PDCAの課題~2030年のヒストリアンとビジョナリスト

(ジョブマーケットがないと、PDCAが回らず、同じ間違いが繰り返される無限ループに落ち込みます)

 

変わらない30年問題の原因究明と対策が本書のメインテーマです。

 

この現象は、業績の悪い特定の企業だけの問題ではなく、過半数よりも多くの企業に共通して発生しています。

 

新聞では、「A企業の業績はが過去最高」という記事がでることがあります。あるいは、「前年比で大きな増益になった。原因は、B」という記事が出ることもあります。

 

例えば、日本経済新聞によれば、キャノンの2021年12月期の連結決算(米国会計基準)は、純利益が前の期比2.6倍の2147億円と新型コロナウイルスの感染拡大前の水準に回復しています。不振が続いていたデジタルカメラの収益回復が大きいですが、半導体製造装置の伸びも効いています。

 

半導体露光装置や監視カメラの伸びを想定すると、キヤノンの2022年12月期の連結純利益(米国会計基準)が前期比で約2割増の2500億円前後になる見通しで、従来予想を約50億円上回っています。

 

キヤノンは、日本の電機メーカーの中では、デジタルカメラのように例外的にブランド力と価格競争力を持っている優良企業です。電機メーカーは、液晶テレビにみるように、価格競争力も、ブランド力がなくなって、市場から撤退した事例が多くあります。

 

本書のテーマで考えると市場から撤退した事例では、PDCAが機能していなかったのではないかという疑問があります。

 

今回は、この点を考えます。

 

1)キャノンの例

 

最初に、キャノンの半導体製造装置の市場を考えます。

 

なお、日本企業の半導体製造装置については、別の機会に論じます。

 

2021年度に、キャノンの半導体製造装置の売り上げが伸びました。

 

ここでの課題は、「この売上はPDCAに使えるデータではないのではないか」という疑問です。

 

2021年には、世界の産業界は、IC不足に悩まされ、トヨタも生産を減らしています。

 

2021/04/26のロイターは、その頃のキャノンの担当者の話を伝えています。

 

「現在の受注状況、今までにないぐらいの数量」

「過去に経験したことがないというとオーバーだが、市場は非常に力強い反応」

「十分に製造装置を供給できるか不安なぐらい、受注が膨らんでいる」

 

これは、どうみてもバブルです。

 

また、2022/04のキャノンの期初の想定為替レートは1ドル=112円です。キャノンは、輸出比率が高く、ドルに対する1円の円安は40億円の営業増益要因とされています。ただし、これは、全部門の平均です。キヤノンは、ブランドイメージと品質管理の面で、デジタルカメラの国内生産比率をあげていますので、製造業としては、例外的に、円安のメリットをうけます。御手洗冨士夫会長も、円安は業績に「非常に大きなプラスとなっている」と述べています。

           

 

半導体露光装置は、1995年頃までは、ニコンキヤノンの日本製が世界の7割のシェアを占めていました。湯之上隆氏らによると2020年頃のデータでは、2社のシェアは11%で、89%をオランダのASMLが占めています。

 

つまり、日本製の半導体露光装置の売り上げが伸びることは、日本にとって望ましいことですが、国際比較をすれば、多少の売り上げの増加では、業績回復が十分とは言えません。

 

2)PDCAの疑問

 

 売り上げが増加している局面でも、手放しに業績回復とは言えない場合があるという視点を提示しました。つまり、PDCAにおいては、評価項目と評価の方法には、細心の注意を払う必要があります。

 

売り上げが、増加しない、あるいは減少する場合のPDCAはどうなるのでしょうか。PDCAは、経営方針の修正をしていく手順です。つまり、以前の経営方針には、部分的に間違いがあったという前提で使われる手順です。PDCAをまわしても、売り上げが落ち続ける場合があります。それは、基本的な経営方針が間違っていて、部分修正では対応できない場合です。そのような場合には、PDCAで、基本的な経営方針を変える必要があります。

 

言い換えれば、PDCAには、小さなサイクルと大きなサイクルがあって、小さなサイクルでは問題が解決しない場合には、大きなサイクルに遡って対応する必要があります。

 

ここ10年、日本の電機メーカーの世界のシェアは下がり続けています。

ジョブマーケットのある世界の普通の企業では、PDCAを使えば、小さなサイクルは、給与の上下に、大きなサイクルはポストの異動にリンクしているはずです。

ジョブマーケットがある場合、このポストの異動(or移動)は社内に限定されません。

PDCAは、ジョブマーケットのあることを前提としています。日本のような年功型雇用をとらなければ、労働者の企業間の移動はあることが暗黙の前提です。

 

日本では、PDCAにより、業績のエビデンスを人事評価にフィードバックしているのでしょうか。

 

欧米の電機メーカーは、10年続いて業績が悪ければ、その間に、担当部長などのレイオフと入れ替えが進んで、10年前から社内にいた幹部はほぼゼロになっているはずです。実際には、3年も続いて業績が悪ければ、幹部社員は総入れ替えになっているはずで、そうしなければ、株主は納得しないでしょう。

