二種類の呪文(2)

呪文2B

当初、日本以外に、社会を変える効果のない「呪文」はないと考えましたが、「呪文」と意識されない「呪文2B」があると考える方が、まとまりの良いことに気づきました。

ノストラダムスの予言のような「呪文」は、「呪文」が、社会を変えるまでのタイムラグが非常に大きな例です。ノストラダムスの予言が当たったかどうかは別にして、予言されていた1999年の前には、それなりの書籍が出版されて、売れましたので、「呪文」が、少しは、社会を変えたことは事実です。予言が書かれたのは、1560年頃なので、400年くらいの間は、呪文は、社会を変える効果はなかったことになります。

マルクスは、資本主義社会にあとには、社会主義社会が来ると予言しました、予言が当たったか否かは不明ですが、ロシア革命は、マルクスの予言の実現を標榜していましたので、予言が、社会を変えたと言えるでしょう。(注1)

このようなタイムラグのある事象を取り扱う場合には、次の2つのアプローチがあります。

  • 呪文関数に時間のパラメータを追加する。

  • 2種類の呪文関数があり、時間が経過すると、最初の呪文関数Xが、あとの呪文関数Yに変質する。

時間が影響する場合が、常態化している場合には、最初のアプローチが適しています。

時間が影響する場合が、例外的な場合には、2番目のアプローチが適しています。

ここでは、後者の立場をとり、マルクスの予言のような場合は、最初は、「呪文2B」に相当すると考えます。この定式化のメリットは、派生形が扱いやすいことです。例えば、ロシア革命は、マルクスの「呪文2B」が、「呪文1」に変質した場合になりますが、変質する「呪文1」は、「呪文2B」の派生形であって、ロシア革命以外の複数のバリエーションが簡単に考えられます。

さて、この定式化で、「呪文2B」を考えた場合には、「呪文2B」には、広く支持される一般性の高い命題が提示される傾向があると考えます。例えば、マルクスの場合であれば、「貧富の差がなく、食べられない貧乏人がいない世界を実現すべきである」という「呪文2B」があると考えます。この「呪文2B」は、分かりやすく、誰にでも受け入れやすい点が重要です。つまり、賛同者を得やすいことで、「呪文」の効果が高くなります。たとえば、上記のマルクスの「呪文2B」に賛同するには、マルクスの政治経済思想を理解する必要はありません。これは、「病気になる人がいない世界を実現すべきである」という「呪文2B」に賛同するのに、健康法や治療法の医学的知識の理解を必要としないのと同じです。「病気になる人がいない世界を実現すべきである」という「呪文2B」を唱えただけでは、病気になる人が減るとは誰も思っていませんので、この「呪文2B」も、社会を変化させることがありません。

呪文2が呪文1に変るとき

「呪文2」が、「呪文1」に変化する場合があります。派生形を考えた表記をすれば、つぎのようになります。

「呪文2」+「補助呪文」=>「呪文1」

あるいは、

「呪文1」(「呪文2」、「補助呪文」)

「呪文2」を、「呪文1」に変化させるには、仕掛け人がいます。仕掛け人の意図を、ここでは、「補助呪文」としています。例えば、ロシア革命の仕掛け人は、レーニンと考えられます。「補助呪文」は、表にでることのない、隠れた意図です。レーニンは、本当のところ、社会主義革命より、反対勢力を追放して、自分が権力を握ることに熱心であったのかもしれません。この場合の「補助呪文」は、「反対勢力を追放して、自分が権力を握る」ことかもしれませんが、この「補助呪文」は、表にはでません。レーニンの場合の「呪文2」は、マルクスの「資本主義の後には社会主義の世界がくる」という予言です。「呪文2」が、「ロシア革命によって、ロシアは社会主義になる」という派生形の「呪文1」を生み出します。この時に、「補助呪文」を提示する人は、「呪文1」≒「呪文2」であるとして、正統性を主張します。つまり、派生形を作った本人は、表には出ないようにします。

