アメリカと中国が似てきた理由(5)~コロナウィルスのデータサイエンス(87)

計算論的思考と経済格差

計算論的思考が、経済活動の必須の技能になってくると申しあげました。

能力の問題

その場合に、計算論的思考の技術をマスターできる人の割合は、プログラムができる人の割合のように、あまり高くはないのではないかと申し上げました。これについては、体系的な調査ではありませんが、例えば、エクセルを使っている人の中で、マクロ・プログラムが組める人の割合は、2%とも5%とも言われていて、1割には達していないと推察されています。あるいは、現在の戦争は、IT機器を使いこなす必要がありますが、米軍の兵士の採用試験の合格率は30%とも言われています。70%の人は、IT機器の操作ができないということで、採用されないそうです。こうした点を考えると、計算論的思考を実施できる人の割合は5割を超えることは難しいいと思われます。

時間資源の問題

以上は、能力の問題ですが、さらに、時間資源の問題があります。カーネマンの「ファースト・アンド・スロー」では、生活の9割は思考によらず、ヒューリスティックに元づいているといます。これは、思考は、速度が遅く、エネルギーを多消費するので、進化の過程で、人間はあまり考えないで済むように、適応してきているという考えです。これに、従えば、考えるということは、時間的な無駄を供しなければ成立しません。クイズの答えを思い浮かべていただけばわかりますが、考えて、答えに到達することもありますが、答えに到達できないこともあります。後者の場合は、アウトカムズがないので経済学の基準では、時間のロスになります。つまり、考えるためには、すぐにはアウトカムズを期待しないでもよいとい余裕が必要です。アウトカムズの評価がきびしくなると、思考する余裕がなくなり、解法パターンを暗記して、使いまわすようになります。試験の成績を上げるのであれば、問題をじっくり考えるのではなく、解法パターンを暗記して、問題ごとに使い分ける能力をを磨くべきです。試験時間中に考えると、答えが出る前に、タイムアウトになり、落第します。一方では、こうしたパターンマッチングは、AIの最も得意な分野なので、こうした技能の習得では、AIにかなわなくなります

格差の拡大

さた、話を戻しますと、計算論的な思考の技能がマスターできれば、これからも、新しい産業活動を進めて、生活に十分な所得をえることができます。シリコンバレーやジンセンの技術者や経営者が、これに相当するでしょう。一方では、計算論的思考をマスターできない人には、機械より賃金が安価な工場の労働者か、AIに仕事を奪われるか、自動化の難しい単純労働しか残りません。つまり、2極化が起こっているわけです。そして、トランプ大統領は、2極化の落ちこぼれ側にアピールして当選します。しかし、落ちこぼれ側に、富の大きな配分をすることは出来ないので、落ちこぼれ側の感情に訴えるようなポストトゥルースを与えるわけです。これが、中国の場合には、共産主義イデオロギーと指導者崇拝になりますが、本質的には同じものです。

例えば、6月5日のJBPressの記事は次のようにいっています。


 今年(2020年)5月28日、中国の李克強首相は、全国人民代表大会の記者会見で「昨2019年、中国人の平均年収は3万元(約45万円)だった」と公表した。だが、一方で、「中国には月収1000元(約1万5000円)の人が6億人もいる」と明かしたのである。


米国も中国も今後の経済を牽引するのは、計算論的思考に優れた人たちとその産業です。しかし、それは、経済格差を拡大させ、所得の少ない層の支持を得ることができません。ですので、表面的には、政治家は、富裕層をたたいて、貧困層を支持している形をとります。しかし、一方では、本当にそうしてしまうと経済成長が止まってしまうので、実態としては、富裕層向きの政策をとります。本当に、貧困層向けの政策をとるのであれば、ベーシックインカムが実現すると思われます。これが実現しない場合には、社会の不安定を抑えるために、ポストトゥルース共産主義などのフェィクがつかわれるでしょう。

ポスト工業化社会のフレーム

岡田武史氏は、サッカーなどの球技は、近代戦にともなって、会戦の練習を行うために普及したといっています。スポーツは平和の祭典でなはく、戦争の落とし子であるといいます。

民主主義や、義務教育は、工場における大量生産や、そうした生産力に支えられた近代戦に適合したために広がりました。しかし、IT化が、こうした技術基盤を変容させてしまいました。工場における大量生産がロボットででき、近代戦が、サーバー攻撃に変化するのであれば、規模の経済の効果より、計算論的思考にマッチしたシステム構築の方がより強力です。

  • 近代以前の社会では、富は、土地にむずびついていて、地主(領主)になることが富を得る近道でした。

  • マルクスは、工業化が進む近代社会では、規模の経済の効果が働き、土地に代わって生産手段(工場)を所有するものが富を得るであろうと考えました。第2次世界大戦も、勝敗を決するのは工業生産力でした。

  • ポスト工業化社会では、生産手段は普及してしまい、富を生み出す原動力ではなくなりました。軍事力も、今のところ、工業化社会の基準を引きずって、軍事費で比較していますが、その値の意味は薄れています。たとえば、ある天才が、今までの方法で、対抗できないようなサーバー攻撃をかけるアルゴリズムを実装すれば、大きな被害だして、軍事的優位に立てますが、そのポテンシャルは、軍事費にはでてこないでしょう。このように現在の軍事バランスが推定不可能になりつつあります。その評価は、実際にサイバー攻撃が仕掛けられるまでは、表にはでないと思われます。

アルゴリズムで書かれた技術もある種の命題の連続であるので、イデオロギーの一種であるかもしれません。しかし、今までのイデオロギーは、イデオロギーが人に働きかけて、初めて実社会をかえるという手順をとっていました。焚書というのは、イデオロギーが人に接触しないようにする方法です。

同様に、今までは、アルゴリズムで書かれた技術も技術者が読み取って理解して設計し、その設計に基づいて、製作が行われて初めて、実社会にフィードバックしていました。アルゴリズムの発案者は、そのアイデアを設計技術者につたえ、設計技術者は、設計図を製造技術者に伝えて、モノを作っていました。これは、イデオロギーと同じステップです。

現在のIT技術は、アルゴリズムは、プログラムで書かれ、そのままコンピュータが実効してモノが作れるようになりました。しかし、現在では、こうした中間仮定は不用になりつつあります。つまり、アルゴリズムは、直接モノを作ることができるイデオロギーとも言えます。

いずれにして、生産面では消すことのできない格差を、消費面で水準化すること、その状態で、暴動などが起こって、社会を不安定にしない仕組みが求められます。

マスクス流のチャッチコピーを考えれば、技術が、思想や、文化を規定するようになったのです。

引用

  • “中国の貧困”をまさかの暴露、李首相の真意とは?

JBpress 2020.6.5(金)日本戦略研究フォーラム

https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/60790