「#自民党に殺される」~経験科学の終わり

(利権のトライアングルが課題です)

 

1)ハッシュタグ

 

2022年10月に入ってから、Twitterでは「#自民党に投票するからこうなる」というハッシュタグが複数回、トレンド入りしました。そして、11月に入ってからは、「#自民党に殺される」というハッシュタグがトレンド入りしています。

 

このハッシュタグは、「自民党」=「岸田政権」を対象にしています。

 

批判の対象は、「年金支給料金引き下げ、年金65歳まで支払い、国民健康保険2万円増額 、道路使用税の新設、消費税増税の検討」のようです。

 

ここでは、前章の「デジタル社会化インデックス」の視点から、このハッシュタグを考えてみます。

 

2)IMF国際通貨基金)の世界経済見通し

 

2022年10月に世界経済見通し (WEO) が出て、その時点のデータで、日本の1人当たりGDPは、台湾に抜かれています。

 

表1の2022年11月6日 のデータでは、台湾、日本、韓国の1人当たりGDPは団子状態ですが、経済成長率が違いますので、韓国が日本を超えるのは時間の問題です。



表1 IMFの1人あたりGDPデータ(2022年11月6日版)

 

国・エリア GDPPC Rank

シンガポール 79426ドル (6位)

香港 49700ドル (22位)

台湾 35513ドル (37位)

日本 343358ドル (38位)

韓国 33592ドル (41位)

 

「デジタル社会化インデックス」で考えれば、工業社会学型企業を改廃して、デジタル社会型企業に組み替えなければ、経済成長はしません。

 

台湾のTSMCや韓国のサムスンなどのデジタル社会型企業は経済成長を牽引しています。

 

教科書会社「大日本図書」(東京都文京区)の幹部社員らが2022年7月に、茨城県五霞町の教育長らと料亭で会食し、会社側が代金を全額負担したことが2022年9月30日に分かっています。教科書協会の自主ルールでは、自治体の教科書採択関係者への接待などを禁じています。教育長は10月7日に辞職しています。

 

紙の教科書を使い続けることは、工業社会学型企業を温存することですが、教育長のような官僚と教科書会社の民間が利権で結びつきます。場合によれば、これに政治家が入って、現状維持の利権のトライアングルで出来上がります。

 

もちろん、どの国でも、政治に利権は付き物です。アメリカの場合には、回転ドアとよばれるように、政権が交替すると官僚のトップが入れ替わり、民間人が就任します。

 

日本では、電子教科書の普及が遅れているので、文部科学省にも、教科書利権のトライアングルがあると疑う人も出てきています。この場合には、トライアングルの有無を論じても、水掛け論にしかなりませんので、出来るだけ透明性をあげる工夫が必要です。

 

教科書会社は株式会社ですから、経営の決定権は株主が持っています。経営陣は、「利権にたよって紙の教科書を売り続けるか、電子教科書に切り替えるか」の選択をすることができます。切り替えに失敗すれば、企業は倒産してしまいます。

 

典型的な例は、コダックとフジフィルムです。コダックは、フィルムの特許によって優良企業になりましたが、デジタルカメラへの切り替えに失敗して倒産してなくなりました。一方のフジフィルムは、フィルムから他産業への切り替えを行って、生き延びています。

 

工業社会学型企業の利権(コダックの場合には特許)にこだわって、デジタル社会型企業に組み替えられずに、企業が倒産することをここでは、コダック病と呼ぶことにします。

 

株主は、「利権は直ぐになくならないにしても、経営陣は、コダック病になるほど馬鹿ではないだろう」と思っているでしょう。もしも、経営陣がそこまで馬鹿なことが分かれば、株主は株を売って、企業を乗り換えますので、企業はつぶれてしまいます。

 

これは、日本政府についても同じで、国民は、政府のDXが遅れているのは、事実であるとしても、DXが遅れて日本が先進国から脱落するような政策をとるほど、官僚と政治家は馬鹿ではないだろうと思っているはずです。もしも、官僚と政治家がそこまで馬鹿だと分かれば、ロシアと同じように、富裕層や優秀な人材は、国外に流出してしまいます。

 

これは、アルバート・O・ハーシュマンが、1975年に「組織社会の論理構造ー退出・告発・ロイヤルティ」で論じている古典的な問題です。

 

台湾では、オードリー・タン氏のようなIT人材が活躍していますが、日本では、IT人材は能力に見合って働く場がないので、アメリカに流出しています。

 

ハーシュマンの区分で言えば、かなり末期的なステージに到達しています。

 

日本企業と日本政府がコダック病になっていないという信念は揺らぎだしています。

 

