2021/08/19の読売新聞に、「トヨタの販売会社9社、同意得ずに個人情報3318人分をID登録」という記事が出ていましたが、記事を書いている人が、恐らく、状況を理解していないとおもわれますので、補足しておきます。
記事を理解するキーワードはコネクテッドカーです。
一番古いコネクテッドカーシステムは、コマツのコムトラックス(KOMTRAX=Komatsu Machine Tracking System)です。
2015/06/15に坂根 正弘氏は次のようにいっています。「KOMTRAX(コムトラックス)」が生まれるきっかけは1998年ごろ、盗んだ油圧ショベルでATMを壊して現金を強奪する事件が日本で多発していて、その盗難対策として『GPSをつけたらどうか』というところからスタートしました。(中略)そして2001年、私が社長に就任したときに、『KOMTRAX(コムトラックス)』を標準装備にすることを決めました。実はこの装備には当時1,000万円の機械でコストが20万円かかっていました。」
2016/11/01にトヨタは、コネクテッドカンパニーを設立します。
しかし、普及に弾みがついたのは、2017年7月28日に発売されたテスラのモデル3です。自動運転機能や車内エンターテインメントなどをスマートフォンのようにソフトで機能を更新するOTAが採用されています。
2021年に、KOMTRAX(コムトラックス)の競争的優位性は、相対的に弱くなっています。小松は、KOMTRAXをアマゾンのクラウドサービス上に移植しています。コネクテッドカーが標準になった場合には、KOMTRAXも、標準化したプロトコルに移行せざるをえなくなると思われます。
2021/01/05のニュースウォッチは、日本はすでにコネクテッドカー比率が75%を超えているといっています。
2020年の秋から、トヨタの新車には、コマツのコムトラックスと同じように、すべてネットワーク機能が標準で装備されています。トヨタとしては、テスラに負けないように、運転操作データを集める方針です。
「トヨタの新車には、すべてネットワーク機能が標準で装備されている」という記事は、検索では、ヒットしませんでした。トヨタとしては、運転操作データは集めるが、個人情報に関して批判を受けないように細心の注意をはらっている状態と思います。
2021/08/19の読売新聞の記事は、この背景がわからないと、理解できないと思われます。
なお、テスラのモデル3が出て、EVになった場合に、自動車の設計で一番難しい部分は、膨大な動画データやニューラルネットワークの計算をこなすCPU(自動車では、周辺チップも一体化しているので、SoC;System-on-a-chip=集積回路製品とよばれる)、自動運転も含めて自動車を制御するOSであることが明らかになりました。強力なSoCとOSを作れない自動車メーカーはつぶれてしまうのです。モデル3のSoCとOSは現時点では最強です。
コンピュータのOSは過去20年では、Unix系のOSだけが生き残っています。スマホでは、iOSとAndroidだけが生き残っています。自動車も、2社の寡占になっても不思議ではありません。
コネクティッドカンパニーは、「トヨタ+NTTデータ」ですが、NTTデータの過去の戦歴は、連戦連敗なので、勝てる可能性は高くありません。トヨタとしては、NTT回線網をつかうことを優先して、コネクティッドカンパニーを立ち上げたのかもしれませんが、独自のSoCと独自OSを立ち上げるには役不足と思われます。(注1)
2021/07/20の日経は、トヨタが米Lyft(リフト)の自動運転部門 Level5を買収したことを、2021/08/18のResponseは、トヨタ・ウーブンプラネットが、高精度地図開発の米・カーメラを買収したことを伝えています。
2021/04/19に、トヨタは「2025年までにbZシリーズ7車種を含むEV15車種をグローバルで導入」するといっています。
ホンダの三部敏宏 代表取締役社長は2021年4月23日に記者会見を行い、「2040年にグローバルで電気自動車、燃料電池車の販売比率を100%にする目標と、先進国全体で、EV、FCVの販売比率を2030年に40%、2035年には80%、そして2040年にはグローバルで100%を目指す」と発表しています。
2021/08/06のCourrier Japanは、トヨタがEVに反対し、米国の反温暖化議員に献金していると報じています。
2021/08/20のニューズウィークで、竹内一正氏は、「今のトヨタは当時(排ガス規制前)のGMに重なって見えてしまう」といいます。もちろん、トヨタは、EVは作れるでしょうが、テスラと価格競争ができるかという指摘です。
EUの欧州委員会は2021年7月14日、ガソリン車の新車販売を2035年に事実上、禁止する方針を打ち出しました。
これは、動力でみれば、エンジンがモーターに変わったことになりますが、設備投資でいえば、自動車はSoCとOSで決まります。OSは、ハードウェアではないので、単体の投資額は大きくありませんが、当たりはずれが大きく、ここを外してしまうとアウトになります。
2021/08/04の現代ビジネスで、加谷 珪一氏は、EUの欧州委員会の決定に対応した、ドイツの労働組合の動向を伝えています。
ドイツ最大の労働組合であるIGメタルは、自動車産業はEV用電池など新技術に投資しない限り、雇用の崩壊に直面すると警告を発している。ドイツのifo経済研究所によると2019年時点で内燃機関の製造に従事する労働者は61万3000人だった。4年間で内燃機関関連の生産高は13%も減ったが、雇用は減っていないので、すでに多くの余剰人員が発生している計算になる。同研究所では、EVシフトで内燃機関の生産が大幅に落ち込んだ場合、2025年までに17万8000人の雇用が影響を受けると試算している。
ここで重要なのは、労組がEVシフトにむやみに反対しているのではなく、雇用を守るため、ドイツの自動者産業に対してもっとEV関連に投資し、労働者を再教育するよう求めているという点である。
2021/08/06の時事が伝えているように、ホンダは2000人の退職(転職)を行いました。
しかし、IGメタルの記事を見る限り、転職者の比率はさらに高くなるでしょう。
まとめ
2021/08/19の読売新聞の記事の背景は、コネクテッドカーです。
しかし、これは、EV促進、SoCとOSに結びついています。
この過程では、膨大な数の転職者が発生します。
SoCとOSを制するものがEVを制することになります。そうすると業界の新しい地図は、2025~2030年の間に決まるでしょう。これは、スマホのOSが10年経たないうちに寡占状態になったのと同じ理由です。そのときに、現在の自動車メーカーが生きのこる保証はありません。
引用した2021/08/04の現代ビジネスの記事で、加谷 珪一氏は、次の様にも述べています。
市場のシフトというのは、通常、水面下で進行し、多くの人がそれを認識した時には、すでに勝負は付いている。誰の目にもEVシフトが明らかになったタイミングでは、多数の雇用が危機に瀕している可能性が高い。雇用を何よりも重視する日本社会において、EVシフトに対するスタンスがあまりにも悠長過ぎると感じるのは筆者だけだろうか。
