出口戦略に必要な条件は何か~コロナウィルスのデータサイエンス(48)

弁明を許す茹でカエル社会

最初に小言を述べます。

PCR検査がなぜ少ないのか、PCR検査を増やすとどのような問題点が予想されるかといった解説は、今までいやというほど聞いてきました。

あるいは、国会答弁でも、なぜマスクが足りないのかといった説明を何回も聞いたと思います。

非常事態、危機管理下で許容される発言は、発言によって、社会に変化が起こる場合だけです。

もしも、発言がなくとも、社会に変化が起こらなければそれは無用の発言です。

その発言の時間や労力を他の事項に投入すれば問題がすこしは解決しているかもしれません。

しががって、「危機管理下では弁明は問題解決を阻害する犯罪である。」といえます。

マスコミもこうした弁明を報道しているのであれば、犯罪に加担しているという謗りを免れないのです。

しかし、現実には、こうした報道や国会答弁が蔓延しています。これが、非常事態でなければたいした実害はないのですが、危機管理下では非常に危険な行動になります。

危機意識がないという意味では、日本は、茹でカエル社会を抜け出していないといえます。

出口戦略の基本条件

さて、本題です。

大阪府が、非常事態宣言の再開の独自のガイドラインを公開しました。出口戦略を明確化することはよいことであるとおもいます。

大阪府の非常事態宣言の解除条件は以下です。


(1)新たに感染した人のうち感染経路不明者の人数が十人未満

(2)PCR検査で陽性になった人の割合が7%未満

(3)重症患者用の病床使用率が60%未満-の三つ。

(1)と(2)は一週間の平均で判断する。


一見、各自治体毎に独自の条件が設定できそうにみえますが、そうではありません。

出口戦略が、「感染者数ゼロのゼロリスクではなく、許容できる範囲の感染者数のコントロールになる」のであれば、実効再生産数が1以下で、現在の感染者数が医療機関のキャパシティに収まっていることにつきると思われます。実際に、ドイツやEUがとっている戦略は、この方式と思われます。

図1に、示した水色のエリアが、問題が起こらない限界です。実際には、変動がありますので、安全率をとって、オレンジのエリアに絞って、変動リスクを回避しますが、基本の考え方は水色であればOKということになります。

日本でも、ドイツのように実効再生数がきっちり推定できていればそれでおわりです。

しかし、そうはなっていません。

実効再生産数を使わない理由には次の2つが考えられます。

  1. 実効再生算数がうまく計算できない。これは、能力不足かデータ非公開かのいずれかが原因になります。あまり考えたくない場合ですが、現時点で、実効再生産数を毎日更新しているサイトはあるのでしょうか。筆者が知らないだけかもしれませんが、「計算できていない」ということはないと断言できないのが辛いところです。

  2. 一般市民や政治家は実効再生産数が難しすぎて理解できない。なので、代替指標を使うべきである。

大阪府の場合には、おそらく2.になっていると思います。ただし、(1)(2)の条件は、実効再生算数が1以下あるという条件と等価ではありませんので、微分方程式で考える人間にとっては、理解できずに頭が痛くなります。よく考えると、見落とし条件があるだろうと思われます。つまり、(1),(2)が満たされても、感染者数が増加する場合がありうるのかという疑問です。数学的には、感染経路がわかっている感染者が30人いて、感染経路不明者が4名、PCR検査数が500人であれば、陽性率は、7%未満になります。このとき、(1)(2)は満たされています。この状態が7日間続くと、非常事態宣言が解除できることになります。これは俄かには信じがたい状態です。このように思考実験してみれば、実効再生産数が1未満の方がずっと簡単です。

実は、この問題は「サイエンスコミュニケーション」の問題になります。ドイツなどEUは1.をとっていますし、このままいくと日本は2.をとりそうですが、どちらが妥当なのでしょうか。専門家の発言を聞きたいところですが。

 

 

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図1 出口戦略の基本

補完条件

図1で問題がすべて記述できる場合は、微分方程式で言えば、コントロール・ボリュームに対する物質の出入りがない場合に限られます。感染者が域外から流入する場合、域外へ流出する場合には、(1)(2)の条件だけでは、感染拡大の状態変化がわからないことは明白です。ですから、大阪府やドイツの条件には、この補完条件を加味する必要があります。

 

