(日本経済が停滞する原因のかなりの部分は、幹部の労働生産性で説明できます)
1)幹部の労働生産性
1-1)労働者の労働生産性
ウィキペディアの「科学的管理法」をみると、労働者の労働生産性に関連する概念が見られます。
<===
背景
当時(20世紀初頭まで)のアメリカの経営や労使関係は、いくつかの問題を抱えていた。経営者の側には、経験や習慣などに基づいたその場しのぎ的な「成り行き経営」が一般的であって、統一的で一貫した管理がなされておらず、労働者にその皺寄せが回ることがあるなどの問題を抱えていた。また、生産現場では、内部請負制が、非効率な生産や組織的怠業が蔓延するなどの問題を引き起こしていた。つまり、労働者側は賃金や管理面において、経営者側は生産が適正に行われているかという面で、相互に不信感を抱いているような状況であった。
テイラーは、管理についての客観的な基準を作る事で、こうした状況を打破して労使協調体制を構築し、その結果として生産性の増強や、労働者の賃金の上昇に繋がって、労使が共存共栄できると考えた。こうして科学的管理法が考え出されたのである。
概説
テイラーの主張した科学的管理法の原理は、
課業管理
作業の標準化
作業管理のために最適な組織形態
の3つである。
===>
課業の設定で、テイラーは、一日に作業完了な仕事量をノルマとして設定するという概念を導入し、ノルマを達成した者には、割り増し賃金を支払い、未達成の場合には、最低賃金を支払うルールをかんがえました。
課業を客観的に設定するため、作業工程を細分化し、各動作にかかる時間をストップウォッチで計測し、標準的な時間を割り出す、「時間研究」という技法を考案しています。(注1)
労働生産性の具体的な数字の歴史的な展開は不明ですが、恐らくは、「時間研究」があたりがスタートと思われます。
1-2)幹部の給与
労働者の給与が、出来高払いであれば、それは、労働生産性に比例していることになります。
一方、幹部の給与はどうして決まるのでしょうか。
その要素は、次の2つだと思います。
(1)能力
労働生産性の高いプログラマーと労働生産性の低いプログラマーの生産性を比較しています。
ここでは、課題を与えてコードを作成したのですが、評価基準は次です。
(1-1)プログラムが完成するまでの時間
(1-2)完成したプログラムのサイズ(小さいほうがベター)
(1-3)完成したプログラムの実行時間(小さい方がベター)
通常の労働生産性は、(1-1)ですが、(1-2)と(1-3)があるのが、IT業界の特殊性です。
この3つには、正の相関があります。
つまり、IT業界では、(1-1)で測定された差以上に、給与の差をつけるべき理由があります。
さて、以上の研究は、プログラムが組める労働者を対象にしていました。
プログラムが組めない労働者は、比較に参加できません。このような「プログラムが組める」ような差は、能力であって、能力のある人には、ない人とは別の給与体系が適用されます。
能力の例には、「英語ができる」、「数値計算ができる」、「機械学習のプログラムができる」などがあります。
「プログラムができる」人と「プログラムができない」人の差は明確ですが、「英語ができる」人と「英語ができない」人の差は、曖昧です。精度はともかく、自動翻訳でも、まったく出来ないレベルよりはかなり上のレベルで英語ができます。
医師と弁護士は、法律で、「能力」を「資格」として規定していますが、これは、能力が変動する場合には、問題を引き起こします。
例えば、医療には、医師の他に、看護師、検査技師、薬剤師などの部分的な能力を持った人が参加してチームを作って治療します。資格としての医師と看護師は不連続ですが、部分的能力については、連続していて、場合によっては、看護師の方が、上達しています。今後、DXが医療に浸透していくにつれて、こうした部分的な逆転は頻発するようになります。たとえば、看護師は医師の指示を受けて治療をすることができます。これには、治療の技術は看護師の方が、医師より高いかもしれないが、治療法の選択をする能力は医師が高いという前提があります。しかし、治療法の選択をする能力が医師が高いAIは既に出来ています。自動車の自動運転は事故を起こしますが、それでも、改良を進めれば人間のドライバーよりも事故の確率を下げることは可能だと考えられています。治療法の選択をするAIも、誤診はしますが、医師よりも誤診率を下げることは可能です。
このように、「能力」は、「資格」で規定されている場合もありますが、能力の希少性、あるいは、AIなどの機械代替性の変化によって、「資格」は能力の実態に合わせて改訂されていきます。(注2)
(2)労働生産性
プログラマーの労働生産性を参考にすれば、幹部についても労働生産性を考えることができます。
(2-1)時間価値
時間価値とは、経営判断をするまでに要する時間を指します。