この考えはEV以外にも、当てはまります。
2021/08/20のKYODOは、「みずほのシステムが一部除き復旧」を伝えています。上記の引用でいえば、「市場のシフトというのは、通常、水面下で進行し、多くの人がそれを認識した時には、すでに勝負は付いている」に、該当します。
「銀行、保健所、医療、官公庁のDX」は、既に、技術的には、市場のシフトが、終了しています。あとは、乗り遅れたところが、淘汰されて、入れ替わる過程が残っているだけです。ホンダとおなじで、できない人を転職させ、できる人を採用することになります。場合によっては、アウトソーシングで、組織をまるごと入れ替える方法もあります。(注1)今後、5年程度のDXは、雇用面では、自動車産業の変化が、台風の中心になって、周囲に影響を与え、周囲をなぎ倒していく構図になると思われます。
市場シフトに乗り遅れた業界は他にもあります。例えば、2021/08/20のデイリー新潮は、政治家が、ゼネコンに投票依頼をしたと伝えています。建設業界も、市場シフトに乗り遅れた業界といえましょう。
この記事は、書いているうちに、引用サイトが驚くほど膨れ上がりました。1,2週間で、情勢が逆転する可能性がある状況なのでしょう。次世代の自動車の覇者は、2030年を待たずに、2025年までに、決着しているのかもしれません。
注1:
2021/08/16のダイヤモンドオンラインは、「デジタル庁幹部の『今、優秀な技術者はベンチャーにいます。有能な人でも10年大手ITベンダーで働くと無能になりますから』という言葉を紹介しています」大手ベンダーとは、官公庁の仕事の多い、富士通、NTTデータ、NEC、日立製作所のことです。大手ベンダーは、年功序列、天下りの受け入れをしていますので、優秀な人からやめていきます。ダイヤモンドオンラインの記事は連載ですが、普通に想像できる内容です。
IT企業の実力については、以下でも、論じています。
2021/08/02
補足:
EVになったときには、エンジンが不要になります。その時には、自動車はSoCとOSで決まります。また、そこで要求される動画の処理スペックはトンデモないものです。カメラメーカーは飲み込まれて、部品の供給会社になってしまう可能性が高いです。
https://ix-careercompass.jp/article/28/
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KOMTRAX 2014/02/14 コマツ ICT事業本部
https://www.chubu.meti.go.jp/b34jyoho/shiryo/20140214yugosecurityseminar/20140214_komatsu.pdf
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テスラの新しい自動運転コンピュータ『HW3』は怪物だ! 2019/06/26 EV smart blog
https://blog.evsmart.net/electric-vehicles/tesla-hw3-autopilot-overview/
https://www.nttdata.com/jp/ja/data-insight/2021/0311/
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コネクテッドカーから取得するデータの利活用・保護の取組みについて 2019年8月 トヨタ自動車株式会社 コネクティッドカンパニー
https://toyota.jp/pages/contents/tconnectservice/contents/pdf/toyota_datapolicy.pdf
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トヨタの販売会社9社、同意得ずに個人情報3318人分をID登録 2021/08/19 読売新聞 https://news.yahoo.co.jp/articles/3e9c8ef3127fe221d649613b9bdeb2dbd65207ad
https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20210202/se1/00m/020/023000c
https://news.yahoo.co.jp/articles/9fc9fd82de81760508d60d1d570cd21e0869e601
https://www.nikkei.com/article/DGXLRSP614950_Q1A720C2000000/
https://global.toyota/jp/newsroom/toyota/34997209.html
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ホンダ新社長が会見で「2040年にはEVとFCEV」100%の目標を発表 2021/04/23 EV smart blog
https://blog.evsmart.net/ev-news/honda-will-stop-production-of-gas-cars-by-2040/
https://toyokeizai.net/articles/-/426199
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ホンダ、希望退職に2000人超 電動化・自動運転へ世代交代推進 2021/08/06 JIJI
https://www.jiji.com/jc/article?k=2021080601130&g=eco
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「EVシフト」がここへきて急加速、いよいよ「日本の雇用」が決定的に失われていく2021/08/04 現代ビジネス 加谷 珪一
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/85824
https://news.yahoo.co.jp/articles/5720853c9edd7d20712132b4de6ab5cae6994ca3
https://news.yahoo.co.jp/articles/4397cbafaf626cf4b933bfc2dede9b0616ebd622
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みずほのシステムが一部除き復旧 2021/08/20 KYODO
https://news.yahoo.co.jp/articles/3d6109ba6934b1b50f42894d35f0fc44a2b74f1f
https://diamond.jp/articles/-/278751
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2021/08/vs-40.php
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