人口減少と高等教育の関係

研究デザイン

「応用科学が役に立たない理由」で、因果律が研究デザインの前提に必要であると申しあげました。今回は、より、複雑な研究デザインを考えます。ここでは、因果律以外に、別の視点を検討します。

  • 因果律

    因果律は、確定的世界では強力です。確率的世界では、統計的因果律が整理されたことが大きな進歩です。しかし、統計学では意味は排除されます。これは、長所でもありますが、データ量が少ない時には短所になります。

  • 意味の解釈(人間の情報取得と行動選択)

    逆に、意味を導入する長所は、人間は、情報を得たときに、それに基づいて行動の選択を行う点を配慮できる点にあります(注1)。データ量が少なく、状況が頻繁に変化して、データの更新を頻繁に行わなければならない状況では、意味による解釈は有効な方法です。この方法は、解釈を間違えるリスクを持っていますが、自然科学的な方法論では、データ量の絶対的な不足で結論が出せない問題への答えを提示できます。提示された情報の意味は、更に行動選択に反映されます(注2)。意味のリンクとは、人間の情報取得と行動選択を考えたモデルで眺めてみることです。

  • 制御可能な因子

    因果や意味の連鎖がえられときに、制御可能な因子を抽出します。

女性の高等教育と人口減少

女性の教育と出生率の間に相関があることはよく知られています。

この問題は、教育のレベルが、初等、中等教育か、出生率か、婚姻率かなどの組み合わせが考えられます。

しかし、子供を持ちたくない人(注3)は少ないので、このままでは、意味のレベルの解釈に達していません。

東京都の人口問題

地方は人口減少が大きく、経済が停滞しているので、政府は地方再生を政策に掲げていますが、ここでも意味のレベルの解釈は行われていません。

あるいは、高等学校の授業料の無償化も、意味のレベルの解釈にはなっていません。日本の教育制度は、成績不良による落第や留年がほとんどありません。成績不良で、落第として処理されているケースは、出席不足がほとんどです。出席重視ですから、飛び級もできません。内容がすべて、理解できていても、出席しないと単位がとれません。これは、経済学では、完全な無駄です。昔、捕虜収容所で、捕虜を虐待する方法を聞いたことがあります。真偽の程はわかりませんが、こういう方法です。捕虜を屋外に連れ出し、まず、穴を掘らせます。次の日に、また、捕虜を屋外に連れ出し、前日掘った穴を埋め戻しさせます。あとは、この2つを繰り返します。こうすると、捕虜は生きる意味を見出せなくなり、精神的なダメージをうけます。このように、完全な無駄は生産性がゼロなだけでなく、人間の精神も破壊します。「高等学校」も、誰が、どのコンテキストで見るかで、意味が全く異なります。高等学校の無償化政策に賛同して、選挙で票を入れる人は、卒業証書が欲しいだけで、カリキュラムの習得には関心がないかもしれません。あるいは、もらえるお金なら何でもいいから、もらっておこうと考えているのかも知れません。いずれにしても、意味のレベルの解釈で、行うべき政策は異なってきます。

話を戻して、意味のレベルの解釈の例として東京都の人口問題を扱います。

トッドが指摘するように、教育は、収入に結び付き、格差の要因になっています。実家がけた違いの資産家であるような例外を除けば、高等教育は高い収入に結び付く(注4)ので、高等教育の希望者が多くなります。次のような意味のリンクがあります。

高収入>高等教育

高等教育を受けた後で、そのノウハウを使って、高収入の職業につくとします。その場合、特殊な技能が活用できる場は、大都市、特に、東京にしかありません。ですから、東京に移住することになります。

高等教育>東京都への移住>

東京に、移住すると、出生率が下がります。これは、一つは住宅事情によりますが、一人暮らしの利便性も大きく影響します。田舎に行くと、一人で食事のできる場所は限定されますし、スーパーのパッキングも大家族向けが多く、一人暮らしは大変不便です。つまり、早く結婚することの長所が大きいです。女性が働いていても、人口減少が大きいので、保育所まちになることはありません。

