オリンパスはもうどこにか行ってしまった～「カメラ設計者米谷美久講演会」を読んで

「カメラ設計者米谷美久講演会」

オリンパスが６月にカメラ部門を売却することを決めました。米谷（まいたに）は、オリンパスのカメラをほぼゼロから作った伝説の技術者です。既に、2009年に亡くなられていますが、過去に行った講演会の記録をオリンパスのHPで読むことができます。これが、めちゃくちゃ面白いので、紹介しておきます。オリンパスは、年内には、カメラ部門の売却をすますようなので、このHPも来年になったら読めなくなると思われます。

米谷の講演を読んで、次の２点が特に面白かったです。

第１は、オリンパスがカメラ製造に乗り出すときに、米谷がこの世の中にないものを作り出すという強い目的意識を持っていた点にあります。これは、ジョブスがiPhoneを作るときの考え方と全く同じです。米谷の発言は、名前を伏せれば、ジョブスの発言だといわれても、区別がつきません。ジョブスは新しいコンセプトの製品をつくる天才でしたが、日本にも、ある時代までは、ジョブスのように全く新しいコンセプトの製品を作り出すタイプの技術者がいました。そして、理由はわかりませんが、そうしたDNAは途絶えてしまったように思われます。

第２は、米谷が設定したカメラのコンセプトです。月給の数倍もするライカしかまともなカメラがなかった時代に、ライカに負けない小型カメラを、月給の３分の一の価格で作ることを目標にします。これって、かなりクレージィです。小型で安価であれば、今までカメラに関心のなかった女性のマーケットの掘り起こしができると考え、女性の利用を考えたデザインを採用します。その結果、爆発的な売り上げを記録して、オリンパスはカメラメーカーとしての地位を確立します。

現在、レンジ交換式カメラで、女性向きのカメラをつくっているのは、オリンパスとフジフィルムだけです。これは、小型で、黒くないカメラを作っているのがこの２社だけだという意味です。ニコンもニコン１という小型のカメラを作っていた時期がありますが、現在は撤退しています。実際に、観光地で女性がレンズ交換式のカメラを持っている場合には、この２社が多いです。しかし、２社とも、女性マーケットをまともに取り扱っているとは思えません。そう考える理由は次です。

黒くないカメラは一番入門向けの一番安い機種だけです。少しでも高性能の機種に買い替えようとすると、より大きな黒いカメラしかありません。これは、カメラは買い替えるなと言っているに等しいと思います。
女性がカメラで撮影する主題は、第１に人物だと思われます。人物がかわいい、肌がきれいに映ることが重要です。しかし、そうした点に特化したマーケテイングはしていません。また、人物写真では、瞳フォーカスの精度が重要ですが、入門カメラの精度は悪すぎます。少なくとも、コントラストフォーカスでは無理なので、位相差にする必要もあります。現時点では、黒くない女性向カメラは人物をきれいに撮るには性能が足りません。現在の女性向きカメラは、単に黒くない性能のよくないカメラにすぎません。本当に売りたいのであれば、人物については、トップレベルの写真がとれる女性向きの中級機を準備して、買い替えを誘導すべきです。プロの女性カメラマンも多数いますので、カメラは女性に向いていないということはないと思います。
最近では、安いカメラは利益率が低いので、高いカメラを売りたいという意図がでて、カメラが大型化していきます。入門機はおざなりで、モデルチェンジしても、デザインが変わるだけで、機能は向上しません。ここには、米谷が描いていたような、どこにもない製品（小型で安価でとんがった写真が撮れるカメラ）を作って新しいマーケットを開発するオリンパスはありません。「オリンパスはもうどこにか行ってしまった」のです。

これは、オリンパスに限りませんが、日本のカメラメーカーは、利益が出なくなった原因を冷静に分析できず、ライカの隣の芝生（高級フルサイズカメラ）が青く見えるだけではないかと思います。高級機は、出費を気にしないプロしか買いませんし、これだけ、カメラが増えてしまうと、食べていけるプロの数も減っていくと思います。そうすれば、青い芝生も先細りになってしまいます。

というわけで、「カメラ設計者米谷美久講演会」は、読みだすと、いろいろと考えさせられます。特に、巷で言われているような、日本には、ジョブスのような独創的な製品を生み出すエンジニアがいないという定説は、完全にあやまりであることがわかります。