経済評価

最後に出口戦略の経済評価の問題にふれておきます。これは、たとえば、次のような問題です。

政策1:非常事態宣言はあす解除する

政策2:非常事態宣言は1週間後に解除する。

あるいは、

政策1:行動制限をあと2週間継続する。

政策2:行動制限は、中止し、代わりに、あと2週間はITを使ったクラスターつぶしを行う。

など、複数の政策の選択肢がある場合に、どれを選択するか、その判断基準はどこに置くべきかという問題です。

大阪府の「非常事態宣言の再開の独自のガイドライン」はこの問題の特殊な場合になります。

一般に、こうした問題の解決は経済評価で行います。

今回は経済評価のうち次の2つしか使えないと思います。

  1. 費用対便益分析:政策に伴う費用と便益を比べます。評価は、便益÷費用の比をとるか、便益ー費用の差をとります。例えば、行動制限をした場合には、経済ダメージが費用になり、病気の回避、低減や、医療費の低減が便益になります。これは一般には、公共事業の採択に使われている基準です。費用や便益を計算する価格は政策と独立であるという単純化の仮定を入れるので、中長期的な評価はできません。また、人間の命の経済価値を評価することは難しく、命にかかわる問題では、他の手法と併用することが多くなります。

  2. スク水準管理:家にこもって外に出歩かなければ、コロナウイルスには感染しません。これは、ゼロリスクと言えます。しかし、外に出歩かないと、外出の楽しみ(便益)が得られなくなります。一般に、ゼロリスクが選択されることはありません。例えば、自動車に乗ると交通事故のリスクがあります。航空機に乗ると墜落して死亡するリスクがあります。だからといって、自動車にも、航空機にも乗らない人は少数派でしょう。これからリスクに対しては、許容される最大確率があると推定できます。たとえば、コロナウィルスに対するリスクが、通常のインフルエンザの2倍までなら許容しようという考え方です。この方法の利点は、命にかかわる問題に、常識的に納得できる答えが得られることです。

経済評価に対する日本の扱いは、世界標準からは、ひどくずれています。例えば、日本は、生物多様性条約に加盟していますが、生物多様性戦略の半分くらいは、環境に適切な経済評価をすることで、環境を保全することに注がれています。この中には、温暖化も含まれています。日本では、生物多様性というと、生き物調査をしている研究者をイメージする人が多いと思いますが、世界的には、生物多様性環境経済学の課題です。生物多様性の評価の中には、感染症のリスクも含まれています。

ですから、世界的には、コロナウィルスの出口戦略は経済政策問題であると、とらえられていると思います。

しかし、そこでも公開されたデータは前提条件になっています。

補足1

文章で書くこと、考えることには、限界があります。

図2は、出口戦略の領域が、水平線と垂直線で区切れない場合です。

この領域を数式で表現するには高校生レベルの数学で簡単に出来ますが、文章で(つまり、縦線と横線だけで)領域を指定するのは至難です。

よく、AIは裁判官や弁護士の代わりになるかというような設問がありますが、これは、現在の法律が、指定領域を縦線と、横線で無理やり指定しているためにおこる不合理を人間が補填しているだけである気がします。法律を任意の領域を関数指定するように変更すれば、AIは問題を人間より早く正確に解くことができます。そして、これが出来れば、労働生産性が上がるので、一人当たりGDPが増えるはずです。

なお、文章で考えると問題を過度に単純化するので、複雑な問題は(数式も含めて)図形で考えるべきであるいうことは、ジュリア・パールに教わりました。至言であると思いますし、人文科学が日没を迎えている原因を示しているとも思います。

 

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図2 複雑な出口戦略の例

 

補足2

上記では、非常時来宣言の解消に2つの条件をあげましたが、実は、本質的な条件は、医療機関がパンクしないこと1つだと思います。

患者の発生と治癒、医療機関の活動を時系列で考えてみれば、短期的に、実効再生産数が1を超えても問題はありません。

2つの条件は、時間的な変化する動的システムを、静的に制約するという無理をしたために生じていると思います。

たとえば、Sim CityのようなPandemic Cityゲームがあって、そのゲーム制作者になってゲームを設計してみるとわかります。

この国には、毎日、感染者が外国から侵入して、ウイルスをまきちらします。

この場合に、ゲームに勝つ(スコアを得る)基準を何に設定すべきでしょうか。

基本は費用対便益でしょうか、そこに、実効再生産数や、ベッドの数をどのようにくみこむべきでしょうか。

 

サイエンスコミュニケーション wiki

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%8B%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3