科学は真理を追究するものであるという考え方があります。「science for science」と表記されることもあります。
しかし、科学技術予算が増大し、特に税金の投入が大きくなるにつれて、科学は、納税者に見返りを与える必要があるという見解が最近では主流になりつつあります。これは、「science for people」と書かれることもあります。
ノーベル賞も最近の受賞は、実際の生活に役にたったという評価が、論文を多く書くよりも重視されるようになってきていると思われます。
一方では、科学的な成果が役に立つまでには、死の谷(Death Valley)と呼ばれるように、タイムラグが大きき、30年くらいかかることもざらです。
しかしながら、問題を「科学」と「有益性」のフレームで考えることは問題の本質を見落すリスクがあります。
「有益性」は結果に対する評価指標です。有益性を事前に予測することはできません。この時に、有益性の評価の対象になる事象は、科学そのものではありません。評価の対象は科学の応用です。科学の応用は、一般には、科学を使って何かを作る設計(Design)のよって成し遂げられます。
つまり、結果として有益性が得られるためには、設計が良くないとだめなわけです。死の谷が30年もかかったという場合には、多くの設計上の失敗があったためと思われます。
つまり、次のような流れがあります。
科学ー>設計ー>有益性
しかし、死の谷の議論で見られるように、設計は正面切っては扱われていません。
つまり、科学は、設計から独立しているという暗黙の大前提があります。しかし、筆者は、この大前提は、正しくないと考えています。なぜなら設計に結びつかない科学は、永久に死の谷から出ることができないからです。
この議論を進めるには、設計と科学の定義を見直すところから始めなければなりません。
なので、今回はここまでにします。