(経験科学をデータサイエンスから眺めます)
1)経験科学の見え方
今まで、同じ問題の解決について、経験科学とデータサイエンスの2つのアプローチの比較をしてきました。
ここでは、経験科学の問題解決方法が、データサイエンスから、どのように見えるかを考えます。
2)ノイズモデル
データサイエンスでは、実現した(観測された)値は、真の値に、ノイズが乗ったものであると考えます。
実測値=真の値+ノイズ
一番簡単なノイズはホワイトノイズです。
2-1)GoToトラベルのノイズ
GoToトラベルのような旅行補助金がつくと需要が一時的に増加します。
しかし、この需要増は、需要の先食いをしている可能性があります。
旅行代金の売り上げが伸びますが、これが、ネットの実需だとは誰も考えません。
補助金がなくなれば、需要が減少することは目に見えています。
したがって、旅行代金の売り上げが伸びたからといって、旅館を建て増す経営者はいません。
経営者の頭の中には、旅行補助金の影響を取り除いたネットの旅行需要があります。
旅行補助金の影響は、経営者にとっては、ノイズ(系統的なノイズ)で、これを取り除いて経営戦略をたてなければ、失敗します。
つまり、経営には、実測値ではなく、真の値を用いるべきだと考えます。
2-2)金融緩和のノイズ
日銀は、10年間金融緩和を続けました。
金融緩和をすれば、資金調達は容易になります。
日本国内は、少子化、高齢化で、今後の需要増が見込めないので、国内市場向けに、新たに設備投資はしません。
海外市場で、日本で作った製品は、現地生産に比べコスト高になるので、工場の海外移転を進めてきました。したがって、海外市場向けに、国内に設備投資をする理由もありません。
日本に、無人のロボット工場をつくることで、現地生産に比べコスト安にできるというシナリオもありましたが、実現できている企業はわずかで例外です。
そもそもロボット工場でよければ、地代とエネルギーコストの安く、治安のよい場所であれば、立地を日本国内に限る必要はありません。
2022年には、極端な円安になり、日本の製品の製造コストが、現地生産に比べコスト安になっていますが、これが定着するかは不明です。
すくなくとも、2021年までは、国内に設備投資をする積極的な理由はありませんでした。
物流センターは設備投資の数少ない例外ですが、これば、実店舗とのトレードオフになっています。
2022年は、極端な円安になり、史上空前の黒字を出している企業もあります。
しかし、この黒字も、旅行補助金と同じように、円安がなくなると消えてしまいます。
つまり、企業経営にとっては、取り除いて考えるべきノイズと思われます。
実は、金融緩和政策自体が、ノイズを生み出している可能性があります。
企業経営にとって、永久に続くわけではない金融緩和や円安の影響(ノイズ)を取り除いたネットの利益をださないと経営判断ができません。
しかし、ノイズを取り除いても、金融緩和の効果があったのか、検討されているように思えません。
2-3)朝鮮戦争
1990年まで、日本経済は、世界貿易で大きな黒字を出し、経済成長を続けてきました。
こうした場合、経験科学では、1990年までの成功事例を調べて、真似をします。
前例主義は、その典型です。
加谷珪一氏は、朝鮮特需によって1951年の名目GDPの成長率は前年比プラス38%であったことを例にあげ、日本経済の成功は、朝鮮戦争と中国の閉鎖(鎖国)政策の影響が大きかったと分析しています。
つまり、朝鮮戦争と中国の閉鎖(鎖国)政策は、日本経済に対する系統的なノイズであって、日本経済の実力は、その系統ノイズの影響を取り除いてみなければ、わからないと分析しています。
加谷珪一氏の主張は、ノイズを分離した真の値を問題にするデータサイエンティストのアプローチです。
