デスバレーと研究助成の限界(新しい技術開発パラダイム)

今回は、「ジーニアス・メーカーズ」の話題の続きです。

日本の経済の停滞の原因は、第1に、労働生産性の低さにあります。労働生産性を上げるには、DXが必須です。第2に、売れるモノとサービスの生産が必要です。

第2の点については、なぜか、モノ作りばかりが取り上げられますが、経済は、サービス経済になっているので、サービス作りがより重要です。

売れるモノとサービスは、科学技術に基礎を置いていますので、技術開発が欠かせません。

今の政治は、技術開発が遅れている分野に、技術開発費の補助をしたり、新技術の販売促進のために、補助金をつけたり、税制上の優遇を与えたりします。

簡単に言えば、「技術が遅れているのであれば、その分野に、公的資金を投入すれば、技術開発が進む」ということが、暗黙の条件、技術開発パラダイムになっています。

この技術開発パラダイムは、経済、特に、技術関連経費に占める政府の予算規模が大きい場合には、効果があるかも知れませんが、民間部門の技術開発経費の規模が大きな場合には、影響は、無視できます。

例えば、GAFAの技術開発経費は、1社で、年間1兆円を軽くこえ、2兆円以上に達する場合もありますが、日本企業で、技術開発経費が1兆円を超えているのはトヨタだけです。

この状態で、特定分野に、総額数百億円の公的資金を投入しても、1企業あたりの技術開発経費の増額は、数億円にとどまり、その影響は誤差の範囲です。

つまり、技術開発予算をつける、主な動機は、技術開発を錦の御旗にして、ピンハネで儲けたい政治家の活動と考えないと説明がつきません。

日本の技術者は、実用化は、企業経営者の責任であって、技術者の仕事ではないと考えます。特に、大学に属する研究者は、論文の作成には熱心ですが、業績とみなされない実用化には関心がありません。

以前、研究シンポジウムで、東京大学の大家の先生の、「実用化までのデスバレーは、30年かかる場合もあるし、技術が良いからすぐに実用化するわけではない、デスバレーの大きさは運で決まっている」という趣旨の発言を聞いたことがあります。

日経新聞に連載されているノーベル賞受賞者旭化成の吉野彰氏の場合は、シーズと実用化の双方から、研究テーマを選択していますが、これは、製造ラインを持っている企業内研究だからできることです。大学の研究者が、この方法で、公的な研究費を取得することは困難です。

以上のように、現在の政府の技術開発パラダイムは、技術開発予算の効果が見込めない、デスバレーを解消できないなど、行き詰まっています。

ジーニアス・メーカー」に、書かれているAI開発は、このような技術開発パラダイムを破壊して、新しい技術開発パラダイムを提示しています。

それは、技術開発には、膨大な資金が必要で、技術者は、儲かることで、資金調達をしながら、技術開発を進める必要があり、また、それは、ベンチャー企業を作って、転売することで、実現が可能であるというものです。

この新しいパラダイムが正しければ、現在の科学技術政策は、税金の無駄遣いに過ぎないことになります。

これは、日本の技術開発の遅れの原因が、古い技術開発パラダイムへの固執にある可能性を示しています。

技術開発、儲かる研究、ベンチャー企業はセットで、切り離せないということが、新しい技術開発パラダイムです。

日本には、技術があるが、ベンチャー企業が育たないと考えている人も多いと思いますが、新しい技術開発パラダイムでは、ベンチャー企業なしに、技術開発はできません。

これは、現在の日本の科学技術政策を破壊するパラダイムですが、この新しい技術開発パラダイムは、AI技術のレベルを見る限り、正しいと判断せざるを得ません。

追記。

新しい技術開発パラダイムは、ムーアの法則で説明できます。計算コストは時間と共に、劇的に下がります。競争優位に立つために、計算コストが下がるのを待っていてはダメで、計算コストが高い内に、費用を気にせずに、短期集中で、技術開発できる財力が必要です。3年すると計算コストは4分の1に、5年で10分の1になるので、それまでの先端技術が、普及技術になります。

このように考えると、GAFAやテスラがSoCを内製していることの怖さがわかります。SoCが内製できないと、先端技術を普及技術に切り替えることができないので、生き残れません。

新しい技術開発パラダイムでは、ベンチャー企業のない国は、技術が育たない国になります。

こう考えると、今後の中国のAI技術開発には、暗雲が立ち込めているように思われます。

また、新しい技術開発パラダイムは、バイテク、合成生命の研究にもよく当てはまることは、クレイグ・ヴェンターの活躍を見てもわかります。ちなみに、遺伝子解析のコストダウンは、ICチップ以上の速度です。

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