ポイント・オブ・ノー・リターン~株式の勉強(11)

1)三井住友海上火災の記事

2022/01/23の日経新聞に、「三井住友海上火災は、出向や社外での副業など『外部での経験』を社員が課長に昇進するための前提にする」そうです。

しかし、これは、かなり異様な主張です。ここで、課長と言っているのは、課長級の年収を保障するということだと思います。

ジョブ型雇用では、ポストと収入は、直接関係しません。課長より、年収の多い平社員もいますし、同じ課長でも、給与は大きく変わります。それが、イメージしにくければ、プロ野球選手を見ればわかります。年収は、年齢に関係しません。働き盛りの成果があげられるときに、沢山稼いでおかないと、歳をとってから稼ぐことはできません。監督より、年収の多い選手もいます。成果主義とは、こうした状態です。

出向や社外での副業などで、ジョブ型雇用が増えれば、能力のある人は、稼げますから、三井住友海上火災に、戻って、課長になるはずがありません。ジョブ型雇用では、会社が労働者を選ぶのと同じように、労働者も会社を選びます。

三井住友海上火災の方針が異様に見えるのは、次の2点です。

1. 年功型を維持しない限り、課長というポストと年収に、対応関係はありません。

2. 給与を決めるのは、実績で「外部での経験」ではありません。実績につながる外部での経験もありますし、実績につながらない外部での経験もあります。

この2つの表記は、年功型を離れた評価を回避しているように見えます。

2022/01/20のPRESIDENT Onlineに、藤巻 健史氏は、「岸田政権の"新しい社会主義"(=新しい資本主義)ではだれも幸せになれない」といって、経済成長なしの、分配の平等に反対しています。藤巻 健史氏は、著名なトレーダーでしたから、分配の平等に反対するのは、当然でしょう。しかし、次の例え話は、本質をついていると思います。

「日本プロ野球の一流選手をすべて大リーグに追いやれば、日本には二流選手ばかりが残る。年棒のばらつきは無くなるので選手は平等になるが、平均年棒はガクンと落ちる。プロ野球は面白みが欠け、産業として衰退し選手の所得は減る悪循環に陥るだろう」

つまり、部分修正の年功型を温存し、分配の平等をすすめれは、有能な人は、ジョブ型雇用の外資系で働くことになります。現在は、リモートワークも出来ますので、副業で、外資系の会社で働く人も出て来るでしょう。

2)円安の功罪

2022/01/25のAmeba Primeに、野口悠紀雄氏が出演して、円安の問題点を整理しています。次に、筆者なりに要約してみます。

物価上昇率が低い日本では、自動的に円高になるはずだが、円高は困るという産業界に応えて、90年代の後半から、政策当局は為替市場に介入して円安に抑えてきた。その結果、1995年頃から実質実効為替レートが下がった。

産業界は、円安になると企業の利益が見かけ上は増えるので、企業は輸入価格の上昇を負担せず、製品価格に転嫁し、消費者に押し付けられる。

 一方、円安でも、国内の賃金は上がっていないので、国際的に見れば、日本は実質的な賃下げをしたことになる。その結果、円高に対応するための技術開発と、生産性向上をせずに、20年、30年と、ここまで来た。だから、円安は“麻薬”だ。

日本は、高い付加価値のものが作れるようにならない限り、日本の賃金は上がらない。

ここ数カ月は、さらに円安が続いている。輸入価格が上がれば、日本国内では物価が上昇する。そうなると、企業はこれまでのように輸入価格の上昇分を価格に転嫁できず、自ら負担しなくてはならない。これが“悪い円安”だ。その意味で、企業も今なら円高に、反対はしないかもしれないので、今こそ円安政策から脱却し、本来の姿に戻るチャンスだ。

