「世界一甘い焼き芋マニュアル」の改訂版「世界一甘い焼き芋マニュアル(第2版)」を、Novel Daysに掲載予定です。
https://novel.daysneo.com/works/6da7f9f0b4ae5903848729082754a3dd.html
草稿を掲載します。
2.3 加熱調理で理解しておくべき基本
焼き芋を焼くレシピでは、温度と継続時間を書くことが一般的です。
例えば、スーパーやコンビニに使われている焼き芋什器では、200度で60分加熱が基本です。
焼き芋に限らず、オーブンレンジのオーブンモードでは、温度と時間を設定できるようになっています。
この温度設定は、オーブンレンジの設計者の利便性のために設定されていますが、物理学で考えると、非常に不合理な設定です。
例えば、石焼き芋を焼く場合、次のようなレシピがあったら、どれを選択しますか。
1. 180度で、80分加熱する
2. 200度で、60分加熱する
3. 230度で、50分加熱する
4. 250度で、40分加熱する
焼き芋のレシピを検索すると、最初に起こる問題は、この選択問題です。
加熱調理は、食材の温度が変化する物理現象です。
食材の温度変化が同じであれば、同じ調理が再現できます。
つまり、オーブンの設定は利用者からすれば、
「時間ごとの食材の温度を設定できる」ことがベストです。
こんな感じです。
時間 食材の温度
0-20分 100度
20-40分 90度
残念ながら、現時点では、そのようなまともなオーブンは、発売されていません。
したがって、加熱調理するとは、オーブンの設定から、食材の温度変化を推定する作業になります。
これも、シミュレーションソフトを使えば、数値予測が可能です。精度は不明ですが、英語版であれば、アプリも販売されています。
このアプリは、オーブンを使うためには、必須の機能ですから、オーブンメーカーは、オーブンを購入したら、おまけでアプリを使えるようにすべきですが、筆者は、そうしたサービスをしているオーブンメーカーを知りません。
現時点では、加熱調理とは、物理現象を手探りで、食材の温度を推定するとんでもない作業です。
とはいえ、いくつかの重要なヒントがありますので、説明します。
A)フーリエの法則の温度勾配
熱伝導は、次のフーリエの法則に支配されます。
熱流束=熱伝導率X温度勾配
熱の伝わりやすさは、熱伝導率と温度勾配で決まります。
サツマイモ温度を室温の20度と仮定すれば、オーブンとサツマイモの温度勾配(温度差)は以下になります。
1. オーブン180度で、温度勾配160度
2. オーブン200度で、温度勾配180度
3. オーブン230度で、温度勾配210度
4. オーブン250度で、温度勾配230度
つまり、オーブンの温度の違いは、食材への熱流束の大きさの違いであって、食材が温まるまでの時間の違いになります。
オーブンの温度は、食材の温度とは直接は関係しません。
高い温度設定をする目的は、食材を早く温めたいからです。
そのためには、オーブンの利用は、予熱をすることが原則になります。
加熱調理では、常に、温度勾配と加熱時間の関係を意識すべきです。
補足:温度勾配は、食材の表面の温度と食材の温度の差です。
オーブンレンジの出力は、あまり大きくないので、食材(例えば、サツマイモ)を多めに入れると、高い温度設定をしても、加熱時間が短縮できません。
このため、小さなサツマイモを少量加熱する場合には、食材の温度制御は容易ですが、大きなサツマイモを多めに入れると、食材の温度制御が難しくなります。
日本料理では、煮る料理が多いですが、煮る場合には、水の比熱が大きいこと、気化熱によって、温度がぼぼ100度に保たれるので、水の量を多めに設定すれは、食材の大きさによる調理時間の違いは生じません。しかし、これは、例外的な調理方法であることに注意してください。
B)食材の焦げる温度
加熱調理をする場合の留意点に、食材を焦がさないことがあります。
石焼き芋は、皮の周りが少し焦げた状態が、理想の焼き上がりです。
石焼き芋の皮はどうして焦げるのでしょうか。
言い換えれば、仕上げの段階まで、石焼き芋はどうして焦げないのでしょうか。
その理由は、水の沸点にあります。
水の沸点は100度です。水が沸騰すると大きな気化熱が生じて、温度は100度を越えません。
サツマイモに水分が十分ある限り、オーブンの温度設定にかかわらず、サツマイモの温度が100度を越えることはありません。
水分がなくなるとサツマイモの皮の温度は100度を越えます。そして、焦げ目がつき始めます。
食材の焦げ目の調整は、このように水分で調整できます。
食材の水分の状態を見ながら、加熱を調整することは、重要な調理の基本です。
石焼き芋や壺焼き芋に比べると、オーブンレンジで焼き芋を焼くと、熱風によって、水分がより早く失われてしまいます。つまり、早く焦げ目がついてしまいます。
サツマイモをアルミホイルで包むと、熱風による水分の消失が押さえられますので、長時間加熱しても、焦げなくなります。
オーブントースターでは、熱風がありませんので、そのままで、長時間加熱しても、焦げ目がつきません。
とはいえ、オーブントースターも、石焼き芋什器や、壺焼き芋の加熱と比べると、放射熱源が、サツマイモの近くにあり、均一な加熱が難しく、部分的に焦げることもあります。
そのような場合には、サツマイモを反転したり、アルミホイルで包むことで、部分的に焦げる問題を回避できます。
補足:通常フライを揚げる温度は約180度です。焼き野菜では、野菜を水分が気化しないようにオリーブオイルでコーティングします。オリーブオイルには、気化温度はなく、180度の発煙点(油を火にかけてから煙が出始める温度)まで、温度を上げることができます。このため温度勾配を大きくとることができ、短時間で加熱することで、食材の食感や風味の劣化を押さえることができます。焼き芋では、βーアミラーゼが失効するので、油は使いませんが、ポテトフライでは、この技法が使われています。
C)フーリエの法則の熱伝導率
熱伝導率は、食材により熱の伝わりやすさを表わす係数です。
生のサツマイモは、空気を沢山含んでいて熱伝導率は、悪いです。
生のサツマイモの熱伝導率のデータあるいは、熱伝導率を推定できる加熱時間と内部温度の公開されたデータは、極めて少ないです。
ある測定例では、200度60分の加熱で、サツマイモの中心の温度が90度になっています。
サツマイモは、90度を越すとペクチン軟化が起こります。これは、物理過程の変化で、酵素は関係していませんので、加熱過程にかかわらない反応と推定されます。
サツマイモが、ペクチン軟化を起こしたか、否かは、竹串や金串で、つきさす、また、ミトンで握ってみて判断できます。ペクチン軟化が起これば、サツマイモの内部温度は90度を越えています。
ペクチン軟化を起こしたサツマイモのサイズは、生芋より一回り小さくなります。
これは、ペクチン軟化に伴って、サツマイモの内部の空気が放出されたためと思われます。
つまり、ペクチン軟化以降の熱伝導率は、それ以前の熱伝導率より大きくなっているはずです。
熱伝導率の変化から、次の調理法が合理的と考えます。
1. ペクチン軟化以前
温度勾配を大きくとって、できるだけ、短時間でペクチン軟を起こすべきです。
2. ペクチン軟化以降
熱伝導率は良くなっているので、温度を下げて、焦げないように、加熱すべきです。