる国内デジタル市場の低迷

 

    (4)日の丸自前主義による陥穽により世界とつながるオープンイノベーションのエコシステムや国際アライアンスを築けなかったこと

 

    (5)国内企業の投資縮小によるビジネス縮小とは対照的な韓台中の国家的企業育成による企業業績増進

 

以上の発表に対して、服部毅氏は次のように批判しています。

 

西川氏の講演のすべてのステップに共通しているのは、製造や研究分野での海外企業の誘致(あるいは招致)です。経産省では大臣までが従来の自前主義を排するといっているが、日本は決して自前主義だったというわけではありません。

 

過去の一部のコンソーシアムや国家プロジェクト(国プロ)にはIntelSamsungはじめ海外企業を招致していたし、そのことを経産官僚も自慢していました。しかし、したたかな海外勢がそうした取り組みで得た成果を持ちかえり活用したのに対し、日本勢は成果を活用する基盤を失ってしまったといえます。これから始まる半導体分野への兆円単位ともみられる税金の投入が無駄にならぬように過去の失敗は生かさねばなりませんが、書類の上ではいずれの国プロも成功したこととされているようで、本当にこれまでの経験が活かされるのか、注視していく必要があります。

 

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服部毅氏は「書類の上ではいずれの国プロも成功したこととされている」と、正式ルートでは、失敗原因の解明はなされていないことを指摘しています。

 

なお、「過去30年にわたる日の丸半導体産業凋落」の主要因は、データサイエンスの手法でエビデンスの検証がなされたものではありません。

 

3)日本の半導体企業の現状

 

2021年の日本の半導体企業の売り上げベスト10は、以下の順です。

 

    キオクシア(旧東芝メモリ)

    ソニーセミコンダクタソリューションズ

    ルネサス エレクトロニクス

    ローム

    東芝

    日亜化学工業

    三菱電機

    サンケン電気

   富士電機

   ソシオネクス



半導体企業上位3社(キオクシア、ルネサスソニー)が、6割以上の市場シェアを占めています。

 

なお、キオクシアとルネサスは、過去に経営難になり、税金の投入された国策会社です。

 

10社中、ファブレスIC設計専業は、10位のソシオネクストだけで、他は、IDMIntegrated Device Manufacturer垂直統合型デバイスメーカー)です。

 

ソシオネクスト社の世界ファブレス市場での売上高はあまりに小さいです。

 

ソシオネクストの幹部はすでにTSMC Japanデザインセンター所長に抜擢されており、「企業の設計技術者や大学博士課程の優秀な学生が高給でTSMCに引き抜かれている」(若林東工大教授の話)といわれています。

 

服部毅氏は、ソシオネクストの状況を見て、「  (2) 設計と製造の水平分離、いわゆるファブレスファウンドリモデルに移行できなかった失敗」は現在も繰り返されていると判断しているようです。

 

2021年日本半導体企業売上高総額は、前年比19.1%増の518億ドルに達した。世界半導体企業売上高に占める日本半導体企業売上高の割合は、8.8%(2019年10.0%、2020年9.2%)でした。

 

世界の半導体市場における企業ランキングでは、日本のトップの東芝(キオクシア)は、2017年は8位でしたが、2021年は12位に後退して、ベスト10には、日本企業はなくなっています。

 

半導体産業復活の基本戦略」は、こうした最近も続いている半導体産業の没落の原因を説明できているとは思えません。

 

キオクシアとルネサスは、半導体産業の没落の結果、税金が投入された国策会社です。

 

国策会社にしたけれど、没落傾向はとまっていません。

 

アメリカや、台湾の半導体企業は市場を拡大していますので、簡単に考えれば、経営の失敗を国が税金でサポートしているけれど、思わしい成果があがっていないように見えます。



4)技術者の処遇の問題

 

ソシオネクストの幹部がすでにTSMC Japanデザインセンター所長に抜擢されており、「企業の設計技術者や大学博士課程の優秀な学生が高給でTSMCに引き抜かれている」そうですが、これは、TSMC、ジョブ型雇用で、能力を評価して、人材確保をしていることを示しています。

 

ツイッターについて、イーロン・マスク氏は、日本が中心だと発言したそうです。

マスコミ報道では、この発言は、人口当たりのツィッターの利用者が多いことを述べた発言であると説明されています。

 

しかし、筆者は、マスク氏の頭の中には、TSMCと同じように、割安な人材確保の視点が入っていると考えています。

 

世界半導体企業売上高に占める日本半導体企業売上高の割合は、1988年には50.3%ありました。つまり、長期没落傾向は、その頃から始まっています。

 

1990年頃に、韓国のサムスンは、半導体技術の移転に成功し、そのあと、技術を伸ばしています。

 

その頃の半導体技術の移転については、遠藤誉氏が、次の様に元東芝の社員の話を書いています。(筆者の要約)

 

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4-1)1991年頃の状況

 