東京都への移住>出生率の低下

以上をまとめると、次の意味のリンクがあります。

高収入>高等教育>東京都への移住>出生率の低下

東京の人口は、移入・移出と出産・死亡で決まります。後者は、大きな減少要因です。東京に移住しないで、他の地域のとどまるか、移住した場合には、出生率はより大きくなります。つまり、東京への人口集中は、日本全体で考えれば、人口減少要因になっています。

対比で、地方を選択する場合には次の意味のリンクになります。

低収入>非高等教育>地方での定住

制御因子

以上の意味のリンクで、行政が関与できる制御因子は「教育」だけです。ただし、ここでいう教育とは意味のリンクにおける教育の役割機能を指します。収入や社会とリンクする部分を考えた教育システムの機能を指します。教育の専門家の範疇をはるかに超えた視点です。その意味では、水産資源の予測ににています。水産資源は因果律のリンクですが、ここでは、人間が入るので、意味のリンクになる点が違いです。

意味のリンクの中で、制御可能な部分は教育であること、そして、制御には、資金が必要なものもありますが、資金が不要な制度改革もあることがポイントになります。

高等教育の再構築

日本の大学の国際的競争力は飛行機の墜落のように低下しています。

これは、交付金の削減が原因であるという人もいますが、その解釈は意味のリンクをなしていません。

意味のリンクには、複数のリンクがあり、人は、その中から、自分に合ったものを選択します。

リンク自体も社会経済状況で変化します。

たとえば、次の1.は上記で提示したリンクですが、40年くらい前であれば、2.の意味のリンクも生きていました。地方では、高等学校の卒業生が、地方企業を中心とした実業界で活躍しています。この場合には、どの高等学校を卒業したかが重要です。地方企業では、東京にある大学を卒業しているよりも、地方の名門校と学校の卒業の方が価値がありました。現在も、首都圏、近畿圏、中京圏など、県をまたいだ人的な交流が多い県をのぞけば、地方大学が、昔の高等学校に近い役割をはたしている場合があります。

ここ20年間に、日本のサラリーマンの所得は、国際的水準に比べれば半減してしまいました。「日本の大学の教員の給与は20年間据え置きなのに、米国の大学の教員の給与は20年間に倍増している。大学の教員の給与を上げなければ、日本の大学の競争力が低下する」という人もいます。しかし、これは、木を見て、森を見ない意見です。20年間に、世界標準でみて日本人の給与全般がが半減しました。これは、給与所得者全般の話です。大学だけが安月給であれば、大学を辞めて、民間に移動するはずです。大学教員の定員割れが問題にならないのであれば、市場原理でバランスは保たれています。日本の大学の国際ランキングが低下したことを、意味のリンクで解釈すれば、市場原理で大学の価値が下がったからと思われます。

意味のリンク1.では、高等教育を受けて、東京の会社に就職すれば、高収入が期待できました。高等教育を受けるのはその教育が高収入に結びつくからです。ところが、1.の意味のリンクは変容して無効になり、高収入が期待できなくなりました。高収入に結びつく高等教育は、国際的企業に就職した時に役に立つ教育をしてくれるところになります。日本の大学は、新卒一括採用を続けるように、企業に働きかけていますから、そもそも、国際企業で使える人材は考えていません。つまり、優秀な学生を引き付ける要素がありません。もちろん、大学の内部は多様ですから、国際性を考えている学科もあるとは思いますが、大学平均でスコアを出せば、連戦連敗になるのは当然と思われます。

おそらく、全て政策で、最も急がれ、将来への提供が大きい課題は、高等教育の再編と思います。初等、中等教育も大事ですが、高等教育に合わせて、変更される部分は大きいので、どこから手を使えるべきかといえば、高等教育と思われます。

 

  1. 高収入>高等教育>東京都への移住>出生率の低下

  2. 高収入>高校教育>地元での就職

  3. 高収入>高等教育>国際企業での就職

 

注1:これは、得られた情報が正しいか、間違っているかに関係しません。

注2:意味と選択のループの典型例は株価です。

注3:「チャイルド・フリー」という用語があります。