14ビットの世界(1)~RGBワークフローへの道(5)(darktable3.0第102回)

DLSRのダイナミックレンジとダイナミックレンジの転写

Aurélien PIERREさんは、現在の固定的な露光のワークフローは、カラーフィルムが普及し、ラボによる現像と焼き付けが普及した1970年代に固まったとみているようです。ちなみに、ゾーンシステムの発想は1920年代頃までさかのぼれるようです。アダムスが、出版にゾーンシステムを記載したのは1950年頃なので、その前から試行錯誤が行われていたことになります。

次の「ダイナミックレンジの転写図」は、Aurélien PIERREさんのYouTubeに出てくる図を、筆者風にアレンジしたものです。

一番下がリアルの人間の目の世界で20EVあります。

下から2段目が、RAWの世界で、最近のカメラでは10-14EVあります。

下から3段目が、ディスプレイの世界で、8-10EVあります。

一番上が、プリントの世界で5-7EVあります。

RAWはダイナミックレンジがより大きいことを除けば、ネガの世界に対応しています。

一方、今までの、ポジの説明と異なる点が2つあります。

第1に、ディスプレイと紙に分かられることです。

ポジ(紙)は今まで、8EVとして説明してきましたが、PIERREさんは5-7EVとより小さい値を設定しています。そして、PIERREさんは紙のダイナミックレンジを前提とした露光のワークフローのレガシーが問題の根本にあると考えています。

第2は、デジタル現像の内部処理は、整数型ではなく、実数型を使っているということです。

実数型(浮動小数点)を使うことで、ダイナックレンジの問題は、計算における仮数部の桁落ちの問題に置き換わります。

図では、紙、ディスプレイ、RAW、リアルの画像データは全てEV表示で表され、ダイナミックレンジを持った整数型のデータになっています。

データの変換は

リアルー>RAW->(ディスプレイ)ー>紙

の順に行われます。

ここで、ディスプレイに()を付けたのは、画像編集はディスプレイで確認しますが、紙のデータはディスプレイの整数型のデータでなく、整数化される前の実数型のデータを使って、処理されます。つまり、ここでは、処理は実数型で計測されます。

「ダイナミックレンジの転写図」のなかで、データの桁落ちが起こるケースはリアルをRAWに転写する場合だけです。この場合には、整数型から整数型への転写が行われますが最大EVがことなるため桁落ちが発生します。図では、リアルのout,1,2,3がRAWのoutに、リアルの18,19,20,outがRAWのoutに対応していますが、これが、データの桁落ちを表しています。それ以外の転写は、実数型から実数型での変換であるため、変換に桁落ちは原則おこりません。これが、RAW,ディスプレイ、紙の間で、例えばRAWの黒のoutがディスプレイの黒のoutに対応するように、out間の対応になっている理由です。

ところで、ゾーンシステムの説明で、ダイナミックゾーンとカラーゾーンを分けました。そして、ネガとポジの世界では、ダイナミックゾーンのサイズは変更できないが、カラーゾーンは現像、焼き付けの仕方で調整できると説明しました。ところが、デジタルの世界では、ダイナミックゾーンのサイズも転写の時に変更可能になります。これが、桁落ちが起こらない理由になります。例えば、14EVのダイナミックレンジがあるRAWを10EVのディスプレイに転写する場合に、フィルムと同じように、1EV幅毎に転写すれば、あふれる部分が出てしまいます。実数型では、変換の幅に制約はありません。

たとえば、次のような変換も可能です。ディスプレイをD()、RAWを()として、数字はダイナミックレンジを表すとします。RAWのDZ(1),DZ(2),DZ(3)をディスプレイのDZ(1)に転写する場合には次のような変換関数を作ればよいことになります。参考までに、リアル()も追加してあります。

D(1)<-R(1,2,3)<-リアル(4,5,6)

転写のための変換関数を作る場合の必要条件は、RAWとディスプレイのDZの取りこぼしがないようにすることだけです。

変換関数は数学的は写像(mapping)になるので、画像データの変換関数を「トーンマッピング」と呼びます。

リアルを撮影して、RAWを作成する場合を考えます。リアルの世界では、ダイナミックゾーンとカラーゾーンが依然として存在します。フィルムカメラデジタルカメラになってもリアルの世界に変化は起こらないので当たり前です。

