離脱・発言・忠誠とエコシステムの交代(2)

エコシステムの交代

ここでは、ハーシュマンの2番目のアイデア

  • 組織に対する個人の対応には、対象にかかわらず共通点があるはずなので、単純から複雑、簡単から困難に順番を付けて検討できる。

を使って、エコシステムの交代の効果を考えます。

ある商品を購入した人が商品に不満をもった場合に取りうる対応は3種類です。

リスト1


古いエコシステム(旧タイプの製品)

  • 忠誠:不満はあるが商品を購入しつづける。ー>製造中なら、離脱と同じ。

  • 離脱:不満があるので次回は商品を購入しない。ー>新タイプの製品に移行。

  • 発言:商品に対する問題点をメーカーに伝えて改善を促すー>皆無に

新しいエコシステム(新タイプの製品)

  • 忠誠:不満はあるが商品を購入しつづける。ー>なれないので、不満はあるのが普通。

  • 離脱:不満があるので次回は商品を購入しない。ー>新製品を使いこなせない。

  • 発言:商品に対する問題点をメーカーに伝えて改善を促すー>自動データ取得

新旧エコシステムのリンク

  • 古いエコシステム(離脱)ー>新しいエコシステム(参入:忠誠)

  • 新しいエコシステム(離脱)ー>古いエコシステム(参入:忠誠)


 

前回と同様に、製品を作っている組織マネージメントの問題のリストを作れますが、煩雑になるので省略します。ただし、自分が属している組織が新しいエコシステムに対応できていないのではないかと、不安がある方は、リストを作って問題を整理することをお薦めします。ハーシュマンは解決法を示しているのではなく、問題点を分析するツールを示しているからです。

以上のリストは、抽象的過ぎて、問題点の分析の検討ができないので、以下では、具体例を考えます。サンプルは筆者がある程度の知識があるデジタルカメラです。

まず、エコシステムを整理します。

古いエコシステム

フイルムカメラ時代にできたエコシステムで、デジタルになって、一部修正されていますが、大きな変更はありません。カメラは高価な耐久消費財で、交換レンズがカメラ以上に長期に使えます。良い写真を撮るには、写真学校にいくか、カメラマン講座に参加する必要があります。カメラマンは専門職で、カメラとレンズ以外に、フラッシュや三脚などの大型機材を持ち歩き、あるいは、ライトのセットされたスタジオで撮影します。撮影した写真は、印画紙に印刷して、ギャラリーで展示するか、カメラ雑誌に掲載します。カメラ店・写真店が機材の販売窓口です。

新しいエコシステム

スマホクラウド環境時代にできたエコシステムで、撮影した写真はクラウド上にアップして、共有して楽しみます。写真はスマホタブレットで見るもので、基本的に印刷はしません。画素数については、インスタグラムの最大、幅1080ピクセル、高さ1350ピクセルが一つの基準です。これは、一般的なディスプレイの解像度とファイルのサイズを考えれば、妥当な選択と思われます。機材は、小さくて軽いことが原則で、一番多くつかわれるのがスマホについているカメラです。基本は広角側の標準レンズを使ったパンフォーカスに近い画像ですが、最近は、広角、望遠の画角が可能なスマホも出てきています。また、距離センサーを搭載した機種も出てきており、小型ですが、決してローテクではありません。撮影時の画面の自動判別機能は、スマホの方が優秀です。良い写真はシャッターを押すだけで撮れます。ディスプレイで写真を見ることが、現在では、写真の標準デバイスになっています。例えば、wiondows10の自動的に切り替わる壁紙には、世界的に著名な写真家の傑作が惜しげもなく使われています。カメラ雑誌に掲載されるよりも、windows10の壁紙に採択される方が、写真家のステータスが高いのです。写真は、撮影後、フィルターをかけて楽しみ、タグをつけることで、検索や共有化がしやすくなる工夫がなされています。

ここで、次の仮定を置きます。あなたが、カメラメーカーのデジカメを所有して使っていたとします。カメラが古くなって、最近の機種に比べると性能が見劣りするようになりました。カメラを買い替えようと思います。この場合の選択として、リスト1を眺めていただくと、リストの効果がわかると思います。おそらく、天体写真を撮影する人、マクロで昆虫の写真を撮影する人、超望遠で鳥を撮影する人は、古いエコシステムから新しいエコシステムに乗り換えることはないと思います。しかし、これらの撮影には、忍耐と体力が必要です。カメラの使用頻度の最も高い標準ズームレンズの範囲で、ディスプレイサイズの解像度であれば、スマホの方がきれいに写ります。こうした普通の写真を撮る人を対象に考えれば、古いエコシステムに残っている理由はなく、新しいエコシステムが選ばれるでしょう。

こうなると、古いエコシステムからの離脱と新しいエコシステムへの忠誠が雪崩的に起こります。


古いエコシステム(旧タイプの製品)の「離脱」:不満があるので、新タイプの製品に移行。

新しいエコシステム(新タイプの製品)の「忠誠」:なれないので、不満はあるが使う。


どうして、こんな分かり切ったことを書いているのかと思われるかもしれません。その理由は次の3つです。

  1. 将来、起こることはわかりませんが、古い事例でトレーニングすれば、将来の事態に対する対処能力を高めることができます。例えば、「ガソリン自動車がなくなって、全て電気自動車になる場合に、どう対応すべきか。」という問題は、未定の事項が多すぎ、直ぐに検討することはできません。しかし、デジカメメーカーがどこで選択を間違えたのかという問題設定であれば、資料が多くあり、トレーニングできます。

  2. エコシステムの交代の事例の内容は、当たり前なのですが、かといって、現在のデジカメメーカーが、エコシステムの交代を見据えたビジネス戦略をしてきたとは、思われません。むしろ、既になくなってしまった白物家電の国産メーカーのように、コモデティで価格競争に敗れると高価格高機能製品にシフトして、マーケットを失っていった状況が繰りかえされ、学習機能が停止しているように思われます。

  3. ハーシュマンの「離脱・発言・忠誠」にはエコシステムの交代という視点はありません。ハーシュマンは、晩年に、東西ドイツの合併問題を、「離脱・発言・忠誠」の枠組みで理解することに腐心していたようですが、筆者には、東西ドイツの合併問題は、エコシステムの交代と「離脱・発言・忠誠」の組み合わせ事例として考えた方が理解しやすいと考えています。というのは、このフェーズでは、発言の良し悪しが結果に与える影響が小さくなるからです。言い換えれば、発言に基づいた改良によって、古いエコシステムが生き残ることはほぼないからです。

まとめます。IT化によって、今後、いろいろな分野でエコシステムの交代が起こります。かなりの数の組織が、scrap and buildを余儀なくされるでしょう。こうした場合には、特効薬はありませんが、過去の失敗を分析することが重要と考えます。自分たちの組織が、エコシステムの交代に生き残れなかった組織にならないためには何をすればよいのかは、エコシステムの交代に生き残らなかった組織と生き残った組織の分析をすることで、ヒントが得られるはずです。このときハーシュマンの整理法の「離脱・発言・忠誠」が役に立つ場面もあると思います。