計算論的思考と人文・社会科学(2)~帰納法と演繹法をめぐる考察(9)

計算論的思考と人文・社会科学(2)

エコシステムと相対主義(続き)

政治学の例を考えてみます。選挙制度は、中選挙区が、小選挙区に変わりましたが、自民党は有効投票の中の過半数未満の得票しか得ていないのに、議席の60%以上を得ています。つまり、代表に結び付かない投票者の支持票が多いことになります。この問題は、次のように一般化できます。

一般化した選挙投票問題


投票データ(投票者ID,投票所IDまたは、東経と北緯、支持代表者ID、支持政党ID)

代議士データ(支持代表者ID、支持政党ID)

ここで、投票データを代議士データに、変換する適切な関数をどのように設計すべきか

制約条件(エコシステム)は選挙区


昨年は、ウグイス嬢に、法定外単価の給与を支払って、捕まった代議士がいましたが、選挙カーの効果はあるのでしょうか。ネット通販サイトでは、類似製品との比較表を作成して、違いがすぐにわかるサービスを提供されているのが普通です。一方、代議士の政策については、比較一覧表を作成できるサイトをしりません。これは、代議士の比較選択には、電気炊飯器などの家電製品の比較購入以下の情報提供しかなされていないことを意味しています。これでは、まともな政策選択で、代表が選ばれているとはおもえません。代議士は、ウグイス嬢の声はきれいだったとか、候補者が芸能人で、名前を知っているということで、選ばれているのであって、政策内容で選ばれていない可能性が高いです。しかし、この問題を、正常な方向に、軌道修正する努力がなされているとはいえません。

一般化した選挙投票問題を考えれば、選挙区は、エコシステムの一部であって、設計すべき内容になります。例えば、比例区、選挙区という2分法には意味はありません。これは、次式で一般化できます。

当選議員の得票数=a*b*支持代表者IDの有効投票数+(1-b)*支持政党IDの有効投票数

ここで、選挙区の場合には、b=1、比例区の場合には、b=0になります。aは選挙区による1票の重みの差です。

このフレームであれば、a、bの最適な値の求め方が課題になりますが、電子投票であれば、選挙区は必須の条件ではありません。東経と北緯があれば、最適な選挙区を投票後に割り付けることもできます。あるいは、現在では、県境近くに住んでいる人は、生活圏が居住県ではなく、隣接県にある場合でも、選挙権は居住県のものしかありませんが、電子投票では、自己申請で、1票に重みを付けて、居住県に0.2票、隣接県に0.8票を投票することも可能です。

このように、多くの問題は、エコシステムの再構築で解決できるはずです。つまり、技術的には、解決可能な問題が多数あるのですが、多くの政治学者は、現在の選挙エコシステムに基づく学問であると、自己規定して、その外には出て行かないのです。

現在は、米国の大統領選挙に見られるように、民主主義は危機的な状況にあります。ジャック・アタリのように、既に民主主義は終わっていると判断している識者もいますが、彼らも、あるべきポスト民主主義の世界を描けているわけではありません。このことを端的にいえば、現在の選挙による代表というエコシステムは、耐用年数に達しているが、代替システムが見当たらないということなります。

この事例を考えると、20年前のアマゾンを思い起こします。アマゾンは、最初は、ネット書店販売から始めます。そして、クラウドサービスを取り込んで、販売品目を増やします。その結果、小売店やショッピングモールを、廃業に追い込みます。

現在の選挙システムに変わるエコシステムがすぐに、構築できるとはおもいません。しかし、アマゾンのように、20年程度かければ、エコシステムの再構築は可能と思います。その時にも、まだ、政治学者が、政治学は、現在の選挙エコシステムに基づく学問であると、自己規定し続ければ、現在のアマゾンに対する小売店の位置に落ち込んでしまいます。

筆者は、以前、山本康正「2025年を制覇する破壊的企業」について、次のように書きました。


5年前、「10年後の2025年に、仕事の半分は、なくなっている。」という予測がありましたが、本書は簡単に言えば、その企業版で、「2025年には、企業の半分はなくなっている。」という予測です。


同じ、延長線上で考えれば、20年後には、エコシステムの交代に対応できない人文・社会科学は、消滅していると思われます。

関連するリマークは次点です。

第1は、人文・社会科学は歴史の波に耐えて生き残った学問なので、価値がある。古典を学習することは有益であるという指摘です。これは、エコシステムの交代を無視した主張なので、正しくありません。実際に生き残っている学問は、エコシステムの交代に適応しています。古いエコシステムのままでは、消滅します。この点は後で論じます。

第2は、教育の問題です。古い学問が、絶滅して、それを担っていた年寄りが、現世からいなくなるのは世の常です。しかし、そのままいったら、エコシステムの交代に耐えられずに20年後に絶滅する学問を教育することは、社会的な損失になります。この問題は、非常に重要です。IT人材の不足は、「エコシステムの交代に対応した教育をどのように構築すべきか」という問題の一部にすぎません。プログラミング教育も同じです。しかしながら、エコシステムの再構築を優先する計算論的思考は、異端の考え方なので、なかなか普及しません。

第3に、これからの社会で価値を創造するのは、人間の頭であり、演繹的思考です。これからは、頭を使うことで、収入がえられ、満足できる社会を構築した国が先進国(社会)になります。帰納法的に考えれば、先進国は、米国や日本ということになりますが、逆向き推論で演繹的に考えれば、日本は、後進国そのものです。選挙制度に変わる新しい政治のエコシステムが、日本発で実装されるとは思えません。エストニアなどのIT先進国が先行して、先進国になると予想します。なぜならば、新しい政治のエコシステムは、人間の能力をひきだし、無駄な仕事を省いて労働生産性を上げることができるからです。その場合、米国の場合のように、州の権限が強い場合もありますから、国単位で考えることも不適切と思われます。また、新しい政治のエコシステムから見れば、個人の能力が発揮できない政治システムをとっている中国の覇権はあり得ないでしょう。

今回は、ここまでにします。