未来について語ること(2)~集団思考の事例研究(12)

もう少し、「未来について語ること」を考察します。

2021/07/21のニューズウィークに、飯山 陽氏は、次のようなUAE紙の記事を紹介しています。


ラピドとUAEのアブダッラー外相は7月、UAE紙に共同で寄稿した。「UAEイスラエルの和平は単なる合意ではなく、生き方そのもの」というタイトルで、冒頭には次のようにある。

「世界はわれわれの差異がわれわれを定義することを期待してきた。われわれのうち1人はユダヤ教徒でもう1人はイスラム教徒、1人はイスラエル人でもう1人はアラブ人だ。こうした特徴はわれわれを人間として形作ってきただけでなく永遠の疑問を投げ掛けてきた。過去が未来を決めるのか、それともわれわれの運命はわれわれ自身に委ねられているのか」


未来について語ることは、この記事では、「過去が未来を決めるのか、それともわれわれの運命はわれわれ自身に委ねられているのか」に対応する訳です。

飯山 陽氏は、「日本のリベラルメディアは和平が嫌い? 中東の新時代を認めたくない理由」というタイトルにありますように、UAE紙の内容が、正確に日本で、報道されないのは、「日本のリベラルメディアは和平が嫌い」だからではないかと推測しています。

しかし、別の原因を考えることも可能です。

2020/09/07の週刊現代は、トヨタの社長が、マスコミが偏向報道をするので、自社のHPで、情報発信をしている例を紹介しています。


前出の小川氏は、メディアの報道姿勢が「結論ありき」になっていることにも疑問を感じているという。

「現場の若い記者さんと話していると、『私の考えとは違うのですが、デスクや次長が話の方向性をあらかじめ決めつけていて、異論を受け入れてくれないんです』と言われることが多々あります。

我々の商売もそうですが、本質は現場の人間が一番わかっているものです。しかし、それを重視せず、会社にいる上司が記事の方向性を決めるというのは時代遅れです」


つまり、トヨタの記者会見の内容にかかわらず、最初からトヨタの記事にする内容が決まっているわけです。週刊現代では、この方法に問題があるという意見を紹介しています。

しかし、2020/05/21の Joe's Laboに書かれている指摘は、最初に結論ありきが、圧倒的に効率が良いので、現在では、標準手法になっているという事実です。


多くのメディアは事前にストーリーを組んでいる

以前も少し触れましたが、記者やプロデューサーといったメディアの人たちが取材をする場合、取材対象から話を聞く前の段階で、すでに頭の中なり手帳の中にプロットは出来上がっています。

全員とは言いませんけれども8割くらいはそうです。もしどこかの記者さんからあなたのもとに取材依頼が来たとしたら、もうその時点であなたにしゃべらせる内容はほぼ確定しています。あとは会って実際にその話をさせるべく質問(悪く言えば誘導)するわけです。

(中略)

自分でアポイントとって2,3時間話を聞いて、それをベースに執筆して、足りない部分があればまた連絡とって……みたいなことを毎回やっていると全然時間足りないんですよね。

(中略)

知り合いの記者にその話をしたらこんなことを教えられました。

「そのやり方はすごく古くて、今やっている人はほとんどいないと思いますよ。今はあらかじめ概要を描いておいて、それにふさわしいコメントの出来る人に最初から絞って取材するんです」


ところで、この効率優先の記事の作成法を採用すると2つの副作用が発生します。

第1は、質問に答えずに、壊れたテープレコーダを演ずることが最適な、取材対応になる点です。つまり、「取材対象から話を聞く前の段階ですでに頭の中なり手帳の中にプロットは出来上がってい」る場合、そのプロットが、取材を受ける人の望むものではない場合の選択肢は、「取材を受けない」か、「質問内容に関係なく、たった一つのことを繰り返す」かのいずれかです。前者は、トヨタの選んでいる方法です。後者は、菅氏が官房長官の時と首相の今、連発している方法です。