1)呪文2Bの場合

「人種差別は良くない」という「呪文2」(or「呪文2B」)があります。その結果、アレクサンドラ・ギャレット氏が報告しているように、「米絵本作家ドクター・スースの作品のうち6作について、人種差別的な描写があるとして絶版が発表され」ます。この場合には、「呪文2」は、「人種差別的な描写がある児童書は絶版にすべき」という派生形の「呪文1」を生みだします。しかし、「補助呪文」を提示したのが誰かは、明示されません。これには、反対運動も起きています。

あるいは、コリン・ジョイス氏が、「イギリスでは昨年から(黒人に対する人種差別者の;筆者注)銅像引き倒しが続くが、アイルランド系イギリス人の視点で見れば、黒人目線だけで複雑な歴史上の人物に評価を下すのはあまりに一方的だ」という意見が出てきます。この場合には、「人種差別は良くない」という「呪文2」の派生形である「黒人差別は良くない」という「呪文1」が生じて、銅像引き倒しが続いている訳です。「補助呪文」を提示する人は、「人種差別」を「黒人差別」に置き換えている訳ですが、そのフィクサーが誰かは不明のままです。

「呪文2」が「呪文1」に変るときに、問題が発生した場合には、責任の所在が、わかりにくくなります。「補助呪文」を提示する人は、意図的にその効果を狙って姿を隠している可能性があります。

問題が発生したときに、多くの人は、「呪文2」の派生形である「呪文1」を作成している「補助呪文」を提示する人に責任があると考えると思われます。例えば、ロシア革命の責任者は、マルクスではなく、レーニンであるといった具合です。しかし、最近は、「補助呪文」を提示する人は表に現れないことが多く、この方法には限界があります。

カール・ポパーは、「歴史主義の貧困」と「開かれた社会とその敵」の中で、たたくべきは、マルクスであるとしています。これは、最初の「呪文2」が正しくなかったり、開かれた社会を崩壊させる問題があるときには、派生形の「呪文1」が生ずる前に、問題点のある「呪文2」を根絶すべきという主張です。一見すると、無茶な論理にも見えますが、「補助呪文」を提示する人は表に現れない場合に、解決可能なアプローチは、例えば、「人種差別は良くない」という「呪文2」を精査するポパー流のアプローチしかないのかもしれません。

2)呪文2Aの場合

最後に、「呪文2A」は「呪文1」に変わる問題もあります。これは、遠藤誉氏が、心配していることではないかと思います。冷泉彰彦氏のいう「書面上の形式的なコンプライアンス」を繰り返していると、実は、組織はその「呪文2A」にしばられて、有効な「呪文1」を出せなくなる可能性があります。つまり、行動変容しなくても良いつもりで出した「書面上の形式的なコンプライアンス」の「呪文2A」が続くと、「呪文2A」が、「呪文1」に変容して、行動変容ができなくなる場合です。この場合の「補助呪文」を提示する人は、組織の外にいる人です。外交であれば、国外の勢力が、過去の外交方針を例に「呪文2A」を「呪文1」に読み替えるように攻めてくる場合です。

 

 

注1:

ロシア革命は、革命を正当化する理由が必要だっただけで、マルクスの著書がなければ、その場所に、別の著書がおかれていたはずです。マルクスの著書は、ロシア革命の原因ではないという歴史観もあります。皮肉にも、個人の努力は、歴史的な必然性とは無縁であるという、この歴史観を提示したのはマルクス自身です。しかし、ここでは、そこまで、屈折した立場は取りません。その理由を、データサイエンス的に言えば、再帰的な定義ができないためと理解してもらってもかまいません。

 

https://www.newsweekjapan.jp/joyce/2021/03/blm-1.php

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2021/03/post-95755.php

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%9D%E3%83%91%E3%83%BC

  • 習近平国賓来日は延期でなく中止すべき; 遠藤 誉; 中国問題グローバル研究所;2021/03/02

https://grici.or.jp/1928