 

日本では、業績が急速に悪化した場合、社長が責任をとって早期退職することはありますが、社長未満の幹部が、レイオフされることは、ほとんどありません。また、法律に触れる不祥事を起こした場合を除けば、左遷されることもまれです。つまり、PDCAの大きなサイクルはまわっていません。

これは、ちょっと考えると不思議な気がします。「事業評価をして問題点があれば、事業のやり方(経営方針)を変更する」これは、PDCAのようにサイクルにする以前に、基本中の基本の企業経営の進め方です。PDCAの小さなサイクルに相当する部分は機能していると思われますが、PDCAの大きなサイクルに相当する部分は機能していないように思われます。

これが正しければ、変わらない30年問題は、起こるべくして起こっていることになります。

問題を整理しなおしてみます。

日本には、ジョブマーケットがありません。その結果、レイオフされることは、生活苦に繋がります。日本の年功型雇用は、賃金より、雇用を優先すると言われますが、これは、ジョブマーケットがないために、再就職が困難なためです。企業が、失業保険の一部を肩代わりしています。その結果、法律に触れるような不祥事を起こさない限り、レイオフされないルールになっています。つまり、基本的には、業績を悪化させても、責任をとって、レイオフされることはありません。

さて、「業績を悪化させても、責任をとらない」ルールをどの程度採用するか、レイオフはしないにしても、左遷人事をどの程度発令するかは、各企業の企業文化で、一概には言えないと思われます。

このレイオフしないルールがもっとも強く機能している組織は、公務員です。公務員の世界には、売上や、利益といった概念はありません。ジョブマーケットがあれば、公務員の世界でも、政策の評価基準を取り入れて、PDCAを回すことができます。評価基準を取り入れないということは、「業績は気にしないし、責任をとらない」ことを意味します。

ここで、「業績は気にしないし」というのは言い過ぎであると考える人もいると思います。筆者が、「業績は気にしない」というのは、情報が非公開であることを根拠にしています。PDCAを守っているのであれば、政策評価エビデンスに基づく必要があり、政策実行時に、モニタリングがセットで含まれているはずだからです。「事業予算が執行されれば、それとセットで、モニタリングデータが回収されている」これが、PDCAの基本です。

データが公開されていないことから、「業績は気にしない、責任をとらない」システムが公務員の組織マネジメントに組み込まれていることが予想されます。エビデンスに基づかない政策の正当性を担保するルールがあれば、エビデンスや、データは公開は不要になるからです。

公務員の場合には、稟議書がこれに相当します。稟議書は反対者がいなければ通ります。意思決定は、稟議書にハンコを押した人の共同責任になります。稟議書が通っている、あるいは会議でも、反対がいないことを議案承認のルールにすれば同じように、共同責任になります。その結果、個人は責任をとらないので、「業績は気にしなくてよい」ことになります。

業績評価は、本来は、PDCAを回すためのものであり、大きなサイクルでは、レイオフにつながります。ところが、公務員型の組織にPDCAや業績評価を取り入れると、レイオフしないことが最優先になりますので、レイオフしなくてよいように、業績を捏造できる書式が考案されます。また、それ以前に、「業績は気にしなくてよい」ルールですから、評価に使えるエビデンスデータ自体が存在していません。

こうして、PDCAが回らなくなると、同じ間違いが繰り返される無限ループに落ち込みます。

変わらない30年問題は、端的にいえば、この現状を表現した言葉と思われます。

引用文献

 

キヤノン、デジカメ復調で純利益2.6倍 コロナ前回復 2022/01/27 日本経済新聞

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC26D6P0W2A120C2000000/

 

日本製半導体製造装置、4年連続過去最高を更新見通し 2022/04/18 日経テレコン

https://www.nikkei.com/telecom/industry_s/0161

 

キヤノン純利益2割増 22年12月期、半導体装置好調で上方修正 2022/04/20 日本経済新聞

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC195T00Z10C22A4000000/

 

キヤノン---反落、業績上振れ観測報道も上振れ幅は想定より限定的との見方に 2022/04/21 Kabutan

https://kabutan.jp/news/marketnews/?b=n202204210346

 

半導体製造装置と材料、日本のシェアはなぜ高い? ~「日本人特有の気質」が生み出す競争力 2021/12/14 ET times 湯之上隆, 亀和田忠司

https://eetimes.itmedia.co.jp/ee/articles/2112/14/news034.html

 

キヤノンが業績上方修正、御手洗会長「円安が大きなプラス」2022/04/26 ロイター

https://jp.reuters.com/article/canon-outlook-idJPKCN2MI0CW

 

キヤノン、通期利益を上方修正 半導体関連「引く手あまた」2021/04/26 ロイター

https://jp.reuters.com/article/canon-outlook-idJPKBN2CD0KO