1.17 ビジョンのヒストリーからのドロップアウト問題~2030年のヒストリアンとビジョナリスト(新17)

(ビジョンのヒストリーをフォローアップすることは、ファクトのヒストリーをフォローアップするより難しく、ドロップアウトしやすいです)



ビジョンのヒストリーでは、ファクトのヒストリーに比べて、ドロップアウトが頻繁に発生します。

これは、ビジョンのヒストリーを理解する、ビジョンの作成能力(システム2)が必要になるためです。

 

例えば、新しい理論は、論文として出版された時点で、ビジョンのヒストリーになります。しかし、難しい理論の場合には、ヒストリーを理解できないドロップアウトが発生します。

 

ビジョンのヒストリーを理解するために必要な資質は、ビジョナリストに要求される、ヒストリーを再構築する能力と共通性があります。

 

例えば、ソフトウェアに実装可能なビジョンは、アルゴリズムで出来ています。これを理解するには、基本的なコーディングのルールとアルゴリズムに関する理解が基礎知識として必要です。アルゴリズムは、サンプルコードで示されることが一般的です。サンプルコードを読む知識は、ファクトのヒストリーの理解には不要ですが、ビジョンの作成には、不可欠です。

 

実例をあげます。

 

1990年代に、金融工学が発達して、いろいろな金融商品が発売されました。金融商品は、アルゴリズムを実装した製品です。どのようアルゴリズムが、価値を生み出すかは、ビジョンであり、システム2をつかって、作りだすしか方法がありません。

 

現在は、それから、30年が経過しました。しかし、日本の証券会社で、金融商品を独自開発できているところはありません。販売している金融商品は、外国の会社が開発して、製品化したものです。

 

1990年代に、金融商品が開発されたというファクトのヒストリーを理解することは(システム1で)容易にできます。しかし、商品の中身であるアルゴリズムを理解することは、システム1では不可能です。理解するためには、システム2を使って、独力で、基本的なアルゴリズムを考えて、実装してみるなどの体験を積んでから、商品の中身であるアルゴリズムを精読するなどの手順が必要になります。つまり、システム2を使わない限り、ビジョンのヒストリーが理解できないので、ドロップアウトが生じます。

 

ディストレーニングが行われている組織では、ビジョンのヒストリーが理解できないドロップアウトが頻発します。



金融商品は、コアがアルゴリズムで出来ているので、ビジョンのヒストリーの理解に、システム2が必要なことは自明です。しかし、ビジョンのコアがアルゴリズムでできていなくとも、コアに、システム2での理解が必要な基本概念が含まれている場合には、同様なドロップアウトが起こります。

 

例えば、日本では、環境問題で、外来生物種の調査のような、ファクトのヒストリーを記載した論文が大量生産されています。しかし、ヒストリーは問題解決をしません。問題解決をするためには、目標とする良い環境というビジョンを明確に定めて、それに到達する手順を設定する必要があります。また、環境の実態を把握するために、エビデンスデータを集めるためのシステム実装も欠かせません。集めたデータは、データベースに掲載されて、誰もが、必要な時に、必要な部分を取り出すことが求められます。このためには、スマホで撮影した写真を転送して、クラウド上のデータベースに登録するシステムが欧米では、普及しています。

 

環境問題でも、問題解決に繋がるこれらの部分では、日本のドロップアウトが多く見られます。

 

環境問題を解決するビジョンは、英文で、インターネット上に公開されています。しかし、それを理解するには、「どうして目標とする良い環境を設定することが可能か」という基本概念が理解できている必要があります。生物多様性条約に関係して、「里山やため池が、目標とする良い環境」であると主張する人がいました。しかし、この視点では、欧米の目標とする良い環境とは基本概念のずれが大きく、欧米の目標の理解は難しいです。

 

このようなドロップアウトは、非常に多くの分野で見られます。学術の分野では、英語の論文引用が少ない場合は、ハイリスクグループになります。ドロップアウトが発生する原因の1つは、システム1を主につかうテクニシャンと、システム2を主に使うサイエンティストが区別されていないためと思われます。

 

今世紀に入って、データサイエンスは著しく発展したので、システム2を使って、ドロップアウトしないで、フォローアップすることは、それなりのトレーニングを選抜を受けた人でないと、難しいです。努力することは、大切ですが、誰でも追いつける訳ではないことも確認しておく必要があります。

 

統計学では、正しい実験や調査計画に従って集められたデータ以外は、ゴミデータになりますが、計画がまずいために、ゴミデータになっている事例も多くあります。

 

ドロップアウトの改善方法は、個別のケースによって異なるので、まとめて論ずることはできませんが、ディストレーニングによって、ヒストリアンが優先されている場合には、問題が、重症化します。

 

分野によっては、日本の専門家が、ドロップアウトしていると考えざるをえないケースが見られます。

 

しかし、それより問題は、インターネット時代には、日本の専門家は、不要だという事実です。

 

英語圏であれば、アメリカ、カナダ、ニュージーランド、オーストラリア、英国などの専門家は、国籍に関係なく、専門家です。こうした専門家の発言を動画サイトで見たり、英文のWEBで読んだりすることができます。

 

日本のマスコミには、なぜか日本国籍の専門家が出演していますが、日本の専門家の解説をきくより、英語圏の専門家の発言を聞いた方が、本質がわかりやすく、時間の節約になります。英語が苦手なら、自動翻訳の字幕でもかなり使えます。

 

ここでは、日本の専門家が、ビジョンのヒストリーからドロップアウトする問題があると書きましたが、対象を日本に限らなければ、別に、問題は存在しないと考えることもできます。

 

もちろん、対象を日本に限らなければ、「変わらない日本」問題は、日本に居住するという無理な前提が作り出した問題にすぎなくなるので、本書のテーマを外れることになります。