クラフトシビックホール土浦(土浦市民会館:土浦市)~つくば市とその周辺の風景写真案内(333)

クラフトシビックホール土浦(土浦市民会館:土浦市

クラフトシビックホール土浦は、土浦市民会館命名権を販売により名称変更したものです。2019年1月から2020年4月まで、耐震補強及び大規模改修工事のために閉館し、5月に、再度、開館しています。

設計は、佐藤武夫(1899~1972年)です。佐藤は、土浦市民会館の前に、1963年に土浦市旧庁舎も設計していますが、土浦市旧庁舎は移転して現在は使われていません。

土浦市民会館は1969年2月に開館しています。当時の土地改良事業の一環として市民会館の建設地が定められたそうです。近くに農業用水が見られないので、圃場整備事業だろうと推測しますが、確認はとれませんでした。佐藤武夫は音響設計の専門家で、大ホールは音響効果のよいクルミ材の化粧合板を使っています。リニューアル後もクルミ材の壁はそのまま利用され、当時のままの内装や外装をできるだけ生かした改修となっています。今回は、建物の外側だけの写真なので、内装はわかりません。

1969年頃は、コンサートのできる大ホールが少なく、東京都でも、日比谷公会堂(1929年)、東京文化会館(1961年)しかありません。ちなみに、日比谷公会堂は現在、改修中で、閉館しています。茨城県内では、ザ・ヒロサワ・シティ会館(旧茨城県立県民文化センター、1966年)、日立市民会館(1965年)があります。

藤武夫の設計した建築には、老朽化して、取り壊されたものもが多いですが、クラフトシビックホール土浦は、耐震補強及び大規模改修工事がなされましたので、あと30年は使えると思われます。

写真1、2、3が、クラフトシビックホール土浦です。今まで、見てきた建築と比べると圧倒的に強いデザインです。最初は、無愛想な建築に見えました。例えば、写真1のように階段を上って左右に入り口のある構造は、公共建築に多いパターンで、米国の例であれば、ギリシア建築のような丸い列柱が並んでいるものが典型的です。1969年は、まだ、日本が貧して、そうした装飾的な部分にお金をかけることが難しかった時代です。おそらく、予算の多くは、内装や音響設計に費やされ、外装は、無駄を極限まで、切り落としたと推定されます。佐藤武夫の代表的建築「大隈講堂」は、無駄をそぎ落としたデザインで、ともかく、硬い感じを受けます。その傾向は、この建物でも明らかです。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%9F%E6%B5%A6%E5%B8%82%E6%B0%91%E4%BC%9A%E9%A4%A8

https://www.city.tsuchiura.lg.jp/page/dir000577.html

  • 【土浦建築探訪】㊤ 市民会館24日開館 建築音響工学の先駆者設計

https://newstsukuba.jp/23983/16/05/

藤武夫 wiki

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E8%97%A4%E6%AD%A6%E5%A4%AB

 

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写真1 クラフトシビックホール土浦

 

 

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写真2 クラフトシビックホール土浦

 

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写真3 クラフトシビックホール土浦