2.5 戦争回避とヒストリアン~2030年のヒストリアンとビジョナリスト

(人工物のレンマは、有効です。戦争回避には、ビジョンが必要です)

 

慶応大学の総合政策学部の廣瀬陽子教授は、ウクライナ侵攻に関係して、2022年2月から4月に、専門家として度々テレビに出演しています。

 

廣瀬教授は4月5日、大学公式サイトにある学部長らの連載コンテンツ「おかしら日記」に「研究は戦争を止められないのか」という寄稿をしています。

 

廣瀬教授は「研究は戦争を止められないのか」という問いに対して「残念ながら止められないことは、今回の顛末からも明らかだ」と分析しつつも、「研究が果たせる役割もゼロではないはずだ」と研究の意義を強調しています。



以下に、一部を変更なしで、引用します。



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これらの研究成果に基づけば、ロシアがウクライナに侵攻するはずはなかった。紛争勃発前夜まで、私は「侵攻はない」と自信を持って主張していたのだ。しかし、侵攻は起きてしまった。その時、「私が知っている」ロシアは消滅し、私が構築してきた議論も崩壊した。自分の長年の研究は何だったのだろうか、そして人間は戦争を防げないのか、という絶望的な気持ちに苛まれた。

 

だが、この戦争勃発で、茫然自失となっている社会科学研究者は少なくないらしい。たとえば、相互依存論で平和が維持できるとしていた論者は、相互依存状態が戦争を防がないという現実に衝撃を受けているという。また、核抑止論者は、核は戦争の抑止にならないばかりか、核を持つ好戦国が戦争を起こせば、その核が他国の介入をも抑止してしまうという現実に打ちひしがれているという。このような例は枚挙にいとまがないだろう。

 

それでは研究は戦争を止められないのか...。残念ながら止められないことは、今回の顛末からも明らかだ。

 

しかし、研究に意味がないのか、と言えば、そうではないと思う。研究はあくまでも起きてしまった事象を分析し、どうしたら戦争を抑止できるのか、より早く解決できるのかなどという問いに迫るものであるが、第二次世界大戦後の世界では、それらの研究がさまざまなアプローチからなされ、また、時代の変化に伴って新しい議論も次々に生まれていた。そして、かつての戦争や紛争を分析することで、その反省を次に活かすこともできていたと思うからだ。たとえば、今、ウクライナが大国ロシアに対して善戦しているのは、海外からのサポートに加え、2014年にクリミアを失い、東部の混乱を防げなかったことの反省を徹底的に分析し、その問題を乗り越えたからに他ならない。

 

また、これまでの世界の歴史で節目節目に「パラダイム・シフト」が起きてきた。今まさに「パラダイム・シフト」の時代であるともいえる。新たなパラダイムの研究が求められているのかもしれない。

 

だが、戦争を起こすのは人間だ。全ての人間がそれぞれのバックグラウンドを持ち、それぞれの思考、独自性を持っている。全ての人間の思考、行動を網羅できるような研究が行えるはずもない一方、ウラジーミル・プーチン大統領1人のせいでこのような惨事が起こってしまった現実を受け、今後は1人の人間が歴史を動かすという現実を分析に取り入れてゆく必要が出てくるのかもしれない。承認欲求で歴史は動く、とフランシス・フクヤマが『アイデンティティ』で説いたように、施政者の個性に踏み込んだ分析が必要となりそうだ。

 

研究は戦争を止められない。しかし、研究が果たせる役割もゼロではないはずだ。私の旧ソ連研究は一旦振り出しに戻ったが、また心新たに旧ソ連研究に取り組みたいと思っている。そして、今回の戦争にショックを受けている方々にも、ぜひそれぞれの分野で研究をしていただきたいし、この新しいパラダイムに挑戦できるのは総合政策的アプローチしかないと確信する。研究が世界平和に貢献できる日がくることを祈るばかりだ。

 

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廣瀬教授が、パラダイム・シフトと呼んでいるものは、人工物のレンマに他なりません。

 

プーチン大統領は、七面鳥の飼い主に相当するルールをつくる役割を果たしています。七面鳥の飼い主が、クリスマスが近づくとルールを変えることを「パラダイム・シフト」と呼ぶのは大げさに感じます。

 

問題の中心は、以下の、フレーズです。

「研究はあくまでも起きてしまった事象を分析し、どうしたら戦争を抑止できるのか、より早く解決できるのかなどという問いに迫る」

 

「研究はあくまでも起きてしまった事象を分析し」は、ヒストリアンであることを宣言しています。

 

「どうしたら戦争を抑止できるのか、より早く解決できるのかなどという問いに迫る」

は、ヒストリーの再構築を意味していると思われます。

 

人工物のレンマは、再構築に、帰納法を使うべきでないことを示しています。

 

今回のウクライナ侵攻の大きな問題点は、国連が、戦争回避の機能を果たさなかったことです。これは、ゼレンスキー大統領が繰り返し述べています。

 

つまり、戦争回避には、国連のビジョンを改訂する必要があります。

 

データサイエンスの常識では、「起きてしまった事象を分析し」ても、問題解決のビジョンが出てくるとは考えません。それが可能であれば、4Gを分析できれば、5Gが出来てしまうことになります。データサイエンスの常識では、人工物のレンマは強力なガイドラインで、人工物のデータから帰納して法則を求めるより、5Gの開発のような新しいビジョンの作成に労力の中心を割くべきだと考えます。

 

引用文献

 

「自分の長年の研究は何だったのか」廣瀬陽子教授はウクライナ侵攻を予測できず悔やんだ。それでも研究を続ける理由とは?2020/04/08 HUFPOST 安藤健二

 

https://www.huffingtonpost.jp/entry/hirose-yoko_jp_624eb4e1e4b09817450a9bfc