菅氏が優秀な官房長官と評価されたのは、失言が少なかった点にあります。何を取材されても一つのことしか発言しなければ、記事にできる内容はそれしかありません。つまり、「取材対象から話を聞く前の段階ですでに頭の中なり手帳の中にプロットは出来上がってい」ても、そのプロットで記事を作ることはできなくなります。プロットが、失言を誘発するものであっても、同じ言葉を繰り返せば、それしか記事にできません。つまり、取材するマスコミが、対話するつもりはなく、一方的にプロットを押し付けるのであれば、対話しないことが失言しないベストの方法です。この場合には、なまじ、自分は内容を理解していて、対話ができると思っていることは、リスクになります。つまり、わかっていることは、リスクで、わかっていないに越したことはありません。なぜならば、わかっていなければ、失言を誘導されるリスクはないからです。

「西村カリンの判定条件」の第2条件は、「発言者(=首相)は以前に言ったことを繰り返し、質問には、直接答えない」でした。

この条件は、マスコミの取材方法で強化されて出来上がっています。つまり、「取材対象から話を聞く前の段階ですでに頭の中なり手帳の中にプロットは出来上がっている」取材方法には、大きな副作用があります。

第2は、マスコミがNEWSでなくなることです。「取材対象から話を聞く前の段階ですでに頭の中なり手帳の中にプロットは出来上がっている」場合には、プロットは既存の知識でつくられますので、新しい内容が入りません。

飯山 陽氏は、「日本のリベラルメディアは和平が嫌い? 中東の新時代を認めたくない」といいますが、既存の知識で、プロットを作ってしまうと、従来の中東情勢を基にプロットを作るので、「和平」は落ちてしまいます。

効率化を優先するために、NEWSには、新しい内容が入らなくなります。

これは、科学技術記事になるともっと顕著になります。

典型的な記事は、パナソニックなどのAIの記事です。パナソニックは家電の集中制御を進めていてAIも使っています。だからといって、「パナソニックがAIの実用化に向けて試験運用を始めた」というような記事には、価値はありません。家電制御のAIは、アマゾンのアレクサの1強です。2番手に、ずっと遅れて、Googleがつけています。パナソニックや日本のメーカーのAIは、トップが見えない位置にいます。簡単に言えば、レースに参加していますが、予選落ちのレベルです。レースに参加して、勝ち目はあるのか、トップの弱点を突くことができるのかがわからなければ、予選レースに参加しますという話で、記事にする内容ではありません。

さて、本題は、「未来について語ること」でした。「取材対象から話を聞く前の段階ですでに頭の中なり手帳の中にプロットは出来上がっている」場合は効率的ですが、そこでは、未来については何も語られていません。おそらく、「未来について語ること」は、非常に、非効率なのです。少しでも、効率よく、「未来について語ること」を考えると、未来は手の指の間から滑り落ちてなくなってしまいます。「取材対象から話を聞く前の段階ですでに頭の中なり手帳の中にプロットは出来上がっている」方法は、カーネマン流に言えば、ファスト回路です。未来は、スロー回路の中にしかありません。「取材対象から話を聞く前の段階ですでに頭の中なり手帳の中にプロットは出来上がっている」方法を採用したことで、失われたものも、大きいのです。

最後に、2021/07/22のニューズウィークモーリー・ロバートソンの記事の一部を引用して、筆者の見解が、ある程度、普遍的であることを示します。


例えば日本のテレビは(中略)世界観が古く、世界で何が起きているのかも分かっていない。女性へのセクハラや性的暴行に声を上げる#MeToo運動の世界的広がりをリアルタイムで報じたメディアは日本ではハフポストなどごく少数ではなかったでしょうか。

では読者としてはどうすればいいか。やはり英語でニュースを読むことです。


 

「西村カリンの判定条件」と「ご飯論法」 2021/07/21

  • 日本のリベラルメディアは和平が嫌い? 中東の新時代を認めたくない理由 2021/07/21 ニューズウィーク 飯山 陽

https://www.newsweekjapan.jp/iiyama/2021/07/post-20.php

  • マスコミはもういらない…トヨタ社長の「ロバの話」を考える 2020/09/07 週刊現代

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/75394

  • メディアってなぜ発言を編集して別の意見に変えちゃうの?と思ったときに読む話 2020/05/21 Joe's Labo

http://jyoshige.com/archives/9614350.html

モーリー・ロバートソンが斬る日本メディアと国際情勢 2021/07/22 ニューズウィーク モーリー・ロバートソン

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2021/07/post-96657.php

 

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