カーネマンの「ノイズ」を読む(2)第18章「よい判断はよい人材から」(1)

章立ての順番にはとらわれずに、書きやすい順番で、取り上げます。

第18章は、「ノイズ」の中でも、もっとも議論の起こりやすい部分と思われます。

ここで、検討されている「よい人材」とは、専門家のことです。

今回は、「ノイズ」の中で語られている部分を解読します。

カーネマンは、専門家を、専門家とリスペクト専門家に分けます。

この用語は、次の構成です。

広義の専門家 = 狭義の専門家 + リスペクト専門家

2種類の専門家が混在すると、混乱しますので、以下では、狭義の専門家をエビデンス専門家と呼ぶことにします。

リスペクト専門家とは、エビデンスによって、専門的な判断の正否が判定できず、専門家を素人と区分している違いが、「専門家としてリスペクトされているか、否か」に依存する専門家です。

リスペクト専門家は、「専門的訓練、経験、自信によって、信頼を獲得する」とカーネマンはいいます。しかし、カーネマンは、「信頼は、判断の質を保証しない」ともいいます。

これは、エビデンスがないので、当然の結論です。

この先の議論は、エビデンスがないので、空回りしています。

今回は、要約だけしておきます。

筆者の解読作業では、第18章は、書かれた部分よりも、書かれなかった部分が重要であると思っています。書かれなかった部分については、次回にふれることにします。

リスペクト専門家の人選については、カーネマンは次の2つの視点を提案しています。

1)知的能力:GMA(general mental ability)スコアが高いこと

2)認知スタイル:AOT(actively open-minded thinking)、あるいはAAOT(Adolescent Actively Open-MindedThinking Scale )スコアが優れている。

どちらも、心理学の認知テストです。

ウィキペディアをみると、AOTは、g factorの1種です。この項には、日本語版がありません。ウィキペディアで、英語から多言語に翻訳が出ていて、日本語版がない場合には、その分野の日本の学問レベルが、追いついていない可能性があります。

国立特別支援教育総合研究所の「主な知能検査とその特徴」をみると、「田中ビネー知能検査 Ⅴ」(2003)と【WISC-Ⅲ (Wechsler Intelligence Scale for Children - Third Edition)】が、あげられていますが、GMAもAOTもありません。

国立特別支援教育総合研究所の知能検査は、障害を見つけることにあるのかも知れませんが、いまさら、「田中ビネー知能検査」の時代でもないと思います。

GAMもAOTも最新の認知科学の知見が反映されていますが、「田中ビネー知能検査」のバックグラウンドには、最新の認知科学はありません。

日本では、就職時に使われる検査に、リクルートマネジメントソリューションズ(以下リクルート社)が開発した「SPI」があります。

これは、民間会社の造ったテストです。

リクルート社の説明を要約すれば、次のようになっています。

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「能力検査」と「性格検査」に分かれます。

「能力検査」は、「言語分野」と「非言語分野」の2種類の問題を通して、コミュニケーションや思考力、新しい知識・技能の習得などのベースとなる能力を測ります。

出てきた問題を正しく理解し、処理することが求められるテストですから、付け焼き刃で対策をしても、得点結果はさほど変わらないことが実証されています。

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これを見る限り、AOTが入っているとは思われません。

「田中ビネー知能検査」の反動かも知れませんが、知能試験に対する反発があります。期末試験や、入学試験は、暗記のテストになります。数学についても、「増補2訂版 数学は暗記だ! (和田式要領勉強術) 」が指摘しているように、解法パターンを暗記して、解くべきだと言われています。

これは、時間制約があると、スローシステムでは勝負にならないので、ヒューリスティック中心のファストシステムを使わないと落第するためです。受験に合格する点では、和田氏の指摘は、正解です。

しかし、スローシステムの能力を入学選抜で、評価できていないとすれば、問題があります。g factor、GMAT、AOTを使うことで、暗記の依存しない能力を評価できるのであれば、検討の余地があります。

暗記は、ファストシステムです。ファストシステムの秀才を中心に選抜しておいて、そのあとで、独創性(スローシステム)を発揮しろという要求には無理があります。

数学者の伊藤由佳理氏は次のようにいっています。

「高校までの数学において、計算が得意だった人には数学科をお勧めしない」

「多少計算が苦手でも、いろんな解き方を考えたり、照明問題が好きだったり、何日でも同じ問題を考えているのが好きな人には数学科をお勧めする」

数学者は、カーネマン流に言えば、スローシステムの世界です。

和田式要領勉強術の数学は、ファストシステムですから、現在の入試選抜には、数学者の候補を選抜するには、問題があることになります。

まとめると、カーネマンは、エビデンス評価ができないので、能力ポテンシャルをg factor で、測るべきといっています。

ただし、日本国内では、g factor の評価は遅れていますので、提案を活用することは容易ではありません。

適性検査「SPI」とは? https://www.recruit-ms.co.jp/freshers/spi-001.html

g factor (psychometrics) wiki https://en.wikipedia.org/wiki/G_factor_(psychometrics)

Assessment of actively open-minded thinking

https://www.sas.upenn.edu/~baron/papers/aotwrefs.pdf

主な知能検査とその特徴 国立特別支援教育総合研究所

http://forum.nise.go.jp/soudan-db/htdocs/index.php?key=murmoad8q-476

伊藤由佳理 美しい数学に入門 岩波新書 (2020) pp.149-150