アメリ半導体業界はファブレス半導体の設計は行うが生産ラインを持たない半導体企業)を進め、時代は既に設計と製造が分業する生産方式になっていたが、日本企業はついていけなかった。

 

一方、バブルの崩壊なども手伝って、1991年ごろには日本のエレクトロニクス関係の企業は、半導体部門のリストラを迫られていた。

 

4-2)「土日ソウル通い」:日本の半導体技術を「窃取した」韓国

 

リストラされた日本の半導体関係の技術者を韓国のサムスン電子が次々とヘッドハンティングしたことは周知の事実だろう。また2014年には、東芝NAND型フラッシュメモリーの研究データを韓国企業に不正に流出させたとして、東芝と提携している日本の半導体メーカーの元技術者が逮捕されたこともある。

 

日本の半導体関係の技術者がリストラをひかえて窓際に追いやられていた頃、技術者の一部は「土日ソウル通い」をしていた。

 

東芝の社員で、非常に高度な半導体技術の持ち主がいた。半導体部門が次々に閉鎖され、上級技術者もリストラの対象となって、その人の解雇は時間の問題だった。韓国は、そういった人たちのリストを手にして、甘い誘いを始めた。

 

金曜日の夜になると東京からソウルに飛び、土曜と日曜日の2日間をかけて、たっぷりとその半導体技術者が持っている技術をサムスン電子に授ける。日曜日の最終フライトで東京に戻り、月曜日の朝には何食わぬ顔をして出社する。

 

土日の2日間だけで、東芝における月収分相当の謝礼を現金で支給してくれた。領収書なしだ。

 

「行かないはずがないだろう」と、その人は言った。

 

「長いこと、東芝には滅私奉公をしてきました。終身雇用制が崩れることは想像もしていなかった。だというのに、この私を解雇しようとしているのです。それに対して韓国では、自分が培ってきた技術を評価してくれるだけでも自尊心が保たれ、心を支えられる。おまけに1ヵ月に4倍ほどの給料が入るのですよ。行かないはずがないでしょう!」

 

それに「土日のソウル通いは、私一人ではない。何人も、いや、おそらく何十人もいるんですよ!」と、自分の罪の重さを軽減させるかのように顔を歪めた。

 

彼の吐露によれば、それは「韓国政府がらみ」で、サムスン電子単独の行動ではないという。



「彼らはですね。技術者を競わせて、そのときどきに最も必要な技術者を引っ張ってくる。半導体も、どのようなハイテク製品を製造するかで内容が変わります。私ら、やや古株から吸い取れる技術を吸い取り終わると、なんと突然"解雇"されます。もっとも、闇雇用ですから、"解雇"という言葉は適切ではないんですがね......。要は、"用無し"になります」

 

「だから、誰もが韓国側から"解雇"されまいと、より核心的で、より機密性の高い東芝技術を韓国側に提供します。"土日ソウル通い"者同士が競い合うのです」

 

その人は、この時には、東芝から、正式に「解雇」されていた。

 

日本の当時の通産省が主導した半導体先端テクノロジーズ(Selete、セリート)に日本国内の10社以外に、なんとサムスン電子だけを加盟させて11社にし、サムスンの独走を許してしまった。

 

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5)まとめ

 

製造や研究分野での海外企業の誘致に効果がないことは、過去のエビデンスが示しています。

 

韓国のサムスンは、半導体技術の移転についての遠藤誉氏の話は裏がとりきれないところもあります。

 

サムスン東芝は、1995年頃に、半導体製造技術で並んでいます。サムスンはその後も技術開発を進めビジネスを拡大したのに対して、東芝は技術開発競争から撤退しています。その差は、第1には、経営者の能力ではないでしょうか。

 

筆者には、「半導体産業復活の基本戦略」は、名ばかり戦略で、実態は戦術にすぎないと思われました。

 

読者は、どのように感じたでしょうか。

 

引用文献



日本半導体企業ランキング: 首位はキオクシア、2位はソニー逆転のルネサス 2022/04/22 semiconportal  服部毅のエンジニア論点

https://www.semiconportal.com/archive/blog/insiders/hattori/220412-japansemiconductors.html

 

国家ビジョンなき半導体政策では日本を救えない:まず何をすべきか 2021/07/02 semiconportal  服部毅のエンジニア論点

https://www.semiconportal.com/archive/blog/insiders/hattori/210702-metistrategy.html

 

経産省が打ち出した日本半導体復活に向けた基本戦略 - インターネプコン2022 2022/01/31 techplus 服部毅

https://news.mynavi.jp/techplus/article/20220131-2261780/

 

「中国依存からの脱却」に落とし穴、日本の経済安全保障に欠けている視点とは 2022/11/28 JB Press 加谷珪一

https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/72858

 

日本の半導体はなぜ沈んでしまったのか? 2018/12/25  Newsweek 遠藤誉

https://www.newsweekjapan.jp/mobile/stories/world/2018/12/post-11458_1.php