たとえば、政府は、デジタル関係の組織のトップに、ITの非専門家を任命することがあります。この場合、トップは、自力では経営判断できませんので、部下の説明を聞いて判断することになります。
部下の説明を聞くことは、悪いことではありませんが、問題は、経営判断に要する時間です。IT関係の専門用語の説明を受けていたら、判断するまでに時間がかかります。IT関係の経営では、経営判断をするまでの時間が決定的な価値を持ちます。判断が遅れ、着手が遅れたら、その遅れを取り戻すことは、不可能です。
米国の大手ITのトップには技術系の人間が、技術系ではなくとも、技術動向に詳しい人がついています。
トップが、技術に詳しくなくて、部下と合わせて1人前であれば、労働生産性は、技術に詳しいトップの場合の半分であり、意思決定にかかる時間は2倍になります。これで、生き残れる企業は少ないでしょう。
2022/07/15のPresident onlineで、窪田 順生氏は、KDDIの通信事故に対する会社説明に関連して次のようなネットの評判を紹介しています。(注3)
<===
巨大企業のトップであるにもかかわらず、社長をはじめとした幹部社員が技術を把握してスラスラと解説できるということが、技術者を中心に称賛されていて、「こんな優秀なトップが仕切っている会社ならばおかしなことをしないだろ」とKDDIのイメージまで上がっている。
===>
これは、現在の日本企業の幹部の労働生産性の低さを示しています。
(2-2)経営判断の妥当性
幹部の経営判断が妥当であれば、企業の利益が増えます。株価も上昇します。
幹部の給与が、企業の利益の一定比率を分配する方式であれば、幹部は、適切な経営判断の比率を上げるように努力しているので、労働生産性があがります。
これが、当たり前でない世界は想像しにくいかもしれませんが、年功型雇用を採用している企業では、多く見られます。「幹部の給与が、企業の利益の一定比率を分配する方式」の企業は少なく、ポストに合わせて、一定額の給与を設定している企業も多くあります。その場合には、経営判断の妥当性は問われていません。
年功型雇用を採用している企業では、個人が労働生産性を上げても、それは、労働生産性が上がらなかった個人と抱き合わせで、賞与に反映されるだけです。ジョブ型雇用をしない限り、経営判断の妥当性が幹部の給与に反映されることはありません。
「経営判断の妥当性が幹部の給与に反映されない」ことは、およそ株式会社では考えられないルールです。そのことが、株主に知られれば、株主は、逃げ出してしまうでしょう。そこで、ここには、トリックがあります。「経営判断の妥当性がわかるようなデータは計測しない。経営判断の妥当性は評価しない」というルールです。
なぜなら、これをしてしまうと、年功型雇用が維持できなくなるからです。レイオフは不可避になります。
筆者は、日本企業で、DXが進まない理由は、経営から、科学をを追放するアンシャンレジュームであると主張しますが、アンシャンレジュームとは、言い換えれば、「経営判断の妥当性がわかるようなデータは計測しない。経営判断の妥当性は評価しない」というルールを意味します。
アンシャンレジームになってしまうと、DXを進めるためのデータがありませんので、DXは進められなくなります。企業組織は硬直化して、労働生産性は、全く、向上しなくなります。
(2-3)まとめ
以上のように、企業の幹部に労働生産性の概念を拡張することで、日本経済が停滞する原因のかなりの部分は、説明できると思われます。
注1:
テイラーの問題解決法には、使える部分と使えない部分があります。
しかし、何が問題であるかという視点で見れば、テイラーの問題提起にまともに対処していない日本企業も多いです。
注2:
何が「能力」かという問題は、大学で、何を専門知識として、教えるべきかという問題と密接に繋がっていますが、大学では、能力の見直し(学科の再編成)は、まったく進んでいません。
また、IT人材が不足するという話も、「能力」をまともに、検討していませんので、全く意味がありません。
注3:
窪田 順生氏は、ネットの評判とは異なり、社長をはじめとした幹部社員は、技術に詳しいと主張していますが、日本企業が、「経営判断をするまでに要する時間」は非常に大きいので、エビデンスから見る限り、ネットの評判が正しいと考えます。
なお、官庁の作成する経済対策が全く当たらないのは、作成者は、年功型雇用で、「経営判断の妥当性」のトレーニングをうけていませんので、自明の結果です。
引用文献
なぜ日本の大企業はKDDIのような記者会見ができないのか…「社長の能力の優劣」ではない本当の理由 2022/07/15 President online 窪田 順生
https://president.jp/articles/-/59552