トリクルダウン効果はあるか(2)

資産と産業構造

今回は資産の分布とトリクルダウンについて考えます。ある部門の経済活動が活発になった場合に、その効果が、他の部門に波及する大きさを推定するには、社会会計行列または、産業連関表を使ってモデルを作って推定します。この方法には、留意点がありますが、その点の考察は後にして、社会会計行列で、トリクルダウンが計算できるためには、新しい裾野の広い(波及効果の大きな)産業が育つことが前提です。こうした新しい産業は、競争に打ち勝ってできますので、有能な人が新しい産業に参入してくることが前提になります。大学受験の偏差値は人の能力のごく一部しか表していませんが、それにしても、優秀な学生の多くが医師を希望する社会は、経済が発展する可能性は低いと考えられます。というのは、社会会計で考えれば、医療や福祉は自国内を対象にする限り、他の部門で稼いだお金を使う部門であって、国の富を新たに生み出す部門ではないからです。

日本経済の歴史を振り返れば分かりますが、農業国であった日本が工業化して、工場で新たな富を生み出すことで、日本は豊かになり、先進国の仲間入りをしました。近年では、発展途上国も工業化していますので、軽工業は日本国内には残っていません。日本の工業化もその中身をリニューアルしてきました。さらには、最近では、産業の中心が工業からサービス産業に移っています。

サービス産業で、現在大きな、利益を出している会社はGAFAです。実際に、世界の株式会社の評価額の上位の半分くらいはIT企業で占められています。こうした大規模IT企業は日本にはありません。ここ25年間の間に、一人当たりGDPでみると先進国の中で日本はひたすら順位を下げています。つまり、主要産業のリニューアルに取り残されています。この事実からすれば、IT産業にはトルクルダウン効果がみられます。

これから、トリクルダウン効果は、対象とする国の経済発展のレベルと、新規に富を生み出す産業の組み合わせで、効果の発現の大きさが異なることが分かります。つまり、経済発展のレベルと、資産がどの産業分野にあるかをみないと、トリクルダウンの効果は検討できません。そして、日本の経済発展のレベルでは、IT企業などのサービス産業が育っていることがトリクルダウンの前提条件です。

サービス産業でも、福祉のように、労働生産性が工業よりも低く、富を消費するセクターの比率が増えれば、一人当たりGDPは減少します。これは、負のトリクルダウンとも考えられます。

富を生み出すサービス産業の典型はIT企業なのですが、多くの人は、IT企業の仕事の中身に精通していないと思います。なので、ここでは、漫画を例に、サービス産業の特徴を考えてみます。

鬼滅の刃」という漫画とアニメ映画が人気を博しています。漫画の場合には、工場でモノを作るような工程で考えれば、白い紙にインクで絵が描かれている製品です。しかし、売れる漫画は一部です。漫画やアニメ映画の製作者のなかで、お金が稼げる人は、1000人に1人程度の頻度と思われます。漫画は1冊分の版下をつくれば、あとは印刷するだけなので、製作費は、出版数に比例しません。アニメ映画の場合も、映画を1本作れば、多数の映画館で上映しても、映画館の数に比例した費用がかかる訳ではありません。しかし、売れる漫画やアニメ映画はごく一部で、それ以外は、印刷してもゴミになってしまい、古紙として回収されるだけです。これが、自動車の場合には、製造費用の多くの部分は台数に比例しますし、基本性能は安全に走ればよいので、デザインに人気がないからといって、自動車が1台も売れないことはありません。サービス産業の場合には、一部の人だけが成功をおさめ利益をえることができますが、それ以外の大部分の人は利益をあげられません。労働者の平均的なスキルや学歴、資格は全く価値がありません。ある意味では一部の天才だけが必要で、それ以外の人は価値を生み出すことができません。

IT企業も同じで、動くだけのソフトウェアでは生き残れません。一部の天才がいれば、IT会社は利益を上げられますが、平均的スキルの人は全く利益を生み出せません。工業からサービス産業にシフトするには、教育、評価、給与の体系を根本から組み替える必要があります。

もちろん、こうなると、一部の成功者に富が集中し、貧富の差が大きくなります。しかし、突出した才能に活躍の場を与えられない国は主要産業のリニューアルに対応できず、取り残されます。この問題は、第3の平等性の維持システムにつながるので、後で検討します。

今回のまとめとしては、サービス産業、特に、IT産業ではトリクルダウン効果がみられること、日本は、IT産業へのシフトに失敗していることを確認しておきます。