 円高でも物価が上がり、賃金は上がらなければ、働く人の生活はさらに苦しくなる。預金は目減りし、国民生活は貧しくなる。ただし、政治は産業の現場に介入してはいけない。例えばアメリカでは“IT革命”が起きたが、これは、政府指導ではなく、ベンチャー企業が大きくなって生まれた。日本はこれまで産業の衰退を防ぐために政府が介入して、全て失敗している。変革を妨げている既得権益や参入障壁を崩すことが重要だ。 

政府による春闘介入や賃上げ税制といったレベルでは問題解決にはならない。国民も、政治を変え、日本の社会を大きく変えなくてはいけない。日本人の多くが危機感を持つべきだ。賃金が各国に抜かれてしまう、あるいは日本が先進国でなくなる瀬戸際にいると意識すべきだ」

つまり、変革をしなければ、賃金はあがりません。変革をすれば、三井住友海上火災の記事に見るような、年功型の雇用は維持できません。年功型の雇用は、変革があると崩壊するからです。

2022/0/114の日刊工業新聞に、キャノンの御手洗社長は次のようにいっています。

「同社は労務費の安さなどを理由にアジアを中心に海外生産を行うようになったが、近年は政治の安定性や教育水準の高さなどから国内生産の回帰を推進している。2021年9月末の国内生産比率は66%で、これをさらに高めていく。国内生産回帰に向け、足元の円安基調が『追い風になる』だろう」

キャノンですた、円安意識が、このレベルですから、野口悠紀雄氏指摘は、あたっているように見えます。

3)ポイント・オブ・ノー・リターン

さた、以上で、今回の話題の準備ができました。

ポイント・オブ・ノー・リターン(Point of no return)とは、回帰不能点・帰還不能点ともいい、 そこを過ぎると元の場所に戻れない、後戻りできない場所や状況のことをいいます。離陸後の飛行機が空港へ戻れるだけの燃料がなくなる限界点から、来ています。

野口悠紀雄氏は、「賃金が各国に抜かれてしまう、あるいは日本が先進国でなくなる瀬戸際」といっていますが、これは、現在が、円安を円高に切り替え、産業構造を変える最後のチャンス、ポイント・オブ・ノー・リターンであるといっている訳です。

野口悠紀雄氏の指摘は、日本の産業構造全体を指しています。上記の要約では、省きましたが、野口悠紀雄氏は、現在の日本の産業では、国際競争力のあるのは、自動車産業だけであるといっています。その自動車産業も、EVや自動運転の拡大によって、国際競争力を失う可能性もあり、その場合には、国際競争力のある産業はなくなってしまいます。

日本の貿易収支は2011年以降は、赤字ないし無視できる程度の黒字しかありません。企業の海外への生産拠点移転により輸出が減少したことが大きな要因とみられます。国内生産で輸出するモデルは既に崩れていますので、円安が輸出を拡大してはいません。 貿易黒字が出せなくなった場合、経済の中心は、内需になりますが、日本の場合、労働生産性が上がらない上に、賃金と労働配分率を下げてきましたので、経済は停滞するはずで、現状はその通りになっています。

さて、ここでの議論は、株式の勉強ですので、最後に、まとめにはいります。

野口悠紀雄氏は、日本の産業構造が、ポイント・オブ・ノー・リターンに達しているといっていますが、この視点は、個別の企業にも当てはまります。

つまり、株価を考える上で、その企業が、ポイント・オブ・ノー・リターンを越えてしまったら、株価は、下がるだけで、回復することはなくなります。

具体的には、DXへの対応や雇用形態が、高い付加価値のものが作れる状態でない企業が、相当します。そして、これは、今までの円安の“麻薬”に、どっぷりつかった企業であれば、ハイリスクグループといえるでしょう。

-「円安という“麻薬依存”、今こそ抜け出すチャンス」「国民は“瀬戸際にいる”との意識を」野口悠紀雄氏が語る日本経済への危機感 2022/01/25 Ameba Prime https://times.abema.tv/articles/-/10012645