コロナウィルスとビッグデータ疫学(3)

ビッグデータ疫学と公共の福祉

前回は疫学的なリスク管理が問題であると申し上げました。コロナウィルスは特定伝染病ですから、感染すれば(感染がわかれば)、公共の福祉のために、行動が制限されて、隔離されます。つまり、「個人の自由やプライバシーは、この場合には、公共の福祉が優先して制限される」ことになっています。この部分の規定は、憲法に基づいています。

おそらく、コロナウイルス疫学調査をする場合の最大の論点は公共の福祉の部分の解釈にあります。実施法のレベルでは「感染が判明すれば行動が制限される」のですが、この実施法が作られた時点では、海外渡航者が非常に多数になるとか、ビッグデータが使えるということは想定していません。国内の人の移動も限られているという前提です。戦前や戦後間もないころであれば、特定伝染病が海外から持ち込まれた場合、発症者がわかった時点で、接触者を押さえて感染拡大を止めることはさほど難しくなかったはずです。現在海外から戻った人に、検査を義務づける、あるいは、検査を前提に入国を認めることは出来るようですが、発症しない限り、行動を制限することは難しいようです。つまり、「個人の自由やプライバシーは、この場合には、公共の福祉が優先して制限される」というルールが発動する条件は、感染が確認された時からで、海外から入国したというリスクグループに属することが、公共の福祉が優先する条件にはなっていないのです。

第1回目で論じましたように、巨大IT企業は、個人のビッグデータを持っていますが、それらのデータは、プライバシー条件に抵触しない範囲で、企業の利益を確保するために使われています。これは、企業経営は、プライバシー条件のような基本的な倫理ルールを守れば、利益最大化を目指してよいことになっているからです。であるからして、IT企業が、公共の福祉に貢献してくれる保証はありません。もちろん、社是として、公共の福祉に類することを掲げている企業もあり、それは、良いことだとは思いますが、資本主義のルールでは全ての企業に公共の福祉を優先させることはできません。

コロナウィルスの場合には、ワクチンを開発している企業の一部は、公共の福祉を優先してビジネスをするといっていますので、誰もがそうなればいいなとは思っているでしょうが、赤字でも、公共の福祉を優先することを期待している人もいないと思われます。

世界の巨大IT企業はアメリカと中国に集中しています。2018年に出版された「ジェイミー・バートレット:操られる民主主義: デジタル・テクノロジーはいかにして社会を破壊するか」では巨大IT企業の20位までは、米国と中国の企業で、そのうち9社は中国の企業です。

中国は、国内の巨大IT企業のビッグデータについて、国の利用を優先させる法律を成立させています。個人情報をもとに、個人の信頼度を評価するシステムを2020年までに全国民に適用する予定です。この方式では、個人の自由やプライバシーの扱いはほとんどないと思われますが、国家は、税収によって成り立っていますので、利益を最大化するインセンティブを持ちません。つまり、国家はビッグデータを企業のように、利益最大最大化するためでなく、他の目的に使うことができます。他の目的には、政権維持のための管理社会を実現するなどが含まれる可能性が高いですが、コロナウィルスについては、リスク管理モデルを作って、感染管理をしているはずです。つまり、世界で、中国だけで、ビッグデータ疫学が実現しています。そして、データサイエンスと疫学の素養のあるひとであれば、ビッグデータ疫学による感染管理の効果が如何に大きなものになるかは想像できると思います。

おそらく、コロナウィルスがおさまるまでに、あと1年以上はかかりそうです。ビッグデータ疫学によるコロナウィルスのリスク管理モデルが機能すれば、その間に、中国経済は他の国に比べて、経済的なダメージを最少にして、経済発展に成功すると思われます。そして、こうした、中国式のビッグデータモデルは、将来は、その成功を背景に、システムが輸出されると思われます。つまり、民主主義に代わる中国式の統治システムが世界の主流になる可能性を秘めています。

日本では、国民全体の保険診療を実現しています。これは、良質な医療を安価にうける権利です。一方では、それを実現するためには、義務を伴います。コロナウィルス下で、良質な医療を受け続けるためには、公共の福祉のために、個人情報を提供する義務が伴うようになると思います。つまり、日本でもビッグデータ疫学を実現する必要があります。これには、反対者も多いと思われますが、中国とのコロナウィルス対策の格差がついてくるとビッグデータ疫学を止めることができなくなると思われます。もちろん、個人情報にアクセスできる人は、最高裁の裁判官レベルの審査や信任投票が必要であったり、更に、アクセスできる人を監視する人を設置するなどの工夫は必要ですが、最後は、中国のコロナウィルス管理モデルが世界を動かす可能性が高いと思われます。また、こうした法制度の準備が遅れると日本は世界から取り残されると思われます。

3回をまとめますと、個人情報を使ったビッグテータ疫学を国家が実現することが、今後、世界で、国の存続をかけたテーマになると思います。疫学が国家に影響すると考えのは一見すれば、無茶です。しかし、コロナウィルスが経済活動に与えたダメージの大きさを考えれば、疫学のあり方が国家を規定することがあっても不思議ではないと思います。

民主主義のシステムの綻びとこの問題は関連が深いと思われますが、その点は、また別の機会に考えてみたいと思います。

補注

中国のコロナ対策でビッグデータが何をしているかは、テグマークが述べています。テグマークによれば、韓国でも同じようなビッグデータの利用が進んでいるようです。ここでの筆者の主張はその点にあるのではなく、「民主主義+ビッグデータ疫学」が実現しなければ、中国型の「非民主主義+ビッグデータ疫学」が世界に広まるだろうということです。同じ本で、ダイヤモンドは、中国を「中国は民主主義国家であったことがない。それが致命的な欠点なのです。」と名指しで指摘しています。しかし、「民主主義+ビッグデータ疫学」が実現しなければ、これが欠点ではあり続けないと思われるのです。

  • 「AIで人類はレジリエントになり続ける」マックス・デグマーク

  • 独裁国家パンデミックに強いのか」ジャレット・ダイヤモンド

ともに、「コロナ後の世界」文春新書に収蔵。