3)日銀の異次元緩和

 

2022年11月3日のダイヤモンドオンラインで、野口悠紀雄氏は、「日銀の異次元緩和の本当の目的は低金利と円安 」ではないかと論じています。

 

3-1)日銀の総裁

 

現在の日銀の総裁は、財務省天下りです。

 

日本銀行は、日本国政府から独立した法人とされ、資本金は1億円(100万口)で、そのうち日本政府が55%の約5500万円を出資し、残り45%にあたる約4500万円を日本政府以外の者が出資しています。株式会社における株主総会にあたる、出資者で構成される機関は存在せず、出資者は経営に関与することはできず、役員選任権等の共益権は存在しません。

 

総裁、副総裁、審議委員は、衆参両議院の同意を得て内閣が任命します(いわゆる国会同意人事)。

 

ですから、総裁は天下りですが、これは、与党の承認の上です。2022年の現総裁は、旧安倍政権の肝いりと言われています。 

 

アメリカの企業では、ビジネススクール出身のCEOが高給をとっています。

 

これに対して、強欲資本主義キャンペーンを張っているマスコミもありますが、株式会社は、株主の利益を最大化します。日本の株式会社も株主の利益を最大化するのであれば、アメリカのビジネススクール出身者をCEOに任命すべきです。それができておらず、企業経営者の能力の低い年功順の日本人の年寄をCEOに任命していることは、株主利益を無視していることになります。強欲資本主義キャンペーンは、株主利益の無視をカモフラージュするためと思われます。

 

ビジネススクール出身のCEOは高給をとっていますが、それに見合うだけの成果をあげています。

 

日銀の総裁は当初2年で2%のインフレにするといいましたが、9年たっても達成できていません。最近は2%のインフレになりそうですが、この原因は、資源高で、話がちがうと思われます。アメリカの企業のCEOは高給取りですが、目標を達成できなければ、即座に株主総会で首になります。

 

日銀の総裁は国会で与党が指名しますが、与党は選挙で国民に選ばれていますので、この人事は間接的には、国民が信任していることになります。これは、アメリカ人にとっては、信じがたい状況と思われます。



3-2)FRBの議長

 

比較のために、アメリカのFRB連邦準備制度理事会連邦議会)の制度をみます。

 

FRB議長は、大統領に対して、政府機関中最も強い独立性を有する一方で、世界経済に対する影響力は絶大であるため、「アメリカ合衆国において大統領に次ぐ権力者」と多くの人々に考えられています。

 

FRBは政府機関ですが、政権から予算の割り当てや人事の干渉を受けません。

 

14年任期の理事7人によって構成され、理事の中から議長・副議長が4年の任期で任命されます。議長・副議長・理事は大統領が上院の助言と同意に基づいて任命します。理事には、共和党民主党の支持者が混ざっています。

 

金融政策の独立性については発足当時政府の影響を強く受けたとされます。戦後、ブレトンウッズ体制がスタートした時に、FRB財務省が協定を締結し、金融政策の独自性を持つようになっています。

 

つまり、財務省のOBが、FRBの理事や議長になることはありえません。 

 

3-3)天下りの問題点

 

天下りは、旧体制である工業社会学型を温存することで成立します。デジタル社会型企業になってしまうと、企業には天下りを受け入れるメリットはなくなりますので、天下りポストはなくなります。

 

天下りを成立させるもうひとつの条件は、年功型雇用で、給与は、実績に関係なくポストで支払われるルールです。このルールがないと、官僚は天下っても、給与が安くてうまみが減ります。

 

さて、ここからが本題です。

 

前述のように、野口悠紀雄氏は、「日銀の異次元緩和の本当の目的は低金利と円安 」ではないかと論じています。

 

野口悠紀雄氏の表現は控え目です。以下は、筆者の解釈で、野口悠紀雄氏は書いていません。

 

「低金利と円安」は、いうまでもなく、工業社会学型企業を温存して、天下り先を確保する政策です。

 

実際に大企業は空前の黒字をあげています。

 

しかし、これを続ければ、デジタル社会型企業は育たず、日本は、DXが進まず、労働生産性が上がらず、発展途上国に後戻りします。



過去に、日本の労働生産性が上がった時期は、1ドルが360円から120円まで、円高になった時期です。

 

「低金利と円安」で、工業社会学型企業を温存すれば、コダック病にかかってしまいます。

 

資本主義では、こうなる前に株主がものをいいます。

 

過去に外資が、日本企業を買収しようとした時に、強欲資本主義キャンペーンをはって、外資による買収を阻止した官庁もありました。これは、コダック病を推進します。

 

