レジームシフトの認知バイアス~経験科学の終わり

 

(レジームシフトのビジョンが、デジタル社会への対応の鍵です)

0)前回の補足

 

野口 悠紀雄氏は、為替レートは、人為的な介入をしなければ、購買力平価に収束するとして、参考値に、OECD購買力平価(2021年、1ドル=100.4円)をあげています。

つまり政策的な介入は、中期的には、持続可能ではないと考えています。

 

2022年10月の円安は、日銀の人的な金融政策によるバイアスを持っているので、バイアスがなくなれば、購買力平価に収束します。これは、日銀が利上げをした場合です。どこまで、金利をあげても、日銀が国債の利払いができるかわかりませんが、日銀が国債の利払いのために金利の調整ができないのは、中央銀行の本務を逸脱していますので、かならず、平常に戻ると考えます。

 

加谷 珪一氏は、為替レートの目安として、「ユニット・レーバー・コスト(ULC)」があるといいます。ULCは、生産を1単位増加させるために必要な追加労働コストを指します。仮に1ドル=150円程度まで円安が進むと、中国のULCは日本の1.2倍となります。過去の経験則から、ULCの差が1.2倍以上に拡大すると、企業の生産が国内に戻り、輸出が増加し、実需での円買いも復活するので、円安が止まると考えています。

つまり、1ドル=150円が目安です。

 

一方、次に述べるような人材や産業構造の劣化を止められない場合には、中期的には購買力平価は下がり続け、ULCは上がり続けるでしょう。

 

 

引用文献

 

外貨預金に走る人への警告・将来円高になって元本を失う危険がある 2022/10/30 現代ビジネス 野口 悠紀雄 https://gendai.media/articles/-/101444?imp=0

 

1)科学と社会の対応

 

20世紀は、科学の世紀でした。科学によって工業が発達して、工業が富を生産するようになりました。モノづくり社会の到来です。

 

統計を見ると、工業化のプロセスは、1945年以降の石油を使った工業化によって加速し、世界経済の中心は、英国(英連邦)からアメリカに移りました。

 

1959年、イギリスの著作家C.P.スノーは「二つの文化と科学革命」というタイトルで、講演を行い、科学革命という現実を踏まえて、文系知識人が科学技術に対する基本的な認識と理解をもつよう努力すべきではないかと主張しました。

 

これは、1959年において、高等教育が今だ、科学に基づく工業化社会に対応していないという批判です。

 

スノーは、第1のパラダイムの経験科学と第2のパラダイムの理論科学のギャップを問題にしています。

 

1992年の「国連環境開発会議(地球サミット)」において、地球温暖化問題が世界的な問題になりました。

 

地球温暖化問題は、第3のパラダイムの計算科学の成果に、国際社会が対応すべきであるというメッセージです。しかし、30年経っても、計算科学の成果に、社会システムがうまく対応できているとはいえません。

 

2009年に第4のパラダイムであるデータサイエンスが、実用化のレベルに到達しました。

 

計算科学は、理論科学が工業化による経済的な利益をもたらしたような大きな影響を社会経済に与えることはありませんでした。

 

しかし、データサイエンスは、劇的な労働生産性の向上を生み出し、工業社会から、デジタル社会への急速なレジームシフトを生じさせています。

 

DXに対応できた企業は、労働生産性が1桁あがり、給与は10倍になります。

 

逆に言えば、労働生産性を計測することで、企業がDXに対応できたかを判断することが可能です。これは、論理的には、DX以外の原因を無視していますが、DX以外の原因で、労働生産性が劇的に上がるとは思えませんので、実用上は問題のない判定基準です。

 

DXは、過去に例がありません。この点で、DXはビジョンドリブンです。ビジョンがあれば、DXは進められます。ビジョンがあっても失敗することはあります。しかし、ビジョンなしに、DXのブループリントをつくることはできません。

 

いうまでもなく、ブループリントの作成には、第4のパラダイムのデータサイエンスの知識が必要です。

 

いったい誰が、DXのビジョンとブループリントをつくることができるかが、根源的な課題です。

 

ここをクリアしないと、デジタル社会へのレジームシフトはスタートしません。

 

2)DXの認知バイアス

 

2022年10月29日に、岸田首相は、28日にとりまとめた経済対策の説明をしました。その中で、リスキリングとDXによる産業構造の変革をすすめることを述べています。

岸田首相は10月4日、政権発足時から政務秘書官に付いていた山本高義氏に代わり長男の翔太郎氏(31)を登用する人事を公表しました。

この人事について、隣の中国では、封建制度であると批判しています。

岸田氏の頭の中に、デジタル社会へのレジームシフトのビジョンがあれば、ご子息を政務秘書官にすることは考えられません。なぜなら、デジタル社会の政治家の姿は、工業社会とは大きく異なっているからです。今のように、政務秘書官になることが政治家の登竜門である時代が今後も続くことはありません。

2022年10月に、英国の新しい首相にスナク氏が就任しました。スナク氏は、政治家になって7年で首相になっています。リスキリングを受け入れる社会では、日本の政治家もいつまでも、年功序列が続くことはあり得ませんので、英国のようになると思われます。

一方、岸田氏の頭の中には、年功型雇用が継続し、政務秘書官になることが政治家の登竜門である時代が今後も続くというビジョンがあると思われます。

ここでは、岸田氏の政策や政務秘書官の任命を批判している訳ではありません。

岸田氏には、経験科学のパラダイムの中でしか問題を考えられない認知バイアスがある可能性を否定できないという点を指摘しています。

文部科学省はデジタル教科書の導入を進めていますが、基本は紙の代替で、紙との併存です。文部科学省は、教科書関連の会社や組織に天下りポストを持っていて、利権の維持に熱心なのかも知れません。

このような天下り利権は、どの省庁も持っています。

筆者の個人的な意見は、シンガポールのように、優秀な人には、億単位の給与を払う代わりに、天下りをやめることです。株主がモノを言えば、シェルのように、企業が、天下りの受け入れ意を拒否している例もあります。

しかし、ここでは、筆者は、天下りを批判するつもりはありません。

デジタル社会にレジームシフトするためには、利権をデジタル社会に合うように再構築する必要があります。

これができないと、日本は、DXに取り残されて、後進国になってしまいます。

利権の分母の企業の利益が減ってしまえば、取り分は減ってしまいます。

官僚も、問題は、利権の再構築だと理解しているはずです。

しかし、どの省庁も、ビジョンを描けていません。

年功型人事で、情報が、組織内の情報に偏っていること、経験科学のパラダイムでしかモノを考えられないことが原因で、認知バイアスがあり、官僚は、DXに対応したビジョンを描けなくなっている可能性があります。

認知バイアスがある場合には、議論はできませんし、説得も不可能です。