ノイズを分離すると、1990年までの日本経済の実力は、決して高いとは言えないだろうというのが、加谷珪一氏の見立てです。
実は、ノイズを取り除いたネットの経済指標の推定は、データサイエンスのスタートです。
しかし、現状は、金融政策だけでなく、財政赤字など多くの指標に問題があることが知られています。
例えば、東洋経済に投稿しているリチャード・カッツ氏は、日本の経済指標はバイアスが大きいと主張しています。
筆者には、カッツ氏の主張の是非を判断するだけの力はありませんが、ノイズを取り除いたネットの経済指標の推定がなされていませんので、現在の政府の経済政策は、経験科学に基づくものであって、データサイエンスに基づくものではないと判断しています。
3)歴史の再構築
写真1は、茨城県阿見町の予科練平和記念館に展示されている実寸大模型の回天(かいてん)です。回天は、太平洋戦争で大日本帝国海軍が開発した人間魚雷で、日本軍初の特攻兵器です。
特攻は人道的に問題のあった作成です。
回天の展示には、特攻を繰り返さないようにという願いが込められています。
ここで問題にするのは、人道主義ではなく、特攻作戦の評価です。
回天は、作戦海域まで、母艦の伊号潜水艦で運ばれました。潜水艦は潜れば潜るほど爆雷に対して強くなりますが、回天の最大耐圧深度が80メートルであったため、母艦の伊号潜水艦も80メートル以深には、潜れず、敵に発見された場合に、脆弱になりました。
その結果、出撃した潜水艦16隻(のべ32回)のうち8隻が撃沈されました。
つまり、人道主義を別にしても、回天作成は、母艦の伊号潜水艦のリスクを考えれば、割に合わない不合理な作戦でした。
経験科学者やヒストリアンは、回天と母艦の伊号潜水艦を含む回天作戦が行われたという過去の事実に注目します。
しかし、それだけでは、人道主義に反する不合理な作戦の再発を防ぐことはできません。
母艦の伊号潜水艦のリスクという資材の合理的な投入という評価で、回天作戦は、中止できたことがわかります。
もちろん、作戦を開始するまでは、伊号潜水艦のリスクといったデータは、シミュレーションによってしか得られません。しかし、作戦開始後、エビデンスとしての伊号潜水艦の撃沈のデータがリアルタイムで評価されていれば、恐らく、伊号潜水艦が、2隻撃沈された時点で、回天作戦は中止になっていたはずです。
回天作戦は、被害に見合うだけの効果がないにもかかわらず、終戦まで続けられました。
エビデンスに基づく、作成(政策)決定がなされないと、これからも、第2、第3の回天作戦が繰り返されます。
回天のもうひとつの教訓は、歴史や経験は、間違いを繰り返さないためには、どこかに、「作戦中断のメカニズムを入れる」というように再構築される必要があるということです。
加谷珪一氏の言うように、日本の高度成長が、朝鮮戦争と中国の閉鎖(鎖国)政策はという
ノイズに支えられたものであったとすれば、ノイズを取り除くと、企業経営や経済政策は、かなり危ういものであった可能性が高くなります。
その場合には、過去の企業経営や経済政策は、多くの間違いを含んでいますので、歴史の再構築をしないと、間違いを繰り返すことになります。1990年以降には、系統ノイズであった朝鮮戦争と中国の閉鎖(鎖国)政策はなくなっていますので、企業経営や経済政策の間違いは、ノイズに消されることなく、直ぐに表面化してきます。これが、現状であると考えると、納得のいくケースも多くあります。
4)補足:カーネマン氏のノイズ
ノイズと書くと、カーネマン氏のベストセラー「ノイズ」を連想する人も多いと思われます。カーネマン氏は、「実測値=真の値+バイアス+ノイズ」にわけていますので、本書での取り扱いとは異なります。本書では、バイアスは、系統的なノイズとして扱っています。
引用文献
高度経済成長は「日本人の努力の賜物」ではなく「幸運な偶然」だったと認めよう 2022/09/06 Newsweek 加谷珪一