強欲資本主義の外資が撤退した後、日本の株主はコダック病に対してものをいっているでしょうか。

 

2022年10月5日の ニューズウィークに、加谷珪一氏は、「上場企業の多くが日銀や公的年金筆頭株主という株式市場の異常事態が続いている。(中略)債券市場では日銀が一定以上に金利が上がらないよう無制限に国債を買い取る指し値オペを実施しているため、本当の金利が何%なのか誰にも分からない」といっています。

 

つまり、日銀がものをいう株主を封印して自ら筆頭株主になり、コダック病を蔓延させている図式になります。

 

加谷珪一氏は、株式と債券の2つの市場が機能しないことは、「異次元緩和の副作用」といっています。

 

つまり、加谷珪一氏は、日銀が、コダック病を目指すはずがないという立場をとっています。

 

しかし、野口悠紀雄氏の「日銀の異次元緩和の本当の目的は低金利と円安 」という解釈を拡張すれば、日銀は、日本の経済成長を犠牲にして、コダック病を温存させ、天下り先を確保する政策を選択していることになります。

 

株式と債券の2つの市場が機能しないことは、「異次元緩和の副作用」ではなく、日銀の本来の目的とする政策と解釈できるわけです。

 

つまり、日銀の活動の目的が中央銀行の役割とは別のところにあったと仮定すれば、過去9年の日銀の活動には、ほぼ満点の成績をつけることができます。

 

4)政府の政策選択

 

英国では、3つの市場が機能していますので、トラス政権は、市場によって退陣に追い込まれました。

 

トラス政権は、政権につく前に経済政策を発表して、党内の支持のもとに首相になっています。首相になってから経済政策を決めた訳ではありませんので、政策のタイトルが中身より優先するドキュメンタリズムにはなっていません。

 

一方、岸田首相は多くの諸問題について「検討する」や「ていねいに説明を尽くす」と答弁して、ネット上では「検討しかしない検討使」と揶揄されているようです。

 

これは、タイトルが先で、内容が後にくるドキュメンタリズムの例です。英国では、タイトルだけで、政策を明示せずに、首相に選ばれることはありません。

 

つまり、岸田氏の個人の資質問題ではなく、タイトルだけで、政策の中身が決まっていないのに首相が選出されるというルールに問題があると思われます。

 

もっといえば、政策を提示しないで、議会選挙に当選できること自体が異常と考えられます。

 

財政政策で、金融緩和し、補助金を動かせば、利権が生じます。補助金の配分のための費用は利権になります。問題解決より利権を優先すれば、財政赤字は増え、年金が切り下げられるだけです。

 

予算が、利権がらみでないかは、データサイエンスで、判別可能です。予算の効果を図るエビデンスの計測とデータベース化、情報公開が予算本体に組み込まれていれば、利権化するリスクは低いです。逆に、エビデンスの計測が組み込まれていない場合には、予算の実体がわかるとまずい構図になっていると考えられます。

 

政策のタイトルは、問題解決のために必要なのでなく、利権を生む補助金を動かすために必要なのです。

 

現状は、産業構造政策にはまったく手がついていませんので、コダック病に突き進んでいることになります。

 

2022年10月05日のニューズウィークで、加谷珪一氏は、「財政政策に日本を成長させる力など最初からない。やはり、我々はみな死んでしまう 」といっています。これは、「#自民党に殺される」に、似た表現です。

 

以上のように、「#自民党に殺される」は、岸田首相個人にフォーカスしすぎている傾向がありますが、コダック病を考えると、大きく本質を外してはいないと考えられます。

 

ただし、問題は、首相が交代すれば解決する訳ではありません。

 

コダック病がなおらないかぎり、誰が首相になっても、日本が、発展途上国に転落することは必須です。



引用文献

 

GDP per capita, current prices  2022年11月6日https://www.imf.org/external/datamapper/NGDPDPC@WEO/OEMDC/ADVEC/WEOWORLD

 

日銀の異次元緩和「本当の目的」は物価でなく低金利と円安 2022/11/03 ダイヤモンドオンライン 野口悠紀雄

https://diamond.jp/articles/-/312287

 

トリプル安の英経済より危険...「危機的状況」すら反映できない日本市場のマヒ状態 2022/10/05 ニューズウィーク 加谷珪一

https://www.newsweekjapan.jp/kaya/2022/10/post-204_1.php

 

やはり「我々はみな死んでしまう」...財政政策に日本を成長させる力など最初からない 2022/10/05 ニューズウィーク 加谷珪一

https://www.newsweekjapan.jp/kaya/2022/09/post-201.php