「ダイナミックレンジの転写図」のDZ11には黄色で色が付けてありますが、これは18%グレイのカラーゾーンを示しています。ここでは、18%のグレイは実体があります。その上の段のRAW、ディスプレイ、紙にも、18%グレイを表すダイナミックゾーンに黄色のカラーゾーンの色をつけてありますが、これは、便宜的なものです。紙とディスプレイも18%グレイは実際の色に対応していますが、位置をずらすことは可能です。また、RAWはネガと異なり、実体の色をもちません。しかし、黄色18%グレイは出力の表現の上では中心的な存在です。この周辺のカラーゾーンで写真の表現力が決まってしまうからです。

「ダイナミックレンジの転写図」には、システム上の制約があります。それは、白と黒の両端はデータの桁落ちが起こらない限り、変更できないポイントになることです。フィルムとデジタルでは、この両端の特性が異なります。デジタルの場合には、オーバーレンジはそのまま、白飛びまたは黒飛びになります。フィルムの場合には、境界があいまいで、徐々に変化します。PIERREさんの主張のひとつは、トーンマッピングは、ダイナミックレンジの両端のフィルムの特性を再現すべきであるというものです。

黄色18%グレイには、システム上の制約はありませんが、実用上の意味があります。それは、カメラの露光システムが18%グレイを基準に構成されているからです。さらに、カラーゾーンの18%グレイをどこに転写するかで、トーンマッピングの見た目の出力特性が大きく変化します。黄色のゾーンは便宜的にこの対応を表しています。

以上で、PIERREさんのyou tubeの説明図を理解するのに必要な背景が理解できたことになります。

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ダイナミックゾーンの転写図 14bit

 

ダイナミックレンジの拡大

PIERREさんのRGBワークフローは、RAWのダイナミックレンジの拡大を機会としたものでした。

PIERREさんが想定している図にもあるように、ダイナミックレンジは10-14EVです。

これは、ブランケット撮影を選定としていません。ブランケット撮影をすれば、枚数にもよりますが、14EVを大きく、超えることは可能です。

センサーのダイナミックレジは、例えば、次のページで調べることができます。

http://www.photonstophotos.net/Charts/PDR.htm

最近のセンサーがダイナミックレジを拡大していることがわかります。

最近では、「クアッドベイヤー構造」のセンサーが出てきました。

これは、ベイヤー配列で、従来の1色のピクセルを4つに分割して、制御する方法です。

4つの同色のピクセルの変換ゲインを、LCGピクセルとHCGピクセルに分割することで、1ショットで、ブランケットと同じ効果が期待できます。詳細は以下を見てください。


業界最多有効4800万画素のスマートフォン向け積層型CMOSイメージセンサーを商品化

従来比4倍となるダイナミックレンジの広い撮影とリアルタイムでの出力を実現

https://www.sony.co.jp/SonyInfo/News/Press/201807/18-060/

 


4枚のブランケット撮影であれば、8倍のダイナミックレンジが可能な気がしますが、ピクセルサイズが4分の1になっているので、それを相殺して4倍になっているのだろうと推察しています。

いずれにしても、PIERREさんが主張する紙への出力を前提とした、露光ワークフローのレガシーが破綻しているという理解が的を得ているといえます。

 

「覆い焼き」と「焼き込み」

ソーンシステムでは、現像と焼き付けを連動させることで、トーンの再現性をあげました。

焼き付け時に、ネガで黒不足するか、白飛びしそうなとことに、カバーをあてて、光を遮る手法を「覆い焼き」といいます。

逆に、ある部分だけが、白が不足するか、黒飛びしそうな場合には部分的に光を当てる方法を「焼き込み」といいます。デジタル現像ソフトによっては、「覆い焼き」や「焼き込み」というモードを持っている場合もあります。これらは、トーンマッピングを部分的に変化させることに対応するので、ローカルトーンマッピングの問題に一般化されます。これに対して、画像全体に共通するトーンマピングを区別する場合にはグローバルトーンマッピングといいます。

デジタルカメラでは、フィルムカメラ時代のゾーンシステムの問題と、「覆い焼き」、「焼き込み」の問題は、グローバルとローカルのトーンマッピングに一般化されます。そして、ここでは、ダイナミックレンジの制約もトーンマッピングに一般化されます。