組織学習能力の課題(2)

今回は実例を考えます。

文献調査・事例調査

大学で卒業論文修士論文を作成する時に、過去の文献調査がまともにできる学生は、難関大学のレベルの学生または、大学生全体の10から20%と思います。文部科学省は、スマホ時代に暗記中心の教育はそぐわないとしてアクティブラーニングを推進していますが、その前提には、文献調査ができることになりますので、アクティブラーニングが実現できる学生の割合は多くても20%で80%は不適合になると思います。

文字と操作記憶

断っておきますが、これは、80%の人が仕事ができないといっているわけではありません。ちょっと前まで、人類が進化する上で必要な学習は、操作記憶です。耕作の仕方、魚の取り方、これらは、先生のやり方を生徒がみてマネをして、体を動かして学習します。文字ができる前には、操作記憶ができることが、一番重要な記憶でした。危険な動物、毒のある植物は実際に見て、場合によっては触って覚えます。たとえば、イヌイットの人の操作記憶の量は膨大です。識字率が低い国でも、間違って毒草を食べる人が多い訳ではありません。一般には、料理が上手になるためには、料理教室に行くのが近道です。先生の操作を生徒がまねをして、料理の操作を記憶します。料理の本を読んで料理を作ることは容易ではありません。料理の本を読んで料理を作るためには、本の内容と今までの体験を結び付けて頭の中で料理のシミュレーションを再構成しないとできません。文字を読んで理解することは、発音ができることではなく、この再構成ができることになります。ですから、識字率があがっても、文献調査ができる割合が20%程度と低いことは当然です。文献調査とは、自社の製品やサービスに転用可能で価値のある情報を抽出することですから、頭のなかで、情報利用のシミュレーションができないと、価値のある情報を抽出できません。

NTTドコモの問題

NTTドコモの決済サービス「ドコモ口座」を使った銀行預金が不正に引き出される被害が多発しています。他のスマホメーカーではこの問題は起きていませんから、これを組織学習能力からみれば、文献調査・事例調査の能力が低く、十分に調査できなかったことになります。日本を代表する大企業でも文献調査・事例調査ができないのです。筆者が、組織学習能力が重要であるという理由がここにもあります。NTTドコモは大企業ですから、個人のレベルでは、文献調査・事例調査ができる人が誰もいないとは考えられません。しかし、組織として見ると、そうした個人の能力を全く引き出せていなかったことになります。

コピーは学習ではない

地方自治体のHPを見ていると、住民票のコピーの撮り方、..など、どの自治体でも同じようなサービスのリストが並んでいます。しかも、自治体毎にHPのレイアウトやデザインが異なります。この方式の問題点は、コストと使いにくさです。引っ越しをして新しい自治体にうつった場合には、サービスがHPのどこにあるのか、探す必要があります。引っ越し前の自治体で覚えた知識は無効になります。しかも、この無駄のために、自治体毎に、バラバラに、HPの作成をソフトウェア会社にアウトソーシングしています。

あなたが、新しくできた自治体の職員で、上司から、うちの課のHPを作るので準備をしなさいと職務命令を受けたとします。あなたは、周辺の自治体のHPを見て、よさそうなところを2、3、プリントアウトします。随意契約ができる場合には、ソフトウェア会社を呼んで、こんなものを作ってほしいと依頼するだけです。随意契約ができない場合には、仕様と想定入札価格を決める必要があります。しかし、そもそもソフトウエアをつくったことがないですから、まともな仕様は作れません。ソフトウェアの価格は全くお手上げです。仕方がないので、どこか最近、HPの作成を行った自治体の知り合いから、仕様書と見積書のコピーをもらって、参考にします。

現在の公務員の仕事の多くはこんなものと思われます。高度成長期頃までは、アウトソーシングしようにも、民間がありませんでしたので、公務員は何でも自前で問題を解決していました。つまり、HPを作っていたのです。また、ITのように専門分化した知識が必要な仕事はほとんどありませんでした。現在は、アウトソーシングするためのコピー元の入手が主な仕事です。NTTドコモの場合には、コピー元すら探すことができなかったので、それよりはマシかもしれません。しかし、コピーするだけでは、中身は理解できませんから、学習してはいません。この程度の仕事であれば、AI以前のITで簡単に代替できます。ここでは組織学習が機能していません。

自治体案内のHPは90%は共通ですから、ひな形を作って、各自治体に向けてアレンジすれば、費用が劇的に圧縮できます。しかし、そのためには、ある程度のITの知識は必要です。また、現在のHPを変更すれば、当然、バクがいくらか入ります。こうしたリスクを押してまであえて、HPを改善する人は自治体職員にはいません。つまり、自治体は組織学習能力を失っているのです。

さらに、IT化すれば、自治体の職員は劇的に減ります。組織学習をまともにすれば、組織が解体してしまいます。そのような場合には、組織自体が、組織学習を阻害するように働きます。

結局、組織学習を阻害しているのは、組織をフレキシブルにできない年功序列制度にあるのです。